逃げ惑う逃亡者
市長室から逃げ出した俺たちは、兵士に見つからないよう、建物の陰に隠れながら移動をしていた。
「逃亡者はまだ見つからないのか!」
「それが……魔力痕跡も見当たらず……。手の空いている者は全て動員していますが、どの方角に逃げたかもさっぱりで……」
「たかだか子供ごときに何を手こずっている!」
建物の陰からひょっこりと顔を出し、俺たちを探す兵士の様子を盗み見る。
「こりゃあ、下手に魔術も使えねぇな……」
思わず歯ぎしりをする。
エナの魔術の腕ならば、〈隠蔽〉を使って堂々と逃げることも可能性だろう。
だが、魔力痕跡は必ず残ってしまう。
兵士は何らかの方法で魔力痕跡を見つけることが出来るらしく、下手に魔術を使えば見つかってしまう。
「お前たちの班はここから北の地区を探せ。私の班は南の地区を探す」
兵士は三人や四人で一つの班を作り、俺たちを探している。
俺が顔を引っ込めると、少しして兵士が前を通り過ぎていった。
「よし、行くぞ」
周囲から兵士が離れたのを見て、俺たちは再び足を進める。
建物の陰に隠れては移動し、また建物の陰に隠れる。それを繰り返しながら、アクアガーデンの外へと向かう。
「魔術を使えないというのは、不便なものですね」
「全くじゃ」
ヒューゲルが愚痴を溢し、エナがそれに共感する。
攻性魔術以外はあまり使えない俺はそこまで不便には感じないが、二人にとっては不便に感じるのだろう。
「それにしても、アスカルは何か慣れた動きじゃな」
「ん? まぁ……そうかもな」
当たり障りのない返事をするが、本当のことを言えば、隠密行動は俺の十八番だ。
向こうの世界では、隠密行動、潜入捜査はよくやっていた。
「確かに、周囲の状況の把握、移動するタイミング、隠れる場所。どれも素人の動きではありませんね」
こっちの世界は魔術を使って隠れるのが普通。そのため、魔術が使えない状況、今のような生身だけでの隠れ方には慣れていないのだろう。
それに比べ、元の世界では隠密行動の動きを体に覚え込ませる必要がある。
光学迷彩を使っていたとはいえ、無闇に身を晒せば見つかる。そのため、隠密行動は本人の判断力がものをいう。
堂々としていられる魔術と、堂々とはできない光学迷彩では、隠れ方が異なる。
今回ばかりは、経験の違いだろう。
とはいえ、俺が働いていたのも二年ほど。
組織内で言えば、俺の実力は下の下だ。
「あなたの世界では、魔術という技術も、魔物も存在しないと聞きます。他の異世界人の様子を見ても、人と戦うような技術は持っていない。あなたは何処でその技術を?」
ヒューゲルがそう思うのも無理はない。
俺がちょっと特殊なだけで、クラスメイトは一般人だからな。
けど、ヒューゲルの疑問に答えるつもりはない。
「色々あるんだよ色々。それより、今はここから逃げることが優先事項だ」
俺は適当にはぐらかし、周囲の索敵に戻る。
ヒューゲルもそれ以上は、何も言ってこなかった。
「もうそろそろ、アクアガーデンを抜けられるはずなんだが……」
「やはり警備が厳重ですね」
アクアガーデンの西区の端。街の出口付近の建物にて、俺たちは身を潜める。
街の出口は兵士が見張っており、とても出られそうにはない。
「何処か別の道を……ん?」
西区から出るのは諦めて、他の道を探そうと思ったその時。
「一体何が起こってるのさあああああああああ!?」
誰かが兵士に追いかけられていた。
追いかけられているのは小柄な少女で、狐の耳と尻尾を持っていた。髪は緑色で……。
「って、パラメアさん!?」
何故あの人まで追いかけられているんだ。市長室にいた俺たちなら分かるが、パラメアさんは喫茶店でバイトをしていたはずだ。
「アスカル、どうしたのじゃ」
「それが……、パラメアさんが兵士に追いかけられてるみたいで……」
「何故あの人まで……?」
流石にヒューゲルも、よくわからないといった様子だ。
パラメアさんは必死に逃げているが、あの様子だといずれ捕まってしまうだろう。
「助けに行ったほうがいいんじゃ……」
「そうすると、見つかってしまうぞ?」
「でも見捨てるってわけにもいかねぇだろ」
仕方なくとはいえ、この街に連れてきたのは俺だ。
俺が連れてこなければ、パラメアさんが巻き込まれることもなかったはずだ。
「はぁ……アスカルはお人好しじゃのう」
「別にお人好しってわけじゃないんだけど……」
ここで見てみぬふりをして、後で会ったときに気まずくなるのが嫌なだけだ。
「ここで姿を晒すのは、あまり良いとは言えないと思いますが」
「俺が勝手にやるだけだ。ヒューゲルは隠れてていい」
さて、どうやって助けるかだが、運良くパラメアさんはこっちに向かって逃げてきている。
俺たちの前を通り掛かったときに出て、追いかけている兵士たちを魔術で足止め。その隙にパラメアさんを連れて逃走がいいか。
「よし、行くぞ」
パラメアさんが近づいたと同時に、俺たちは建物の陰から出る。
「あ! アスカルとエナちゃん!」
パラメアさんが俺たちに気づき、こちらへ向かって走って来た。
「パラメアさん、早くこっちに!」
「た、助かるよ!」
俺はパラメアさんの手を掴み、急いで兵士達から逃げる。
「貴様らは逃亡中のっ! お前たち、あの二人も捉えろ!」
「そう簡単に捕まってたまるかっ」
パラメアさんから手を離し、追いかけて来る兵士の方を向き――。
「うおおおおらああああああああ!」
「ぐはっ」
追いかけている兵士の一人を、思いっきり殴り飛ばした。
飛ばされた兵士は他の兵士の進路を妨げるように倒れ、気絶した。
それによって、兵士たちの足並みが少しだけ崩れた。
「ふっ!」
そこにヒューゲルの追撃が入り、兵士たちの足が止まった。
「今のうちに、早く行きますよ!」
「悪い、助かった」
「礼なら後にしてください」
そうして、一旦西区から離れるように、兵士から逃げ回る。
「どっか隠れられそうな場所はないのか!?」
「狭い路地を使うか?」
「いや、それだと挟み撃ちされる可能性がある。でもそうすると……」
もう見つかってしまったし、いっそのこと魔術で一気に逃げるか?
「居たぞ! こっちだ!」
「まだ追いかけてくるのかよっ」
考え事をしている内に、兵士たちが俺たちをまた捉えた。
さっきとは違う班だろう。
「やっぱ魔術を使って一気に……」
ふと、建物の陰から人の手が見えた。
こっちに来いと言わんばかりに、手招きをしている。
逃げた一般人か?
とはいえ、このままあそこに逃げるわけにはいかないだろう。
「エナ、兵士を足止め出来るか?」
「うむ、出来るぞ」
エナは走りながら、手のひらに魔法陣を浮かべる。
「ねぇねぇ、あの兵士と戦っていいの?」
俺の隣を走るパラメアさんが、間の抜けた声で言ってきた。
「いやまぁ、追いかけられているわけなんだから戦ってもいいだろうけど、後遺症が残るような攻撃は……」
「なら、気絶させるのが一番じゃない?」
「いや気絶って……そう簡単に出来るもんじゃ……」
魔術で足止めするのが、一番確実な手だ。
エナに任せればいいと思い、パラメアさんを止めようとするが……。
腰の小さなポーチから、パラメアさんは自分の身長より大きい杖を取り出した。
「よしっと」
それを見て、俺は目を丸くした。
ポーチには明らかに入らないサイズの杖。
だが、間違いなく杖はポーチから出てきた。
だが、俺が驚いたのはポーチから杖を取り出したことではない。
……似ている。
俺の持っている倉庫と、明らかに似ている。
俺の持っている倉庫は、特務機関で作られたもの。それと酷似していた。
「いっくよー!」
パラメアさんが兵士に杖の先を向けた。
そして、まるで狙いを定めるかのように構える。
「〈ラピッドファイア〉!」
パラメアさんの持った杖の先から、魔力の固まりのようなものが、高速で数発放たれた。
それが追いかけてくる兵士に次々と命中し、瞬く間に数人の兵士が倒れる。
「なっ、なんだ今の魔術は!?」
兵士たちは一体何が起こったのかも理解出来ておらず、困惑のあまり足が止まっていた。
「今のは……」
俺の知識範囲内で答えるなら、今のは間違いなく銃だ。
だが、俺の知っている銃とは違い、魔力を飛ばしていた。
そもそも、この世界に銃はないはずじゃ……。
「〈凍結〉!」
すぐさまエナの援護が入り、残った兵士は足を氷漬けにされ、地面に固定された。
「あ、足が……!」
兵士たちは必死に抜けようとするが、魔術によって生成された氷はびくともしない。
「今の内に行くぞ!」
なんとか兵士たちを撒き、俺たちは手招きをしている人のところまで行った。




