観光都市に訪れる異変
俺たち三人が事態を把握しようとしていると、市長室のドアが勢いよく開かれた。
「大変ですソフィア様!」
そう声を上げながら、慌てた様子でヒューゲルが入って来た。
「ヒューゲルか、何があった?」
「どうやら、国の兵団がここに向かって来ているようです」
「何故兵団がここに?」
「理由は分かりません。事前に知らせもありませんでした」
国から知らせもなく、兵団がアクアガーデンの市長に?
連絡を忘れていたというだけなら理解出来なくもないが、何故兵団が来るんだ?
しかも、音を聞く限り武装までしていた。
「先程、兵団と市民が揉めていたが、市民の方に怪我は?」
「ありません。ですが、兵団が市民を脅しており、行動が縛られているようです」
国の兵団が一般人を脅している……?
ここは国内だけの人間が多く集まる都市ではない。
国外からの観光客も多い、観光都市だ。
観光として一時的に滞在している人は多い。
そんな人達を脅せば、国際問題になりかねないぞ。
ヒューゲルが状況を説明していると、また市長室のドアが開けられた。
「久しぶりですな、イルヴァーナ市長」
そう言って市長室に入ってきたのは、腰に剣を携えた男だった。
「エルゴー、一体何のつもりだ?」
「何のつもり、とは?」
「とぼけるな。アクアガーデンでこんなことをして、ただで済むと思っているのか」
エルゴーと呼ばれた男は、他の兵士とは違い鎧を着ておらず、腰に剣を携えているだけだ。
後ろには他の兵士が多数いることから、この男が隊長なのは間違いないだろう。
筋骨隆々の大男で、その風貌は兵士というよりも、軍人を体現したかのようだ。
身を守る鎧を着ていないということからも、実力には相当な自信があるようだ。
「こちらには正当な理由がある。そちらが何を言おうと、私の知ったことではない」
「是非その理由とやらを聞きたいところだ」
こんな状況だというのに、イルヴァーナ市長は悠然とした態度を崩さない。
「現在、貴方には国家反逆罪の疑いがかけられている。大人しく同行してもらおう」
「はっはっはっ、面白い冗談を言うじゃないか」
「冗談ではないぞ、ソフィア=イルヴァーナ」
イルヴァーナ市長も本気で冗談だと思っているわけではないだろう。
しかし、未だ余裕を見せるイルヴァーナ市長。
「お前たち、ソフィア=イルヴァーナとそこに居る三人を拘束しろ」
「はっ!」
エルゴーが部下の兵士にそう命令すると、兵士が俺たちの方に近づいて来る。
兵士たちから距離を取ろうとしても、後ろにはガラス張りの壁があってこれ以上は下がれない。
逃げ出せばどうなるかも分からない。
「彼らは関係ないはずだが?」
「共謀者という可能性も否定できない。一般人が市長室に居るなど、普通はないはずだ」
「ふむ……一理あるな」
イルヴァーナ市長が疑われているのだとしたら、ここに居る俺たちも疑われてしまうのは無理もない。
「だが……」
突如俺たち三人と兵士の間に魔法陣が浮かび上がり、直後に氷の壁が生成された。
「彼らを連れて行かせるわけにはいかない」
「なっ……」
俺たちと兵士は氷の壁で区切られ、兵士たちは驚きの声を上げた。
「お前たち、少しどけ」
エルゴーが兵士たちの前に出て、鞘に収まっている剣を握った。
「ふんっ!」
エルゴーが剣を薙ぎ払う。
氷の壁が真っ二つに斬られ、再び兵士たちが顔を覗かせた。
「まじかよ……」
ただの剣を振るっただけでは絶対に起こらない現象に、俺は驚きを隠せなかった。
「流石の腕だな」
イルヴァーナ市長はエルゴーを褒めつつ、再び氷の壁を生成した。
「ちっ……」
エルゴーがイルヴァーナ市長を睨みながら、舌打ちをする。
氷の壁を破壊しても無意味だと判断したのか、エルゴーは剣を鞘に収めた。
「お前たち三人は、早急にこの街を離れろ」
氷の壁の向こうに居るイルヴァーナ市長が、俺たちにそう言った。
「ソフィア様はどうなさるのですかっ!」
「私に構うな。それより、こんなことをした首謀者を探し出せ」
首謀者を探せということは、エルゴーが首謀者というわけではないのか。
「……承知しました」
ヒューゲルは渋々イルヴァーナ市長の言葉を受け入れる。
「でもここからどうやって逃げるんだ?」
「逃げ道はここしかないでしょう」
ヒューゲルはそう言って手に両刃の剣を持ち、後ろのガラス張りの壁を叩き割った。
風が俺たちに吹き付け、気を抜けば吹き飛ばされてしまいそうだ。
「ヒューゲルはここから降りられるのか?」
「魔術の心得も多少はありますので。二人はどうですか?」
「俺も問題ない」
元の世界でも、高所から飛び降りることはあった。
ビルの七階程度であれば、問題ないだろう。
「吾輩も問題ない」
そもそもエナは、魔術無しで空を飛べるからな。
心配はいらないはずだ。
「よしっ、行くぞ」
「うむ」
「ええ」
ここから飛び降りる以外に、逃げる道はないからな。
三人でビルから飛び降りた。
「お前たち、奴らを追え。可能ならば拘束しろ!」
飛び降りる直前、エルゴーが部下に命令する声が聞こえた。
いくら兵士が急いで追ったとしても、兵士が建物を出る前に俺たちは逃げられる。
あとは街を歩いている兵士に見つからず、密かにこの街を出ればいい。
問題はそれからどうするかだな。




