俗世で生きるエルフ
市長室が静寂に包まれる。
俺は何も言葉を発さず、ただ目を丸くしているだろう。
市長は自ら人間ではないと告げた。
何故、俺達に言ったのだろうか。
俺達は気づいていなかったのだから、隠したままでいいはずだ。
隠したところでデメリットは無いし、明かすことにメリットは無い。
むしろ、明かすことで発生するデメリットが大きいように思う。
俺達がこのことを誰かに話さないという保証もない。
それなのに何故、会ったばかりの俺達に明かしたのか。
「エルフ……というのは聞いたことがあるかね?」
「本で少しは」
エルフは精霊の森に居ると言われている種族だ。
魔力や身体能力が高く、魔法も使うことが出来る。
種族としての特徴は、やはり寿命が長いことだろう。
本で少し……というのも、エルフは現代に居るかどうか分からないのだ。
三百年前の神魔大戦終結後に、エルフは俗世から姿が消えている。
まぁ、姿が消えたのはエルフだけではないらしいが。
人間ではないなら、一体イルヴァーナ市長は何者なのか。
エルフの話題を出したということは、そういうことなのだろう。
「でも何故俺達にわざわざ明かしたのですか? そちらにメリットがあるようには思えませんが」
「エナ=ルージュくんと話す上で必要だと感じたからだ。人間には彼女を吸血鬼と見抜くことは出来ないからね」
「……気づいていたんですね」
先程、市長が小さく呟いた時に聞こえた言葉は、聞き間違いではなかったみたいだ。
「エナ=ルージュ、君は一体何者だ? 吸血鬼は三百年前からエルフ同様、姿を消しているはずだ」
そう問われるも、エナは口を開くことが出来ない。
エナが何者か、という問いには過去が大きく関係してくる。
エナが口を開かないのを見て、イルヴァーナ市長は俺に目を向けた。
俺が事情を知っていると思ったのだろう。
だが、俺も口を開く気はない。
エナのことを聞かれて、本人の同意無しに他人が話すのは違う。
これはエナ自身のことであり、自分で判断することだ。
「……吾輩はずっと……封印されておったのだ」
エナが口を開き、自身のことを話し始めた。
「封印……?」
「正確には、広大な結界の中に閉じ込められておった」
その話を聞いて、イルヴァーナ市長は更に不思議そうにエナを見つめる。
エナの話し方的に、要所しか話すつもりはないようだ。
「吾輩は外へ出ることが出来ず結界の中で暮らしておったのだが、そこをアスカルに助けられたのだ」
まぁ、要所としてはそんなものか。
流石に結界に閉じ込められた理由は話せない。
今ここに居る理由としては弱いかもしれないが、エナは事情が特殊だからなぁ。
「……結界の中に閉じ込められた理由を聞いてもいいだろうか?」
イルヴァーナ市長の表情が少しだけ強張る。
無理もない。結界で閉じ込めるというのは、しなければいけないほどの理由がないとしないことだ。
「それは……吾輩を守るために……」
「守る?」
「吾輩が殺されそうになったから……だと思うのじゃ」
「自身で結界を張ったわけではないのか?」
「あの時の吾輩にそんな力などなかった」
吸血鬼になったばかりだし、魔術も魔法も知らなかったみたいだからな。
「他の吸血鬼は? 何故、君のような幼子が一人なんだ?」
「他の吸血鬼については……何も知らぬ。吾輩は何年も独りじゃった」
……ん?
そう話すエナに、少しだけ違和感を覚えた。
少しだけ間があったような……?
まぁ、大したことじゃないか。
「ちょっと待ってくれ、君は何年生きている?」
「三百年は生きておるが……」
「それは……大戦中から生きているのか?」
「うむ」
「……どういうことだ?」
イルヴァーナ市長はそう言い、エナをじっと見つめる。
「あの……どうかしましたか?」
吸血鬼が三百年生きているなんて、不思議な話ではない。
じゃあ、イルヴァーナ市長は何に引っかかったんだ?
「……吸血鬼といえど、子供のまま成長が止まり、何年も生きるということはない。必ず成人の姿にはなるはずだ」
「それは多分……吾輩が元は人間だからであろう」
その言葉に、イルヴァーナ市長は目を見開く。
「人間が吸血鬼になったなど聞いたことは……いや、それなら今までの話にも筋は通るか?」
一人で何かを考えている様子。
「それにしても、こんな子供がまさか人間から吸血鬼になったとはね……」
「やっぱり、信じられないですか?」
思わず、そう口にした。
だがイルヴァーナ市長は、こちらを安心させるように微笑んだ。
「信じていないわけではない。人間が吸血鬼になれることも知っている。だが、こうして当事者を見るのは初めてのことでね。少々驚いてしまった」
イルヴァーナ市長の様子を見る限り、人間から吸血鬼になったという例は、ほとんどないさそうだ。
エナのような特殊な場合を除いて、吸血鬼が自ら血を与えるということはまずしないのだろう。
そもそも、吸血鬼が姿を見せることがないからな。
「長く生きしすぎたと思っていたのだが、いやはや人生というものは何があるか分からないものだ」
長生きと言っても、イルヴァーナ市長の言う長生きがどのくらいなのか想像が出来ないな……。
寿命の長いエルフにとっては、どのくらいで長生きと言うのだろうか。
「私の年齢が気になるかね?」
「あ、えっと……少しは……」
顔にでもわかりやすく出ていたのだろうか。
まぁ、人のコミュニケーションは六割ほどが視覚情報だとも言われる。
つまり、人と話さなくてもコミュニケーションは取れるのだ。
……果たしてコミュニケーションと言えるのだろうか。まぁいいや。
「ははは、素直なのは嫌いじゃない。けど、私も正確な年齢はもう覚えていなくてね。少なくとも、三百年は生きているということくらいだ」
エナと同様に、大戦を経験しているということか。
それなら、三百年前の勇者のことも知っているはず。
もしかしたら、何か異世界に戻る手掛かりを得られるかもしれない。
「イルヴァーナ市長、聞きたいことが――」
「静かにっ」
途端にイルヴァーナ市長の表情が一変する。
先程までの優しい表情ではなく、何かを警戒しているようだった。
「何やら外が騒がしいな」
イルヴァーナ市長がそう言って立ち上がり、外を見るために窓へと近寄る。
少々気になるが、イルヴァーナ市長の隣に行くのに気後れしてしまった。
だがここから外なら、聴力を上げれば聞こえるか。
超能力を使い、聴力を外の人の声が聞こえる程度に変える。
『いきなり何をするんですか!』
『命が惜しくば、黙って大人しくしていろ!』
聞こえてきたのは、女性と男性が揉めている声。
だが、その会話だけでは情報が足りない。
実際に目にしてみないと、何が起こっているのか分からない。
今度は聴力の精度を上げて、外の音を聞いてみる。
あまり脳への情報量は増やしたくないんだが……。
「っ……」
ピリッと電気が走ったような頭痛に、思わず顔をしかめる。
慌てて聴力の範囲を少し狭める。
聴力を上げるということは、それだけ脳への情報が増えるということ。
対象を絞って情報を抑えるなんて細かい芸当は出来ないため、聴力を少し上げただけでも脳への負担が普段の何倍にもなる。
俺の超能力の使い方が、ただ下手なだけなんだろうけど。
再度、耳を澄ます。
足音がこっちに近づいて来ているか……?
複数の足音はどんどん大きく、鮮明に聞こえるようになっていく。
その足音と共に、カシャンカシャンという聞き覚えのある音も聞こえてくる。
この音は確か、鎧を着た騎士が歩いている時と同じ音だ。
一般市民が鎧を来ているということはあり得ない。
冒険者なら鎧を来ている人も居るが、この観光都市でそんな冒険者は見かけたことがない。
例え冒険者にしても、人数が多すぎる。
数十人全員が鎧を着ているとなると、それはもう国家組織のレベルだ。
音を聞いている間にも、足音はどんどん近づいてくる。
目的は……この市長室か。
間違えて違う作品のほうに投稿してました!
すみません!




