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エーテル・グレイス  作者: クロビー
第一章 タンゲル公国編
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いざ、アクアガーデンへ

「ついにタンゲルか……」


 波に揺られる船から降り、港へと足をつけた。

 視界一杯に広がる海からは、心地よい潮風が吹いてくる。


「やっぱり寒っ」


 訂正、冬の潮風は寒いです。


 今居るこの場所は、タンゲル公国の南に位置するランパール港だ。

 勇者の話を聞いた人が集まっているのか、港にはギャラリーが多い。

 後から降りてきたクラスメイト達は、民衆からすごい注目されていた。

 マイペースな久川が手を振り返したものだから、民衆は余計に興奮した。主に男が。


「知っている顔が居ないと思うと、少し寂しいな」


 月猫団はアルストラ王国の王都グリニアが拠点だから、タンゲルには誰も居ない。

 エレナ=ザイートだってアルストラにいたから会うことが出来ていたわけで、タンゲルだと会うことは出来ない。

 ここからの情報収集は、完全に自分達でしなければいけないか。


「さて、何処に行くかなんだが……」

「その前に、こやつをどうにかせねばなるまいのう」


 俺は今、リッテラートさんを担いでいる。

 リッテラートさんの顔色はかなり悪く、心配で置いて行くことは出来なかった。


「船に乗る前に食事を取らせたのは失敗だったな」


 俺がそう言う理由はただ一つ。

 リッテラートさん、船の上で吐いたのだ。

 まさか本人も船酔いするとは知らなかったようで、俺達が心配しても「だ、大丈夫……」と返してくるだけだった。


「うぅ……ぎぼちわるい……」


 結果、リッテラートさんはミラミス港で食べた海鮮丼を全て吐き出してしまった。

 ごめんよ食材達。この人に悪気はなかったんだ……。


「あなた方はこれからどうするのですか?」


 勇者よりも後から船を降りてきたヒューゲルに声をかけられる。


「今どうしようか考えていたところだ。この人も居るし」


 何なら騎士に押し付けたい。

 リッテラートさんは俺達のことを知らないから、一緒に居ると話す内容も限られてしまう。

 何処かの宿に連れて行こうにも、この人は無一文だからなぁ……。


「でしたら、アクアガーデンに行かれてみてはどうですか?」

「アクアガーデン?」


 何かの施設?

 いや地域……都市の名前?


「ここから西に向かったところにある観光都市です。特に臨海部に位置する地域は、リゾート特区とも呼ばれていますね」

「何でそこを俺に?」

「あそこは施設なども観光客向けのものが多いので、他国の人間でも過ごしやすいと思います」


 観光都市か……。

 そこなら国外から来た人間が居ても目立たないだろうし、観光地なら衣食住も充実しているだろう。

 ただ、観光地だからこその悩みもあるわけだが……。


「宿泊代とか食事代とか高いんじゃないか……?」

「リゾート特区だと高いですが……、少し離れた地域ならそこまで高くはないと思います」


 まぁ、だろうな。

 観光地は観光客から金を絞り取ろうと、高く設定されているものだ。

 人気のない場所の方が、同程度のサービスでも大体安く設定されている。


「どのくらいタンゲルに滞在する予定なのですか?」

「数週間程度かもしれんし、数ヶ月居るかもしれん」


 ぶっちゃけ分からん。

 アルストラは俺のことを知っている人が居たから情報の共有もいくらか出来たが、タンゲルにはそういう人が居ないからな。


「でしたら、個人で経営しているような宿屋が一番いいかもしれませんね」

「アルストラでもそうしてたな」


 約三ヶ月間、カレンさんが経営していた宿屋にお世話になっていた。

 思えばシェリアさんとカレンさん、姉妹二人ともにお世話になったなぁ。


「ヒューゲルもアクアガーデンに行くのか?」

「ええ、僕はそこに用事があるので」


 仕事だろうか。


「せっかくですし、宿泊する場所も探しましょうか?」

「……何で俺にそこまでするんだ?」


 ヒューゲルが俺にすこまでする義理はないはずだ。

 助けてくれたことは感謝しているから、あまり疑いたくはないんだけどな……。


「この世界において、あなたは彼らと同じ存在です。放置しておくわけにもいかないでしょう」


 次々と馬車に乗り込む俺のクラスメイトを見ながら、ヒューゲルはそう言った。

 要は俺が異世界人だから、放置は出来ないと。

 場所が場所だから、それとなくしか言えないのだろう。


「ま、こっちの世界の人からしたらそうだろうな」


 俺達が何もしなくても、こっちの世界の人からしてみれば存在自体が十分特別なのだろう。


「疑って悪い。俺としても、宿泊できる場所を探してもらえるのはありがたい」

「疑うことは悪くありませんよ。それほど警戒心が強いという証拠です。むしろ今のあなたの立場ですと、すぐに人を信用してしまう方が危ないと思います」


 その通りではあるんだが、大抵の人は疑われると気分を悪くするものだ。


「……ヒューゲルは何歳なんだ?」

「十六ですけど……それがどうかしましたか?」

「お、俺より一つ下なのか……」


 何だか負けた気分だ。

 年下の方がしっかりしてるなんて恥ずかしい。


「リッテラートさんはどうする? 置いていくか?」

「放置していたら死んでしまうのではないか?」


 エナがリッテラートさんの頬をつんつんと突く。

 だがピクリとも動かない。

 死んでしまうっていうか、もう既に死んでるんじゃないの?


 ていうかそろそろリッテラートさんを下ろしたい。周りの視線が痛い。


「自分で歩けますか? 置いていきますよ」

「歩けなーい……けど置いていかないでー……」


 この人は人を疑うということを覚えた方がいいと思う。

 俺が誘拐犯だったら簡単に連れ去られているぞ。


「仕方ない、置いていこう」


 ドサッとリッテラートさんを地面に捨てる。


「あーあ、観光地なら美味しい食べ物一杯あるだろうになー。勿体ないなー」


 少し大袈裟に言ってみる。


「分かったよー、自分で歩くから置いていかないでー」


 涙目になりながら、俺に訴えてきた。

 釣ろうとしたのは俺なんだが、ちょっと単純すぎてびっくりしちゃうぞ。


「連れて行くにしても、その後はどうするのだ? 金がないのでは、宿屋に泊まることも出来ぬであろう」

「かと言って、街中で野宿されても困りますからね……」


 観光地でホームレスが居るなんて、イメージが悪くなるしな。

 やっぱり置いていく? 置いていくか。


「宿泊場所を探しながら相談しないか? いつまでもここに居るわけにはいかないだろ」

「それもそうですね。では馬車に乗りましょうか」


 港からアクアガーデンへ向かう馬車に乗る。

 一番乗りはリッテラートさんだった。


「さぁ、アクアガーデンへ出発!」


 前方に指を差し、元気のある声でリッテラートさんが言った。

 御者の人が一瞬びっくりしていた。

 後ろから大声で叫ばれたらそうなるよな。


「急に元気になったのう」

「まぁ、元気がないよりはいいんじゃないか?」

「それもそうじゃな」


 雰囲気も明るくなるし。

 何より俺が運ばなくて済む。


「あっ……」


 馬車が出発する直前、クラスメイトと一瞬だけ目があった。


「また暫しの別れってやつかな」


 心の中でクラスメイトに手を振る。

 恐らくクラスメイトは首都に向かうのだろう。

 この国の君主やその周りが、どうか良い人でありますように。

 柄にもなく、俺はそう願った。

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