タンゲルへの出発前
「ふわぁ〜〜っ」
ベッドから起き上がり、大きな欠伸をする。
そんな俺の声を目覚ましに、エナも起きた。
「おはよう、エナ」
「アスカルも、おはようなのだ」
夜会から二週間が経ち、今日はいよいよタンゲルに出発する日。
王都からは馬車で出発するらしく、俺にとってはいつもより早い朝だが、寝坊することなく予定通りに起きられた。
元の世界で学生として暮らしていた頃に比べると、見違える程の進歩だ。
ちゃちゃっと準備をして、広場の馬車乗り場に向かおう。
「アスカルくん、おはよう。ちゃんと起きられたみたいね」
「カレンさん、おはようございます」
受付に居るカレンさんに挨拶をして、部屋の鍵を渡す。
「本当に行っちゃうの?」
「少し前から決めていたことですから」
「そっか〜。少し……寂しくなるわね」
俺達を見て、名残惜しそうにカレンさんは言う。
「まあでも、必ず帰って来ますので。そのときには、またお願いします」
「暫しの別れってやつね〜。うん、またよろしく」
この宿屋の世話のなってから、三ヶ月が経過した。
ここから離れるのは少し寂しいが、今更決めたことを曲げるような真似はしない。
「エナちゃんも、行ってらっしゃい。また会うときを楽しみにしているわ」
「うむ、行ってくるのだ」
カレンさんと別れの挨拶をして、俺達は宿を出た。
馬車の出発までは時間がある。
グリニア城のクラスメイトもまだ来ていないし、ゆっくりする時間はありそうだ。
「おはようございま〜す」
挨拶をしながらギルドに入る。
「おはようアスカルくん、エナちゃん」
「よっ」
シェリアさんもジオルクも、いつもと変わらない様子で挨拶を返してきた。
いつもと同じ場所に行き、そこの会話に混ざる。
「タンゲルに行くのは今日だったか?」
「あぁ、もう少ししたら行く」
それまで暫しの間、ギルドでゆっくりしていたい気分だ。
「アスカルがタンゲルにかぁ……」
「若いってのはいいなぁ」
「俺、タンゲルには行ったことないんだよなぁ」
俺とジオルクの会話を聞いて、ギルドの仲間が口々に言う。
「このギルドも、ちょっと寂しくなるわね〜」
「確かになぁ」
シェリアさんとジオルクが、ぐるっとギルドを見回しながらそう言う。
カレンさんにも寂しくなると言われたが、やっぱりそう言われるとちょっと嬉しい。
「俺がここに居たのは三ヶ月くらいですけどね」
「どのぐらい居たかなんて関係ないわよ。アスカルくんとエナちゃん、二人とも月猫団の大切な仲間なんだから」
「仲間……」
本当にこの人達と出会えて良かったと、心の底から思う。
何も知らない俺を受け入れてくれて、エナまで受け入れてくれた。
俺には勿体ないくらいの人達だ。
「真面目なアスカルくんとかわいいエナちゃんが居なくなって、あたしの負担も増えるわね〜」
「おいギルマス、それどういう意味だよ」
「言っておくけど、ここはあんたら飲んだくれの飲み屋じゃないのよ」
よく酒を飲んでいるギルドメンバーに、少し怒ったようにシェリアさんは言う。
「それはそれとして……、今日って勇者様もタンゲル行く日よね?」
「そうですね」
「アスカルくんもタンゲルに行く日よね?」
「そうですね」
「…………」
「…………」
シェリアさんは喋らなくなったと思うと、無言の圧力が俺に向けられた。
「勇者様と同じ時間なの?」
「お、恐らくは……」
というより、確実に同じ時間だけど。
魔術師にそうなるよう手配してもらった訳だし。
けど、怖くてそんなことを言えない。
「アスカルくんっ……!」
「は、はいっ!」
シェリアさんが両肩を掴んできて、思わずビクッと肩が跳ねた。
「私も同乗していいかしら」
「駄目に決まってんだろ」
興奮しているシェリアさんを、ジオルクが俺から引き剥がした。
「えー、私も勇者様と行きたいー」
そう言いながら、ジオルクに抑えられたままジタバタ暴れるシェリアさん。
「アスカルくんだけズルいわよー」
「ズルいと言われましても……」
こうしていると、シェリアさん本当に子供にしか見えないなぁ。
「……何か失礼なことを考えてないかしら」
「き、気のせいじゃないですか?」
何故こうも女性は感が鋭いのだろうか。
確かに月猫団はいい人達だが、少し変わった人達も多い。
まあ、それがいいところでもあるんだけど。




