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エーテル・グレイス  作者: クロビー
序章 アルストラ王国編
52/72

異邦人

 彼らが酒場を出て、店に静寂が訪れる。

 空になった三つのグラスを下げ、新しいグラスを一つ出す。

 そして、そのグラスにアップルジュースを注ぎ、カウンター席に置く。

 目の前に誰かがいるわけではない。

 知らない人間からすれば、奇妙な行動をしている様に見えるだろう。


「……いらないなら下げるぞ」


 誰の姿も見えないテーブル席にちらっと視線を向け、そう告げる。


「頂きますよ」


 下げようとグラスを手に取ると、テーブル席の方から真っ白なローブを羽織った女性が現れた。


「こんにちは、元団長殿」


 顔を隠していたフードを取り、薄紫色の髪が露わになる。

 彼らが店に入ってくる前からずっとここに居た王宮魔術師、エレナ=ザイート。

 普段はグリニア城に引きこもって魔術の研究ばかりしている魔術師で、こうして街に姿を見せるのは珍しい。

 もっとも、王宮魔術師の中で好き勝手に街へ出ているのは、エレナだけだ。


「その喋り方はもういいんじゃないか」

「何のことでしょうか?」


 エレナはそう言って、カウンター席に座りグラスを片手に持つ。


「……」


 目を細めて、とぼけるエレナを無言で睨む。

 するとエレナは、反抗するかのように口を尖らせた。


「ちぇっ、少しくらいいいじゃないですか」


 エレナがグラスに入ったアップルジュースを、一気に口の中に流し込む。

 炭酸だというのに、よく一気に飲めるものだ。


「何故俺の店には、酒の飲めない客ばかり来るんだろうな」

「ほんと、何ででしょうね」

「お前もその一人何だがな」


 それでも売上は黒字だからいいものの、こんなジュースばかり出していて、果たして酒場と言っていいのか……。


「それより、私の喋り方どうです? 偉い人みたいですよねっ!」

「偉い人というより、偉そうな人だったな」

「えっ、マジですか?」

「あぁ」


 肯定するとエレナは肩を落とし、カウンターの上に顔の横をついた。


「私はそんなつもりじゃなかったんですけど……、そうでしたか……」


 偉そうではあるが、エレナは王宮魔術師という立場上、ほとんどの者と話す分には問題ないだろう。

 それでも年齢は十七とまだ若いから、年下から言われて不満を抱く者もいるだろうが。


「にしても、盗み聞きとは悪趣味だな」

「私のことに気づいていながら、無視してたデュークさんも十分悪趣味だと思います」

「そこについては認めよう」


 本当はエレナに話を聞かせる気はなかったのだが……、わざわざ隠れてまで盗み聞きしようとしてたからな。

 勇者召喚に関わっているエレナに聞かれて困ることではないし、問題ないと判断したまでだ。


「お前は彼らと話したことがあるのか?」

「女の子の方は知らないですけど、トオル=カワサキくんだけなら少し前に月猫団の横の宿屋で」

「どんな話を?」

「知らない世界に一人で放っておくわけにはいかないと言って同行をお願いしたんです。まぁ、追い返されちゃいましたけど……」


 彼が協力を拒否したということか。

 素性の知らない相手の協力は、警戒して当然のことだ。エレナのやり方が悪い。

 もし警戒していた他に理由があったのなら、話は別だが。


「お前から見て、彼はどう映る」

「そうですねぇ……。デュークさんと話しているときも、少し大人びた対応をしているように思いました。あと、力を持っているのにそれを隠して、迷宮の攻略に参加しなかったことがムカつきます」


 そう言って、怒ったように頬を膨らますエレナ。

 迷宮の攻略を勇者頼りにしようとしていたエレナからすれば、腹立たしいことなのだろう。


「力を隠しているのは、責めるべきことじゃないぞ」

「それはそうなんですが……」


 彼の目的は元の世界に帰る方法を探すことらしいからな。

 むしろ、力を隠していたのは賢い選択だと言える。


「それにしても、デュークさんが自ら他人を呼ぶなんて、珍しいですね。何で呼んだんですか?」

「確かめたかったからだ」

「彼が異世界人であるということをですか?」

「それもあったが、もっと別のことだ」


 エレナが首を傾げる。

 彼が異世界人であるかどうかは、そこまで重要ではない。

 そもそも、彼が異世界人であると確信を持った上で、ここに連れて来た訳だからな。

 確信が無ければ連れて来ることはなかっただろう。


「彼がこれからどうするかですか?」

「それも違う」


 俺が本当に確かめたかったことは、エレナには分からないようだ。


「彼ら異邦人は、この国に平和をもたらす存在か。それとも災いをもたらす存在か」

「平和か災い……ですか」


 そう言葉を繰り返すエレナだが、いまいりピンと来ない様子だ。


「エレナ、お前はどっちだと思う」

「うーん……平和の方じゃないですか?」


 腕を組んで少々悩んだ後、エレナは前者を選んだ。

 俺が何故こんなことを考えているのかも分かっていないのだろうが、なんとなくで選んだわけではなさそうだ。


「何故そう思ったんだ?」

「だって彼は異世界人ですよ? わざわざこの国に災いなんてもたらす必要ないじゃないですか。それに、彼自身その気はないと思います」

「確かに、それはエレナの言う通りだな」


 彼の人となりを見れば、そう思うのは普通だろう。

 彼の目的も明白だし、目的のためなら手段を選ばないという人物でもないだろう。

 彼は共に居たエナ=ルージュを大切にしているようだったし、戦闘でも互いに連携が上手く取れるほど信頼関係を構築している。

 そんな人物が、この国に災いをもたらすとは考えにくい。


「デュークさんはどっちなんですか」

「さぁ、どっちだろうな」


 と、少しはぐらかしてみる。


「私が答えたんですから、デュークさんも答えてくださいよー」


 だが、エレナは下がる気配を全く見せない。

 一方的に答えさせるのも不公平だし、話してもいいか。

 まぁ、勇者を信用しているエレナに言えば、どんな目で見られるか分からないが。


「……もしこのまま行けば彼はいずれ、この国に災いをもたらす。俺はそう思っている」

「……冗談ですよね?」


 俺の言葉を聞いて、エレナは戸惑うように苦笑を浮かべる。

 俺は間違いなく、はっきりと「災いをもたらす」と答えた。

 しかし、エレナは冗談だと思いたいようだ。


「冗談ではないぞ」

「……どうして災いをもたらすと?」

「彼がこの国に災いをもたらすような気がないのは確かだ。だが既に、彼は危ない橋に足を踏み入れている」


 その危ない橋とやらに、自ら踏み入れたものと、踏み入れさせられたものがあるが。


「どういうことですか?」

「……彼と共に居た、エナ=ルージュという少女が、一つの不安要素だ」

「あぁ、あの魔法を使ったっていう……」


 流石にここまで言えば、エレナも俺が言いたいことが理解できたのか、真剣な面持ちになった。


「今はまだ一部の者しか知らないが、もし彼女が人間でないことが公になれば、面倒事になるのは間違いないだろう」

「今は魔王の噂もありますからね。魔法を使えるとなると、過剰に反応される可能性が高いですね」

「そういうことだ」


 この不安要素については、彼らを信じることしかできない。

 彼女が人間でないことを知っている者でも、共に行動するわけにはいかないからな。


「そしてもう一つの不安要素は、彼が何者かに狙われているということだ」


 問題はその何者かの情報を全く掴めていないことだ。

 グリニア城で騎士団や王宮魔術師が調査をしているようだが、その後進展はない。

 自ら調査しようにも、今の身分ではグリニア城に入ることもできないからな。


「グリニア城で彼を殺そうとした人物……シェイドのことですか?」

「いや、今回の件にシェイドは関与していないだろう」

「そうなんですか?」

「ま、憶測にすぎないがな」


 シェイドがそう簡単に標的を逃がすとは考えにくい。

 城に魔術の痕跡を残すようなミスをするとも考えにくい。

 もっと別の人物、ひいては組織の仕業と考えるのが妥当だ。


「現状彼が狙われているとなると、いつ街中で被害が出てもおかしくない」

「確かに、城をお構いなしに爆破するような輩ですからね。周りが巻き込まれる可能性もあるわけですか」


 彼がグリニア城を離れて三ヶ月間、街で被害が起きてないのが不思議なくらいだ。


「そんなに気になるなら、騎士団に復帰されてはどうですか?」

「……俺は騎士団には戻らない」


 戻ってもどうせ、同じことを繰り返すだけだ。


「お前もそれを飲んだのなら、さっさと帰れ」

「はいはい、分かりましたよー」


 追い出すようにエレナを店から出した。

 空になったグラスを片付けてから、店を出て掛け看板をひっくり返し、営業中に変える。


 ……俺が騎士団に復帰したとしても、何も変わらないだろう。

 親父には申し訳ないが、俺が騎士団に復帰することはもうない。


 一度、親父の跡を引き継いで、俺は約五年間騎士団の団長を務めた。

 二十歳という歴代最年少で王宮騎士団の団長となった俺は、周囲から期待された。

 俺もそのことに不満はなかった。自分なりに団長を務め、この国を守ろうとした。

 だが、俺は結局親父と同じやり方しかできなかった。


 物事の全ての裏取りをし、裏で手を回し、自分の思った結果になるように掌握する。

 それは、死んだ親父と全く同じやり方だった。母を守れなかった親父と。

 そんなやり方では、救えないものがあることを知っていた。だから、何度もやり方を変えようと試みた。

 しかし、結局変えることができなかった。

 そして俺は、騎士団を辞めた。


 後任をリーリアに任せたのは、俺と考え方が違うと思ったからだ。

 リーリアの真っ直ぐな性格なら、俺には救えないものが救えると思った。

 だが裏で手を回すことを知らないリーリアは、王の勇者召喚を受け入れてしまった。

 俺は裏で手を回し、ずっと勇者召喚を拒んでいたのだが、リーリアはそれをしてしまった。

 このことに関しては、俺の伝達ミスでもある。


「よっ、デュークの旦那」


 同じギルドの冒険者と思われる男女四人が、ぞろぞろと店内に入ってきた。


「……注文は?」

「全員、デュークさんのオススメで」

「そうか」


 四人の冒険者はテーブル席に行くと、話し始めて賑やかになる。


「デュークの旦那、オススメのやつ頼む」


 と、また新しく店に客がやってくる。


「……お前たち注文が面倒なだけだろ」

「そ、そんなことないっすよ?」

「はぁ……、ワインでいいな」


 ついため息が出る。

 騎士団とは違って、冒険者は面倒で雑なやつが多い。

 俺は騎士団より、何も縛りがない冒険者の方が合っているのかもしれない。


 その後も、続々と冒険者が店へと入り、一気に店内は賑やかになる。


 この街に不要な異邦人はいらない。

 自由と平和、そして酒があれば、俺はそれでいい。

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