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エーテル・グレイス  作者: クロビー
序章 アルストラ王国編
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選んだ選択

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ」


 馬車から降りて、大きく伸びをする。

 他の冒険者達もずっと座っていて疲れたのか、俺と同じように伸びをしていた。


 既に太陽は沈み、夜空には月が浮かんでいる。

 夜になった街はあちこちの街灯が点灯し、日中とは違った風景が広がっている。

 俺達の少し後に来た馬車が最後の馬車だったらしく、目の前で街の門が閉められた。

 今はその馬車も中央の広場に止まっている。


「ってあれ?」


 馬車からまだエナが降りていない。

 そのことに気がついた俺は、まだ側に止まっていた馬車の中を覗く。エナはまだ馬車の中に姿があった。


「おーい、エナ?」


 声を掛けるが返事はない。代わりに、スースーという可愛らしい寝息が聞こえてきた。

 王都に帰ってくる途中で眠ってしまったようだ。

 仕方ない。おぶって宿屋まで行こう。

 馬車に乗り込み、エナをおぶってからまた馬車を降りる。

 やはり子供の体だからか、思っていたより軽い。


「ジオルクはこれからどうするんだ?」


 数人の冒険者は既に解散していたが、ジオルクは俺達を待っていてくれたようだ。


「俺はギルドに行くが……、アスカルは?」

「俺はエナを連れて宿屋に行くよ。俺も疲れてるし」

「まあ、それがいいか」


 俺はエナをおぶったままジオルクと一緒に歩き、ギルドの前まで来る。


「じゃ、お疲れさん」

「ああ、お疲れ」


 ギルドの前でジオルクと別れ、俺は隣の宿屋へと入る。

 宿屋の受付には相変わらずカレンさんが座っていた。

 そして、受付のすぐ横には酒がいくつか転がっていた。


「うわぁ……」


 思わずそんな言葉が口から漏れた。

 宿の一階にいる常連の冒険者はその様子にも慣れてしまったようで、呆れの眼差しを向けているだけだ。

 この人に禁酒させたら何を起こすか分からないな……。


「カレンさん、部屋の鍵を……」

「んにぇ? アスカルくぅん?」

「はい、アスカル=トキサカですよ」

「ん〜と……」


 呂律の回っていないカレンさんが、受付の下で鍵を探す。

 本当に受付なんかしていて大丈夫なのだろうか……。休ませるべきなんじゃないの?


「はい、これ……うっ……」


 部屋の鍵を受付の上に置くと、カレンさんは直ぐにうつ伏せになってしまった。

 誰か、この人を介抱してあげて。


 俺はいつもの部屋へと行き、エナをベッドに寝かせる。

 今日はエナが活躍していたし、馬車での移動も長かったしで疲れているのだろう。

 馬車での移動中は何もすることがなかったし、俺は尻の痛みとの格闘で寝るどころじゃなかったしな。

 というか、吸血鬼でも人間と同じように疲れたりするのか。


 エナのほっぺをぷにぷにと突くが、特に反応は返ってこない。

 このまま朝まで寝そうなくらいだ。

 エナのために部屋の中の明かりを少し弱くし、机の上に置いてある照明を点ける。


 俺がこの世界に来てから三ヶ月経ったが、未だにこの街には慣れていない。

 そして、最近では元の世界が恋しくなってきた。家族に会いたいという気持ちも、より一層強くなってきている。

 義明や西園寺先生、クラスメイトにも会いたい。


 川崎透という人間を知っている人は、今の俺の周りには誰もいない。エナに話した過去のことも一部に過ぎない。

 アスカル=トキサカという人間として生きている以上仕方のないことだが、それが同時に埋めることのできない寂しさに繋がっているのだろう。


 椅子に座り、こっそりと倉庫から一枚の写真を取り出す。

 そこに写っているのは、俺と妹の川崎玲奈、そして父親である川崎恭介の三人だ。

 俺が中学生の頃に撮った写真で、俺がまだ超能力を使おうとは思っていなかった頃。

 俺は両親が亡くなってから少し捻くれてしまったが、この頃はまだあどけなさが残っていた。


 クラスメイト達は今何をしているのだろうかと、ふと考える。

 今では迷宮に入っているのだろうか。

 ……寂しいのは『川崎透』だけじゃない。突然この世界に召喚された全員が寂しい思いをしている。


 俺が『アスカル=トキサカ』として生きている今、『川崎透』という人間は生きていない。

 誰も知らない人間など、存在していないのと変わらないだろう。

 俺が元の世界に戻れば、向こうの世界では『川崎透』が戻ってきたことになる。

 しかし、この世界で生きていたのは『アスカル=トキサカ』だ。

 それは俺が選んだ選択。後悔などしていない。


 だけど時々、自分を偽っている俺が嫌になる。自分も他人も騙し続けることを辛く感じることもある。

 だからせめて。

 一人でいるこの時間だけは、『川崎透』でいたい。


     *     *     *


 あの写真に写っているのは……彼の家族だろうか?

 ベッドの上から、こっそりと目を開いて写真を覗く。

 彼は異世界から来たと言う。もしかしなくても、寂しいのかもしれない。

 唯一自分を知っている他の異世界人とも会っていないのだから仕方がないことだろう。


 家族に捨てられて孤児となった吾輩には、家族というものがよく分からないが、誰かと別れて寂しいという気持ちは理解できる。


 周りは知らない、唯一吾輩だけが知っている『トオル=カワサキ』という本名。

 トオル。トオル。トオル。

 頭の中でその名前を思い浮かべるだけで、何だか気持ちが昂る。


 吾輩は別れた人と再会することが出来なかった。そんな思いを、彼にしてほしくない。

 けど、吾輩には彼の寂しさを埋めることなど出来ないだろう。

 ならせめて。

 彼が家族と再会するための手伝いを、吾輩はしよう。

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