師弟
四人で飯屋に来て各々料理を注文すると、早速シェリアさんが俺とエナの関係を聞いてきた。
「それで、アスカルくんとエナちゃんって一体どういう関係なの? 師弟って言ってたけど……」
「本当に師弟だとするとアスカルが師匠で、その子が弟子か?」
二人は俺とエナの関係を考察し始める。だがジオルクの想像とは逆なのだ。俺たち二人が師弟と聞けば、普通はそう思うだろう。しかしエナが師匠で俺が弟子なのだ。
「逆だ。俺が弟子でエナが師匠だ」
「おいおい、冗談にしてももうちょい信憑性のあるものをだな…………マジか?」
ジオルクは初めこそ全く信じていないようだったが、俺とエナの様子を見てある程度信じてもらえたようだ。
「師弟というより友達……じゃないか。俺とエナってどういう関係なんだ?」
「友達以上恋人未満といったところかのう? 存外言葉にするって難しいものじゃな」
はっきり言って、今の俺とエナの関係を形容するのは難しい。互いに離れたくなくて、一緒に居たいというだけで、そこに特別な事情はない。
「恋人未満……てことは付き合ってないの?」
「まぁ、そうだな。別にそういうのではない」
「そうなの? 期待するほどのことじゃなかったのね」
何を期待していたか知らないが、エナと俺が付き合っていたらもはや事件だよ事件。警備隊に捕まったあと「戸籍不明の青年、女児を連れ回す」みたいな見出しで新聞に載っちゃうよ。
いや、連れ回すだけだと現在進行形でやってるな……。既にアウトでは?
でも街の人に変な目で見られてはなかったしセウトだな。つまり実質セーフか。なーんだ、じゃあ気にする必要ないね!
「アスカルくんはいずれこの国を出るつもりなんだよね? エナちゃんはどうするの?」
「それは……」
俺はその問いかけに、すぐに答えることが出来なかった。世界を旅するにしても、一人で暮らすにしても、エナの実力ならそう困難なことではないだろう。俺の気持ちとしては、エナと一緒に旅をするほうが良い。しかし、俺の面倒事にエナを巻き込んでしまって良いのだろうか。
元の世界に帰るという問題は俺……いや、異世界人である俺を含むクラスメイトで解決すべき問題だ。この世界に俺達を読んだ魔術師達と王様に責任がある。というか責任を取るべきなんだが……、その問題を解決しようとする気はないだろうしなぁ。
エナを森から出られるようにして街に連れてきたのはいいけど、これからどうしたもんか……。とにかくエナと離れたくない一心で後先考えず実行してしまったものだから何も考えてなかったな。
「お待たせしました」
四人で話していると注文していた料理が運ばれてきた。
「それじゃあみんな食べようぜ」
ジオルクがそう言って食べ始める。
それに続けて俺とエナとシェリアさんも料理を口に運ぶ。
いつも通り美味しい。
エナは今まで森で自炊をしていたので口に合うかどうか不安だったが、どうやら美味しいようだ。
それからも四人で食事をしながら会話を楽しんだ。
会話というよりは俺とエナに対する質問ばかりで、途中から尋問されているような気分だった。ここって飯屋だよな……?
「みんな食べたみたいだから、ひとまず皆で広場に戻ってそこで解散でいいかしら?」
「あぁ、そうしよう」
シェリアさんの提案に全員が同意したので、四人で広場に行くことになった。
店を出て、ギルドのある街の広場へと向かう。
街灯によって明るく照らされている道は、夜だというのに人通りは多かった。
「シェリアさん、目の色を変えたり髪の色を変えたりする方法って何かないか?」
俺は広場へと戻る道中でそんなことを聞く。
何故目や髪の色を変えられるかを聞くのは、少しでも見た目で誤魔化せるかもしれないからだ。
今日のように、街で突然襲われでもしたら危険だ。
目や髪の色を変えたところでそれ以外は同じだからすぐにバレそうだが、しないよりはまだ良いだろう。
「一応あるわよ。どうせならこの後一緒に行く? 広場にお店があるし」
「そうなのか。じゃあよろしく頼む」
広場に店があるのか。でも広場の店って高かった記憶があるんだが金足りるか……?
「吾輩もついて行ってよいか?」
「まぁ構わないが……」
広場で解散すると言っていたのに三人は一緒に行動することになってしまった。
「ジオルクはどうする?」
「俺は遠慮しとくぜ」
ジオルクは来ないらしい。
結局四人中三人でその店へと行くことになった。
広場まで戻って来ると、ジオルクはギルドに行き、俺達は店を知っているシェリアさんについて行った。
ジオルクは自宅ではなくギルドに行ったけど、いつも何時までいるのだろうか?
広場の時計だと既に七時は来てたが……。
「このお店よ。じゃあ中に入るわよ」
シェリアさんはそう言って店の中に入っていき、俺とエナも中には入る。
装身具店? こんなところで髪色を変えるのか?
そんな疑問を抱きながら店内に入るとシェリアさんは首飾りが並んでいる前で止まった。
「すみませーん」
「はい」
「髪の色を変えるものってここですか?」
「はい、こちらのものですね」
シェリアさんは店員を呼ぶと目的の物か尋ねた。
シェリアさんが見ているものは首飾りで、石のようなものが一つだけ付いていて、ペンダントのようなものだ。
恐る恐る値段を確認すると、三万越えは当たり前で中には五十万バルグを越えるものもあった。
シンプルなものでも三万という額は俺の所持金に大打撃だ。エナに魔術を教えてもらうことになってからというものの、毎日の宿代と食事代をぎりぎり稼いでなんとか食い繋いでいたから、貯金はほとんどない。
「あ、あの……他の普通の首飾りに比べて高くないか?」
流石に今の所持金で払えるような額ではなく、つい思ったことを口に出してしまった。
「それはね、この石みたいなのがあるでしょ?」
「あぁ」
「これは魔石って言われててね。簡単に言うと人工の魔石よ」
魔核……魔物が極稀に落とすやつか。
ジオルクと魔物を狩ったときに落としたのを見て以来、一度も落としてるのを見てないから忘れてたな。
それと同じ物を人工で作ることができるのか。
「アスカル君も街で何度も見たことあるはずよ」
「そうなのか?」
街でそれらしいものは見かけなかったが……。
「街灯に使われてるのよ。街灯のように魔石を使った道具のことを魔導具って呼ぶわ。この首飾りも魔導具の一種よ」
魔導具というと、王城の浴場にあったシャワーのようなものが魔導具と言われてた記憶があるような気がする……。
「魔石って何が出来るんだ?」
「魔石に魔力を溜めて魔術式を書き込むことで知識の無い人でも簡単に魔術を使えるのよ」
「あー……、つまり魔道具だから高いと?」
「まぁその認識で問題ないわよ」
人工とはいえ、魔術に精通している人はそう多くないだろうし、技術面でもかなり貴重だろうからこれだけ高いのだろう。技術者の人件費が高いのは普通なのだ。ほんと。まじで。
「じゃあ魔核自体は何に使わているんだ?」
「大型の装置に使われてるみたいね。よく目にするのは街の門とかかしら?」
「なるほどなぁ」
一般人が使うものや街灯など数の多いものは供給の安定している人工の魔石を用いて、門の装置など数の少なく大型のものには魔核を使っているってことだろう。
人工で魔核と全く同じものを作れるわけとは思えないし、魔石では大型の装置を動かすことが出来ないという理由もありそうだな。
シェリアさんから説明を聞いたあと、いくつも置かれている首飾りを一つ一つ見る。
これだけの金額を用意するのはかなりしんどいな……。魔術師と話をしたらタンゲルに行くつもりだからな。できれば一週間以内に金を用意したいがこれは厳しいか?
「よければ試着してみてください。あちらに鏡もありますので」
俺が悩みながら首飾りを眺めていると店員にそう言われた。
何色を着用してみようか悩んでいると、シェリアさんが一通り着けてみようと言うので、取り敢えずそうすることにした。
「そういえばアスカルくんって蒼眼なのね」
「ん? あぁ、そうだな」
シェリアさんは俺を見ると、そう言って首飾りを渡してきた。
蒼眼は別に珍しいというわけではない。それに、俺は黒髪だからどちらかというと地味だ。
「茶髪は……似合わないわね……。じゃあ金髪は?」
シェリアさんにそう言われ、昔のことを思い出していた思考を現実に引き戻す。
確かに茶髪は微妙だな……。
俺はそう思いながら首飾りを外し、別の首飾りを着ける。
「金髪もアスカルくんには似合わないわね……」
「吾輩と同じ銀髪にしてみないか?」
「それいいわね!」
エナが提案した通り、銀髪に変える首飾りを着けて鏡を確認する。
さっきから俺はシェリアさんに渡されてばかりで着せ替え人形みたいだな……。というかシェリアさん楽しんでないか?
「似合ってるわよ。本当にエナちゃんと兄妹みたいね」
シェリアさんにそう言われ、鏡とエナを交互に見る。
「むぅ……そう見つめるでない。恥ずかしくなるではないか」
確かに兄妹とは言えなくはないな。
エナの右目が隠れていればじっくり見られても兄妹と誤魔化せそうだ。
「……似合ってるか?」
「うむ。似合っておるぞ」
「ならこれにするか」
エナもシェリアさんも似合ってるって言ってくれたし、これにするか。値段は幾らだ?
首飾りが置いてあったところで値段を確認すると、十五万バルグと書かれていた。現在の所持金では到底払えない。
「金が足りねぇ……。また今度にしよう」
着ていた首飾りを元に戻し、今は首飾りを買うのは諦めて宿に戻ることにした。
「金をすぐに貯める方法ないですかね……」
「いつまでにあれが必要なの?」
店を出て広場の噴水の近くでシェリアさんに相談をした。
「できれば一週間後までには欲しいな」
「だったら冒険者なんだし依頼でもする? 報酬が高い依頼をこなしていけば一週間でなんとか貯まるとは思うけれど」
「そうなのか。それなら頑張ってみるよ」
まぁ、それが冒険者の稼ぎ方だしな。
冒険者は金を貰えて、依頼者は頼んだものが手に入る。
どちらも得なのは良い構図だな。
「俺達は宿に戻るよ。ありがとう、シェリアさん」
「どういたしまして」
話を終えて別れを告げると、シェリアさんはギルドに、俺とエナは宿へと戻った。
「こんばんは、カレンさん」
「こんばんは、アスカルくん」
カウンターに居たカレンさんと挨拶を交わすと、カレンさんは俺の隣に居るエナを見ている。
「その子はアスカルくんの妹?」
「いや、妹じゃないです」
この質問二度目じゃね? やっぱり身長差が原因なのだろうか。
「じゃあ恋人?」
「そういうのじゃないです」
「ありゃ、そうなの?」
俺が否定すると、カレンさんは少しつまらなさそうに言った。
ギルドに居た時と似たような状況だ……。
「でも今はそうでもあとから変わることもあるんじゃない?」
「まぁそこは否定しませんけど……」
実際世の中には一緒にいるうちにいつの間にか好きになってたっていうこともあるしな。
師弟から始まる恋! みたいなキャッチフレーズとかラブコメっぽくない? ぽくないか……。
「じゃあお姉さんの恋人になっちゃう?」
カレンさんはそう言って、常に強調されている胸を、さらに意図的に強調させる。その行動に俺が固まると、エナに腕を摘まれた。
この人俺を弄ぶのが好きなのか?
いや、ただこういう性格なだけの気がする。騙されるな俺。というかエナの力がちょっと強くてそれどころじゃない。痛い。
「二人で同じ部屋に泊まるの?」
「そのつもりですけど……」
「隣の部屋まで聞こえるってことはないと思うけど……、廊下だと聞こえるかもしれないからあまり夜中に大きい声は出さないほうがいいかもね」
二人で同じ部屋に泊まる……夜中に大声は出さないほうがいい……。
俺は言葉の真意を探るためにカレンさんの言ったことを考えていると一つの答えに辿り着いた。
「身体だけの関係でもないですから!」
ねぇねぇ、あそこの息子さん。色んな女の子に手を出してるらしいわよ。
やだ奥さんったら、こんなところで話してたら聞こえちゃうじゃない。
それにしても最近の男の子はやだねぇ……。うちの娘には関わらせないようにしなくちゃ。
みたいな噂が近所のおばさんの間で広まっちゃうだろ! いやまぁ、今は近所のおばさんとか居ないんだけど。
「そう、真面目なのねぇ」
カレンさんは少し残念そうにそう言った。
そこは残念がるところじゃないでしょ。むしろ止める側じゃないの?
ここ宿屋なんだから、やったら他の客に迷惑になるだろ……。
カレンさんとの会話の所為で余計に意識してしまって、ついエナのことが気になって見ると、何の会話をしているのか分かっていないようで、首を傾げていた。
「何の話をしておるのだ?」
エナってもしかしてそういう知識無いのか?
エナが森で住み始めたのが十一歳。当時の環境を考えると、十一歳でそういう知識が無くても不思議ではないだろう。
「エナ、ちょっといいか?」
俺はそう言い、屈んでエナの耳元に口を近づけて、何を話していたかを話した。
エナだけ話の内容を言わないっていうのは仲間外れにしているみたいで心苦しい。
「……とまぁそういう話だ」
俺が話の内容を伝え終わると、エナが耳の先まで赤くなっていて、俺を見て恥ずかしそうにしている。
俺も話している内に自分の顔が赤くなっていくのを自覚してしまう程には恥ずかしかった。
エナが恥ずかしがるのは今までそういう知識があまり無かったのだから、その反応も当然なのかもしれない。
「二人とも若いねー」
俺とエナのやりとりを傍から見ていたカレンさんがそう言った。
カレンさんって一体何歳なんだ……?
そもそもこんな雰囲気になった原因ってカレンさんにもあると思うんだが……。
心の中でそう思っていると、カレンさんに部屋の鍵を渡された。
「寝不足にならないよう程々にするんだよー」
「だからしませんって……」
今のカレンさんと話していると、エナの顔がどんどん赤くなっていくので早く部屋に行くことにした。
今夜は落ち着いて眠れそうになさそうだ……。




