打ち明け
俺が目を覚ますとエナの顔が目の前にあり、目が合った。
寝た前のことが頭の中によぎり、お互い恥ずかしくなって目を逸してしまった。
あのときは流れに任せて言ってしまったが、今思い出すとすっげぇ恥ずかしいな……。
俺はエナの反応が気になり、チラッと見るとニヤニヤしながら赤面していた。
すると、またエナと目が会った。エナは顔から火が出そうな勢いで頬が紅潮している。
なんだこのかわいい生き物。妹の玲奈にも引けを取らないほどだ。
俺はその感情を抑え、冷静になろうとする。
なんだこの感覚は、これが……恋! などと、内心ふざけたことを思ってしまった。一旦落ち着こう。
俺は深呼吸をして再びエナを見つめた。
「エナ……?」
「ひゃうっ!? な、何じゃ?」
え、何その声。めっちゃ可愛いんですけど。
「いや、何でもない……」
「そ、そうか……」
再び気不味くなってしまった。
なんで何も言わないんだよ俺! もっとこう…何かあるだろ!
例えば……なんだ? 普段、人とだらだらと会話することなんてほとんどないから、何を話せばいいのか分からねぇ。話すと言っても、家族を除いては義明と西園寺先生くらいしか話さないけど。特務機関の人達とは仕事の話しかしないし……。
交友関係がなさすぎるだろ俺……。むしろなさすぎて全男子高校生ボッチ度世界上位に食い込んでしまうレベルだ。
脳内会話で一人はしゃいでいると、エナが口を開いた。
「は、腹が減っておるじゃろ? 何か作ってきてやろう!」
「あぁ! 確かに腹が減ったな、うん!」
俺とエナはその場の気不味い雰囲気を誤魔化すように笑いながら話をする。
エナは俺のことを好きだと言ってくれたがこんなに気の利かない男で本当にいいのか?
エナが部屋を出ると俺は床に倒れ、悶え始める。
あんな女の子が好きだと言ってくれたと思うと、つい身を捩ってしまう。俺には勿体無いほどだ。勿体なさすぎて親戚に心配されるどころか、近所で変な噂が広まってしまうまである。
俺が床で悶ていると意外と時間が経っていたらしい。ドアが開いた音に気づき、慌ててドアの方を見るとそこにはエナが立っており、冷ややかな目で俺を見ていた。
「アスカルは床で暴れてしまう病気でも持っているのか?」
病気扱いされてしまった。でも優しいほうかもしれない。普通の人だったらゴミを見るような目で頭の心配をすると思う。
それより今『お主』じゃなくて『アスカル』って名前で呼ばれた気がしたんだが気のせいだろうか? ついに耳までおかしくなってしまったか……。
「いや、そう言う訳じゃないから安心してほしい」
「そうか、ならよい。ほれ、アスカルの分だぞ」
やっぱり聞き間違いじゃなさそうだな。俺の耳は正常だった。いや耳以外も正常だけどね?
それより、なんで急に名前で呼び始めたんだ?
「なぁ、何で急に名前で呼んでるんだ?」
「す、好きな人を名前で呼んでは駄目か……?」
エナは顔を赤面させて、恥ずかしそうにそう言った。
「駄目じゃないが……。むしろ嬉しい」
「そ、そうか! なら吾輩のことも……って既に名前で呼んでおったな」
そう言えばそうだな。最初会ったときは子供だと思ってたからなぁ……。
あれ? 子供じゃないとしたらエナって一体何歳なんだ?
俺はそんな疑問を持ちつつエナから皿を受け取って椅子に座る。エナはいつも通りテーブルを挟んで向かいに座った。
「まぁその……なんだ。これからも魔術の指導やら魔物狩りやらをよろしく頼む」
エナに向かって軽く頭を下げる。
その言葉と俺の畏まった表情を見て、エナはふっと噴き出した。
「あぁ、吾輩のほうこそよろしくなのだ」
エナの口からは笑みが溢れ、その声音は嬉しそうだった。外から差し込む月光が埃に乱反射して、きらきらと輝いており、彼女の左右に束ねられた銀髪もまた、きらきらと輝いていた。
前髪の間から見える紅眼と蒼眼の向こうには、反射した自分の姿が映されていた。正面から見た彼女の顔は幼くも綺麗で、つい見惚れてしまっていた。
「さて、アスカルのことを聞かせてくれ」
「俺のこと?」
「そうだ。不本意だが吾輩は少し自分のことを話してしまったのだからな。ここはアスカルも話すのが対等であろう? それに、お互いを知る良い切っ掛けにもなるであろう」
エナはそう言って、視線で圧を掛けてくる。
俺のことか……。一体何処から話したものか。
自分で言うのもなんだが、俺の人生は波乱万丈で記憶に残っていることが多いんだよな。
それに自分のことを話すとなると俺がこの世界の人間では無いことも言ったほうがいいだろうか?
まぁ、エナには本当のことを言ってもいいかもしれないな。
「信じてもらえないかもしれないが俺は別の世界から来たんだ」
「別の世界…?」
エナは腕を組み、何やら考えているようだ。
「もしやアスカルは勇者というやつか?」
「……勇者では無いな」
俺達を呼んだ王様は勇者という呼び方はしてなくて、異世界の人々としか呼んでいなかった。
勇者とは街の図書館で見た限りでは、昔の神魔大戦のときに世界を救ったということだ。
その勇者は別の世界の人間だとは書かれていたしエナが知っているのも不思議ではないか……?
「それにしても何故異世界から呼ばれたのだ? 今は神魔大戦時のような状況でもあるまいに」
「ここ最近地上で凶暴化した魔物が出てるってことは知ってるか?」
「そんなことがあったのか?」
どうやらエナは知らなかったようだ。
森に住んでると言っても森から出たことが無いわけではないと思うんだがな。
偶然そういうのに遭遇しなかっただけか?
「それが原因で今は街で魔王が復活したんじゃないかって噂が広まってて、例え噂でも放っておけないということで呼ばれたらしい。四十一人も」
「四十一人じゃと!?」
流石にこの人数にはエナも驚いた様子だ。
多分驚かない奴なんていないと思うけど。
驚かないやつなんて事情を把握している人物か前例を見たことがあるような人物しかいないだろう。あとは感情が極度に無い人。
「それで何故アスカルはここにいるのだ? アスカルも召喚された一人なのであろう?」
「俺は殺されそうになってな…。四人以外は多分俺が死んだと思ってる」
確実に知っているのはあの魔術師と委員長、他は俺の予想で西園寺先生と義明だ。
「大丈夫だったのか? 殺されそうになったのであろう?」
「そんなに心配しなくてもこうして生きてるんだから大丈夫だって」
「そ、そうだな。うむ」
俺が違う世界の人だと言うのは話した。
エナからお互いのことを知ろうと提案され、俺もエナに俺のことを知って欲しいと思った。
自分のことを話すと言っても何を言えばいいのだろうか? 今まで身の上話をすることなんてなかったし、何なら話す相手がいなかったまである。
「話すのはいいが……あまり面白いことはないぞ?」
「別に面白い話を期待しとる訳ではない」
「まぁ、それでいいなら話すよ……」
他人の過去を知って何になるのかと問われれば、俺はきっと、すぐには何も答えることが出来ないだろう。
他人の過去を知ったとしても、過去はけして変えることが出来ないのだから。まぁ相手の地雷を踏まないようにすることは出来るが。
エナの話を聞いている限り、エナは過去に色々とあったようだし、どこに地雷があるのか分からないからなぁ。そういう意味では、身の上話を聞く価値はあるだろう。単純に俺が知りたいというのもあるが。
身の上話を聞いても何も出来ないけれど、話すのを断る理由もないし、エナが知りたがっているのなら話してもいいだろう。
「そんなに詳しくは話さないけどいいよな?」
「詳しく知りたいことは吾輩が聞くからそれで構わぬぞ」
「分かった」
俺は首を立てに振り、何から話そうかなーと思いながら、口を動かし始める。
俺とエナの間にはテーブルがあり、いつもと変わらない。出会ったときから何一つ変わっちゃいない。物理的な距離も、心の距離も。けれど今は、互いに一歩ずつ距離を縮めようとしている。
そんな関係が。今この空間が。ひどく心地良かった。




