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エーテル・グレイス  作者: クロビー
序章 アルストラ王国編
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心を覆う靄

 森から帰ってきて宿に行くと、部屋のベッドに身を任せて時間を持て余していた。

 鍵をカレンさんから受け取る際に元気が無いと心配されたがそんなに元気が無いように見えただろうか? 自分はいつも通りでいたつもりなんだけどな……。


 空はまだ明るく、街は活気に満ちている。だが俺の心は晴れておらず、雨雲に覆われたかのように暗く曇っていた。


 こういう人間関係は一番よく分からない。

 相手の気持ちなんて分からないし、理解しようとしても理解できるとは限らないのだ。


 一人でずっと悩んでいても何も思い浮かばないので気分転換に外に出ることにした。


 宿を出るときにカレンさんは相変わらず心配そうな表情で俺を見ていたが、何も聞かれなかった。だが妹のシェリアさんまでそうとは限らない。


 宿を出たところで偶然シェリアさんに出くわし、俺の顔を見るなり一体何があったのかと聞かれた。


 それに対して俺が何も答えられないでいると、シェリアさんは突然俺の手を引いて宿の中へと連れて行かれてしまった。


「お姉ちゃん、アスカルくんの部屋の鍵をちょうだい」

「はいはい。でもギルドを長い時間開けないようにね」

「そこはジオルクに任せてるから大丈夫よ。それじゃあアスカルくん、行くわよ」


 俺の意思とは関係なしに俺の部屋の鍵はシェリアさんの手へと渡ってしまった。自分の部屋の鍵を他人がやり取りしているのを見るのは少し複雑だ。


 俺はシェリアさんと部屋に向かおうとしたときにカレンさんが近づいて来て耳元で話しかけられた。少し擽ったい。


「シェリアちゃんは一度スイッチ入っちゃうと諦めが悪いから。いっそのこと全部話しちゃってもいいと思うよ?」


 ってことは話が長くなる感じか……。


 カレンさんと別れ、俺とシェリアさんは部屋へと向かった。

 

 俺の部屋は物が少ないのも相まって散らかってはいない。武器や服なんかは全部倉庫に入っている。


 俺とシェリアさんはテーブルを挟んで椅子に座り、俺に対して何があったのか聞いてきた。

 俺は最初こそ黙っていたのだがシェリアさんの真剣な眼差しを見ていると、自然と口から言葉が漏れていた。


「……シェリアさんは仲の良かった知り合いにいきなり別れを告げられたらどうする?」


「そうね……。まずは理由を問いただすかな」


 だよな。俺もそうした。だけどエナは何も言わなかった。俺には今のエナの気持ちが分からないからどうするべきか分からない。

 もしまた会いに行って拒絶されてしまったらどうしようか。もし俺が原因でエナが傷付くなら会わないほうがいいのでは無いかと思ってしまうのだ。


「一応答えたけど今は私が何があったのか聞いてるの。ここで話したことは誰にも言わないからとにかく話して欲しい」


 シェリアさんは優しい声で俺にそう言った。最初に会ったときにお姉さんと呼んでもいいと言われたときは断ったのだが、今のシェリアさんはまさにお姉さんと呼べそうな人だ。

 俺が落ち込んでいるところに何があったのかと聞いてきて、真摯に向き合ってくれている。

 今は完全にシェリアさんのペースに呑まれていた。

 俺はそんなシェリアさんだからこそ話そうと思えたのだろう。


「……知り合いに訓練をしてもらったんだ。これについては言ってたから知ってると思う」


「うん、聞いてる。すごい魔術師なんでしょ」


「今日はその人と模擬戦をしたんだ。そして模擬戦が終わった後にいきなり。『自分はもういらない。今日でお別れだ』って言い出したんだ」


 言葉だけだと少し伝えにくいな……。今のだと誤解されそうだ。


「なんでそんなことを言われたのか心当たりは無いの?」


 心当たりか……。

 俺は当時の状況を振り返って、一旦何があったのかを頭の中で整理する。

 エナに別れを告げられる直前に起きたことと言えば……、俺がエナの隠していた瞳を見てしまったことだ。

 俺はシェリアさんにそのことを伝えようと思ったが、そこまで正直に伝えるのはエナに失礼なのではないかと思い、それとなく伝えることにした。


「今までその人が隠していたことを見てしまった……かな。そしたら『お別れ』って拒絶されたんだ」

「なるほどね。確かに知られたくなかったことを知られてしまったらそう言われるかもしれないね。でもそれって拒絶なのかな?」

「え……?」


 拒絶以外だったら一体何なんだよ、と俺は思ってしまう。

 だがあのときのエナの表情を忘れた訳ではない。俺も拒絶以外の感情を模索したが分からなかった。


「アスカルくんの表情を見てると分かるよ。だって拒絶されたと思ってる人とは少し違うのよ。本当は拒絶されたわけじゃないって自分でも分かってるんじゃないかな?」

「でも俺は何も出来なかったんだ……。お別れだって言われて。何処かに行ってしまうのを俺はただ眺めていることしか出来なかったんだ。そんな俺がまた会っていい権利なんて――」

「あるよ」


 俺の言葉を遮りシェリアさんはそう言った。俺は自分で言葉を吐き出している内に心はどんどん暗くなっていき、今にも泣き出したい気持ちで一杯だ。


 寂しそうな表情を浮かべ、俺を拒絶したエナに言葉をかけることすら出来なかった。

 それなのにシェリアさんは会っていいと言ってくれた。


「アスカルくん自身は一体どうしたいの? 重要なのはそこよ。会っていいかなんて誰かが許可しないといけないなんてことはないのよ?」

「俺は……会いたい。会って話をしたい。でもまた拒絶されたらと思うと不安で……」

「だったら素直にアスカルくんの気持ちを伝えなよ。相手の言葉に耳を貸さない人じゃないんでしょ? アスカルくんが本気で言えばきっと伝わるはずだから」


 シェリアさんは俺にも言っているのだろうが、何処か遠くを見るような哀愁漂う目をしていた。

 もしかしたらシェリアさんもこういう経験があったのかもしれない。


 だけどもしエナが俺を拒絶しているとしたら俺は会わないほうがいいのではないかとそんなタラレバばかり頭の中を駆け巡り決心できない。


「アスカルくん!」


 俺が俯いたままでいるとシェリアさんは怒ったように、だけど同時に優しさの籠もった大きな声を出す。

 俺は聞いたことのないシェリアさんの声に驚き、下を向いている顔をシェリアさんの顔が見えるところまで上げる。


「まだ短い付き合いの私が言うのもなんだけど、いい加減大人になりなさい。いつまでそうやってうじうじしてるつもりなの? 君は同年代の子と比べたら大人びて見えるのかもしれないけど、私から言わせてもらえば精神はまだまだ子供よ」


 その声は決して怒っているのではなく俺のためを思って言ってくれているのだと感じた。


 シェリアさんの言うとおり俺はまだまだ未熟なのかもしれない。

 この世界に来てからというもの人に助けられてばかりで、好意に甘えていた。エナに対してもそうだ。

 今でもこうしてシェリアさんに助けてもらっている。


「分かんねぇんだよ……。なんであいつと別れるのがこんなに嫌なのか。自分がどうしたらいいのかも」


 言葉を吐き捨てるように言うとシェリアさんは俺に呆れたのか一気に覇気が無くなってしまった。


「悪いが今日は帰ってくれないか……?」


「……分かったわ。でもこのままでいるつもりではないんでしょ? 後はアスカルくん自身で決めることね」


 シェリアさんはそう言うと部屋を出ていった。


 空で輝いていた太陽はかなり傾いており、建物の影が大きくなっている。

 街の喧騒はいつもとは違い不快に感じた。

 窓を閉め、ドアの鍵を閉めて、部屋の外との交流を完全に断ち、俺はベッドへと倒れ込む。


 外の喧騒は聞こえにくくなり、俺の許可がなくては誰も入れない閉塞された部屋は、まるで別の世界になっているようで寂しいところだ。

 いつもなら退屈だと感じるこの空間が、今の俺には一番落ち着く場所だった。

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