表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エーテル・グレイス  作者: クロビー
序章 アルストラ王国編
20/72

模擬戦

 魔術の訓練を始めてから二週間が経過した。

 簡単な魔術は取得できたので、今日は刀などの武器を使うのではなく、魔術で魔物を倒す実戦をすることになった。


 この森の魔物は今まで刀で倒していたので弱く感じていたのだが、実際はかなりしぶとかった。

 マジックトレントという魔物なんて〈烈風〉で同じ箇所に四発叩き込んでようやく倒せたのだ。


 エナ曰く、マジックトレントは魔法や魔術に耐性を持っているらしく、普通は魔術で倒すなんてことはしないらしい。

 なのに何故その魔物を選んだかというと、魔術を魔物に当てる訓練になるからだそうだ。つまりはサンドバッグの代わり。ちょっと可哀想だな。


「この辺りの魔物はほとんど倒してしまったのう。一度家に戻るとするか?」

「ずっと動きっぱなしで疲れたし、そうするか」


 俺は魔物から手に入れた素材を倉庫に入れてエナの家に向かった。


 この森は食料としてきのこや鹿の肉などが採れるのだが、肉は取りすぎると消費しきれずに腐ってしまって処分することになるので、その日に必要な量しか採っていないらしい。

 街には保存方法があるのだが、エナの家には無いみたいだ。


 魔物が落とした肉は放置していても腐る前に倒したときのように塵になるので放置していても問題はないらしい。


 家に着くとエナは食材を持って家の中へと入っていった。

 俺は少し待っておけと言われたので少しの間待っていると、エナは森で採れた木の実をきれいに洗った状態で皿に盛った状態で持ってきた。


「ほれ、お主も食べるがよい。甘いぞ」

「あぁ、ありがとう」


 俺は皿に盛られた木の実を一つ摘み、口の中に入れた瞬間に口の中に甘みが広がり、仄かな酸味を感じる。


 形は似てないが食感や味はぶどうにみたいだな。

 この世界に来てからというもの果実は口にしていなかったので更に美味しく感じる。


 皿から木の実を取っていると不意に手から転げ落ちてしまった。


 あ、勿体無いな……。と思ったのだが、地面に落ちる直前にエナが手で受け止めていたみたいで、木の実は無事だった。


 するとエナは手に持った木の実を自分で食べるのではなく、俺の口元に持ってきた。

 俺は咄嗟のことで戸惑うのだが、エナはそんな俺を不思議そうな目で見る。


「食べるのであろう? 口を開けるのだ」


「え……いやでも……」


 エナはそういうのは気にしないのか? それとも俺に気を許しているということなのだろうか?


「隙間ありじゃ!」


 俺がどうしようか困っていると中途半端に開いた口に木の実を少し強引に入れられた。

 その際にエナの指が俺の唇に触れたことで一気に恥ずかしくなってきた。


「どうだ? 美味しいか?」


「あぁ、すごく甘い……」


 木の実よりエナの指が唇に触れたことに加えて、エナの笑顔によって今にも顔から火が出そうだ。


 傍から見ればこれは師弟という関係ではなく、恋人に見られても仕方がないような距離感だ。


 俺は再びエナの笑顔を見ると心臓がドクンと跳ね上がるような感じがした。

 俺は今まで感じたことがない未知の感情に襲われるが、その感情の正体が分からない。


 俺は一体どうなってしまったんだ……?

 その日は木の実を食べ終わると訓練は終了した。


 それからも俺の日常は続き、気がつけば異世界に来てから二ヶ月が経過していた。

 王城に居るクラスメイトに関しては秘匿されているのか、街でも話題を聞かない。魔術師にも一回目の再会以降会っていない。


 二ヶ月前と比べて気温は低くなり、街の人々は外套を羽織っている。

 魔導具のお陰で朝と夜の寒さは十分凌げるが、朝は布団が恋しくなる。

 それでも毎朝寝坊せず起きられているのは、我ながら快挙だ。


 朝起きたら図書館に行って調べ物。

 昼になったらエナのところへ行き、魔術の訓練と魔物狩り。

 訓練が終わって街に帰ってきたら、ギルドで魔物の素材を換金して収入を得る。

 夜は飯を食った後、図書館に行って調べ物。


 ここでの生活はこの繰り返しで、それが俺の日常となっていた。

 昼飯はたまにエナの作ったものを食べさせてもらうことがある。

 そして、今日も魔術の訓練をするために森へと来ている。


「今日は模擬戦をやるぞ」


 エナは唐突にそんなことを言う。


「模擬戦?」


「お主も魔術はある程度使えるようになったであろう? だが使うのと扱うのでは全く違うからのう」


 それはそうだ。この辺りの魔物を狩るには十分な実力はあるが、人が相手となると違うからなぁ……。


 魔術師から犯罪集団のことを聞かされたから、魔術での人との戦い方も学ばないといけないし、ちょうどいい。


「それで、模擬戦って言ったってどうすりゃあいいんだ?」

「吾輩の体に魔術を当てればお主の勝ちで、お主が動けなくなれば吾輩の勝ちだ」


 凄いハンデがあるな。むしろここまでハンデを付けないと相手にならないと言うことだろう。


「勝敗の条件は分かったけどルールは?」

「吾輩が結界を張るからその中で戦う。使用するのは魔術のみで、結界全体を攻撃できる魔術は禁止だ。吾輩はハンデとして攻撃に使う魔術は〈雷撃〉のみとする」

「一応聞くけど超能――」


「駄目に決まっておろう?」


 エナは俺の言葉を一刀両断する。まだ全部言ってないんだけど。

 魔術のみとは言ったからそんなことだろうとは思ったけど。

 それにしてもエナの攻撃手段が『雷撃』だけとは凄いハンデだな。


 エナは地面に魔法陣を浮かべ、家の前の開けた場所を囲うように結界を張る。


 エナが普段この辺りに張っている結界は認識出来ないようにされているが、今張った結界は俺とエナが目で認識出来るように青色になっている。というよりこれが普通の結界だ。


「では早速始めるか?」

「あぁ、よろしく頼む」


 始まりの合図はエナが出した火が地面に落ちた瞬間だ。

 エナが魔法で火を出すと、その火はゆっくりと地面に落ちていく。

 その様子をお互いにじっと見つめ、地面に落ちるのを待つ。


 蝋燭のように小さい火は地面に落ちると、息を吹き掛けたように消えた。すると、二人は同時に魔術を発動させる。


 エナはもちろんのこと俺も〈雷撃〉を使うが、同じ魔術を使ったことで実力の差は顕著にあらわれ、エナの魔術が先に発動する。

 俺は回避行動を取らざるを得なくなり、発動させる魔術をキャンセルして横に回避すると、先程まで立っていた場所に雷が走った。


 俺は反撃するべく、回避した先で再び魔術を発動させ、エナに向かって雷を放つ。

 雷は乱れることなく一直線に飛んで行くが、エナはそれを回避することなく真正面から雷を受ける。

 しかし、エナの体には傷一つ無く手のひらには魔法陣が浮かび上がっている。恐らく〈障壁〉で防がれたのだろう。


 エナのハンデで攻撃手段は〈雷撃〉のみとしているが、防御手段は制限されていないのであの防御魔術をどう突破するか悩んでしまう。

 その後も、いろいろな魔術で攻撃をするが、一向にエナの防御を崩せる気配は無い。


 このままでは時間の無駄だな…。

 俺は超能力によって魔力は尽きることが無い。

 訓練中に分かったことなのだが、超能力によって保有している魔力の量も変えることが出来たのだ。

 飽和魔力量はそこまで高くないので大規模な魔術を使うことは出来ないが。


 正面からエナの防御を崩すのは無理だと判断し、エナの足元に魔法陣を展開して魔術を使った。するとエナは少し驚いた表情を見せ横に跳んだ。

 エナが回避した直後に魔術が発動し、魔法陣から炎が噴き出る。


「〈爆炎〉か。良い判断じゃな」

「こっちとしてはやっとエナを動かせたか……って感じなんだけどな」

「吾輩もそう簡単に終わらせる気は無いということだ」


 エナはいたずらな笑みを浮かべてそう言った。

 俺の魔術の実力では正面からの攻撃では〈障壁〉に防がれてしまい、足元の攻撃は余裕で回避されてしまう。


 今もエナが攻撃を仕掛けてくるので俺はそれを回避しながら隙を見て反撃する。そんな状態が続く。

 このままでは、こちらが先に魔力切れを起こして負けてしまう。

 なんとかエナの死角に入ることは出来ないかと考えていると、ある案を思いつく。


 反撃できる隙が出たところで俺は〈爆炎〉をエナに向けて放つのではなく、なるべく広範囲に広げることでエナから俺を認識出来ないようにする。

 初級魔術の〈雷撃〉では中級魔術の〈爆炎〉を貫通することは出来ない筈だ。


 俺はそのままエナに向かって走り出すと、エナはその場から離れようとしたが、炎はすぐ目の前まで迫っていて逃げる隙間が無い。

 エナは〈籠壁〉を使い炎を防ごうとする。だが俺の目的は炎で攻撃することではない。


 炎がエナの防御魔術に当たったところで〈爆炎〉を解除。炎が弱まったことで視界が確保され、視界にエナを捉えると体に触れそうな程に腕を目一杯伸ばし、腕を掴んだ。

 〈籠壁〉はあくまで魔術を防ぐための魔術だ。つまり、物理的なものには干渉が出来ない。


 俺は左手で掴んだ腕を振りほどかれないように。そして、エナを傷つけることが無いように優しく力を込め、右手で魔法陣を展開する。


 動きを封じたところでのゼロ距離攻撃。〈雷撃〉で攻撃した。これなら体を動かして回避されることは無いし、魔術で攻撃を防がれることも無い。


 エナは驚いたように目を見開き次の瞬間、二人は土煙に包まれた。


 俺がエナに攻撃をする際に勢いをつけすぎていたため、二人して地面に倒れていた。


 エナの体にビリッと電流が走ったので恐らく魔術を当てることに成功したのだろう。つまり俺の勝ちだ。


 最初は勝ったことで喜びに浸っていたが、落ち着きを取り戻し、頭の中を整理する。そして今の状況を頭の中で整理すると再び心が落ち着かなくなった。


 俺は地面に倒れている可憐な少女の上に四つん這いになって覆い被さっていたのだ。

 体と体の間は僅かな隙間しかなく、少しでも重力に従うと口と口が接触しそうな距離だ。


 エナは目を開いて暫しの間硬直する。

 そのとき、乱れた髪は隠していた目を露わにする。隠れていた右目は左目のサファイアのように青い瞳とは逆に、ルビーのように綺麗な赤い瞳をしていた。


「あ……み、見るでない!」


「ぐほぉ!?」


 俺がじっと見つめていることで恥ずかしくなったのか、顔を紅潮させ、俺は十メートル程蹴飛ばされてしまった。

 反射的に肉体を強化したがエナの力は人間が出せるような力を上回っており、腹に激痛が走った。


「あ……ごめんなのじゃ……」


 エナは自分の傷付いた体を魔法で治した後、蹴飛ばしてしまった俺の元へと駆け寄り、同じ魔法で身体を治してくれた。


 エナの表情は暗い。俺を蹴飛ばしただけでここまで暗くなるのか? と思ったが、もしかしたら今まで人にこういうことをしてしまったことが無いのかもしれない。

 だがエナの表情から読み取れるのは罪悪感とは違うものも感じ取れる。


 エナは俺の傷を治し、模擬戦のために施していた結界を解除する。エナの表情は暗いままだ。


 俺は別に気にしてないんだけどな……。むしろ今まで俺みたいな奴に良くしてくれて感謝しかない。


「模擬戦の結果はお主の勝ちだ。吾輩はもういらないであろう。今日でお別れだ。帰るがよい」


 エナは突然そんなことを言い出した。心なしか表情だけでなく、声も暗く感じる。いつものように元気で明るい表情や声は消え失せており、まるで大切な何かを失ったようだ。


「ちょっと待ってくれ。『いらない』って何だよ…。『今日でお別れ』って一体どういうことなんだよ」


 俺はエナの言うことが信じられなかった。だが確かにこの耳で聞いたのだ。俺を拒絶するような声を。だからこそ俺は理由を聞きたかった。


「言葉の通りじゃ。吾輩は疲れた。もう寝る。お主は一人で帰れるであろう?」


 エナはそう言うと歩き出し、家の中へと入ってしまった。

 俺は追いかけようとしたが足が言うことを聞かなかった。


 エナを追いかけてどうする? 今の俺に一体何ができる?


 俺は他人の気持ちを理解してあげられる程強い人間では無い。ただ特別な力を持っているに過ぎないごく普通の人間だ。


 まだ高校生で心身共に未熟。精神だけで言えば義明のほうが何倍も強いかもしれない。

 俺にはエナを追いかける勇気が無い。


 このまま立ち尽くしても仕方が無いので、街へと戻ることにした。

 普段は帰りに魔物を狩っているのだが今はそんな気分ではないので今日は稼ぎはゼロだ。今までの収入で十分な金はあるので問題は無い。


 開けた場所を離れ木々が生い茂る場所を少し進む。

 頭の中は突然のことで真っ白で手や足には力が籠もらない。だが去り際に見たエナはどこか寂しげな表情を浮かべ、目には涙が滲んでいた。


 その様子を見た俺はエナが拒絶しているようには到底思えなかった。

 俺が振り返ったときには周りは木や茂みに囲まれており、木組みの家はすっかり見えなくなっていた。


 最後にこちらを見たエナは、この世の中で一番知っていて、二度と見たくないと願っていた目をしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ