魔術と魔法
先程から目にしている魔術というものは人が作ったもので、魔法陣を作ることで魔力を消費して現象を理論的に具現化させる技術らしい。
魔法陣とは円環の幾何学模様のことで、そこには現象を具現化させるための理論が記されている。そして、その記されている文字列を魔術式という。
魔法陣は精巧なものらしく、俺の超能力で壊れた原因は理論的なものに非理論的なものを加えようとしたためではないかということだった。
何より重要なのは、魔力は魔術を使うために必要なものということだ。そこはこの世界に来た初日に王様が言っていたことから多少は予想できる。
あらゆる生物の身体は物質的身体である肉体と、精神的身体である魔力体で構築されており、異世界人も例外ではないらしい。
魔力体には保有力・解放力・操作力の三つ要素があり、普段言う魔力は『保有力』を指すことが多い。
保有力と解放力は釣り合っており、操作力は生まれたときの保有力によって上下するという。ジオルクが言っていた『魔力が低いと魔術が扱いにくくなる』というのはそれが理由だろう。
魔力の三つの要素は生まれたときから個人差はあれど、それ以上は訓練をしないとなかなか伸びない。特に操作力に関しては鍛錬を積まないと一向に伸びないらしい。
冒険者が魔術を使わず武器を持つ者が多い理由でもあるだろう。
魔力は訓練を積めば感じ取ることができるようになるというが、俺にはあまり関係のないことだ。何故なら、魔力を感じ取るには才能のある者でも何年もの月日が掛かるらしい。
魔力が低い俺だと何年どころか十年以上掛かりそうだ。
魔術にはそれぞれ名称があるが、それが一つの基準となっている。大抵の人はその魔術式をなぞるだけだ。
よく研究している者は自分で魔術を改造したり、創造する人もいるらしい。
俺が壊したエナの結界も魔術で、創造するのに五年かかったとか。それだけ魔術の創造が難しいということだろう。
一方、魔法は魔力を消費して火を起こす、雷を落とすといった現象を具現化させるという点では同じだが、そこに理論は存在せず、人が創造することはできない。呪文を詠唱する必要があるらしい。
要は魔術は人工、魔法は天然ということだ。
操作力が高いと呪文の詠唱を省略することができ、まるで火や水を操っているように見えるとか。
夜の森でエナが俺を助けたときに使った魔法は詠唱を省略していたらしい。
魔法は保有力と解放力が重要で、使った魔法に対して保有力が不足していると頭痛・吐き気・目眩を引き起こし、解放力が不足していると魔法が発動しない。
操作力はその魔法の制御に必要で、これら三つの要素がどれか一つでも欠如していれば魔法を使わないほうがいいとか。
そのため、ごく一部の種族にしか使われないらしい。
とまぁ、魔術と魔法の説明は十分してくれた。
これだけ説明してくれたが、最終的には魔術も魔法も慣れだと言った。確かにほとんどの物事はその通りだけど。
エナが魔法を使えるので何か珍しい種族なのかと思い、エナに聞いてみたが教えてくれなかった。知られたくない事情でもあるのだろうか?
「基本的なことは以上じゃ。お主は魔力が少ないし魔法はお勧めせん。魔術を鍛えるべきであろう」
魔術か……、エナが言うには魔術は保有力が不足している場合でも、魔法のような症状に見舞われることはなく安全らしい。
その理由もあって、この世界では魔術が主流なのだろう。
「最初お主に魔術を使わせたが、あれはあまり良い方法とは言えぬ。魔術を使うなら最初は魔術式について学ぶべきじゃな」
「結果的に魔術は使えたし、良いんじゃないのか?」
「魔術は現象を理論的に発生させる技術なのだぞ? それを感覚的に使えば魔術の暴発などの危険に繋がることもある」
「え、じゃあ俺に魔術を使わせて大丈夫だったのか?」
「お主の精神状態は落ち着いておったし、吾輩もいたから問題はない」
逆説的に言えば、精神状態が不安定だと危険だということか。
そうだとすると、想定外の事態が起こった時に正しく対処が出来なくなることもありそうだ。
「魔術は理論を魔法陣という形にすることで現象を発生させ、制御しておるからな。正しく理論を構築すれば魔術の威力や範囲はその通りに発生する。しかし、感覚的に使うと本人の思考に影響されることが多いのだ」
「だから俺が使った魔術はエナに比べて威力が弱かったのか?」
「そうであろうな。魔術の理論をきちんと構築すれば吾輩と比べても、遜色ない魔術が使えるようになるぞ」
「でもそれって難しいんじゃないのか?」
王都には魔術学院なんていう学校があるくらいだ。魔術という一つの学問を俺なんかが理解出来るのだろうか?
「強力な魔術となると複雑な構造をしておるから難しいが、お主が最初使った≪雷撃≫のような簡単な魔術なら数日で構築出来るようになるであろう」
「まぁ、魔物を倒せるようになればそれで良いから、複雑な魔術式を構築出来るようになる必要はないか」
魔法も気になるが、ここで培った技術を人前でも使うことを想定するなら、魔術のほうが都合がいい。
エナの口ぶりからするに魔法も使えないということはないのだろうが、面倒事が増えそうだ。
「俺の都合もあるけど、魔術のほうが良いと言うならそうするよ。よろしく頼む」
「となると……これからは師弟ということになるのだな」
弟子か……。エナは俺の二人目の師匠になるわけだな。こんな幼い少女に弟子入りとか義明や西園寺先生に知られたら笑われそうだ。
「えーっと……師匠? 早速訓練しますか?」
俺が師匠と呼ぶと、エナはなんだか落ち着かない様子だ。
「今からでも構わんが……師匠と呼ばれるのは少しむず痒いのう…。今まで通りに接してくれ」
「まぁ……そういうことならエナって呼ぶよ」
そこでエナとの雑談は終わり、訓練を再開した。訓練と言っても今日は説明だけをして、明日以降は実技を交えながら説明をされることになった。
「まず、魔術を行使するのに必要な魔法陣について説明しよう。魔法陣は魔術言語と言われる文字と、その文字列である魔術コードで構成されておる。そして、一つの魔術に用いる魔術コードの塊を魔術式と呼ぶ。……分かりやすいように実際に書いた方が良いか」
俺が首を傾げていたので、理解していないと思ったのだろう。この数秒の説明だけで、最近知ったばかりの単語や知らない単語が出てきて、理解するどころか説明を聞くことを頭が拒否してしまった。
もし真面目に聞いていたら、俺の頭がオーバーフローしていたかもしれない。
エナが地面で指を動かすと、そこに見たことのない文字が次々と浮かび上がってくる。
「どうやって文字を書いてるんだ?」
「これは魔力で文字を書いておるのだ。お主にもあとで教えてやろう」
エナは文字を書きながら俺にそう言った。
教えてくれるのはありがたいが、使う機会はあまりなさそうだな……。
エナは最初に書いた一文字の周りに、円環状に次々と文字を書いている。何が書かれているかは分からないが、魔法陣を書いていることだけは分かった。
「よし、完成したぞ」
「これは何の魔法陣なんだ?」
「何じゃと思う?」
エナがそう言って魔法陣に触れると、地面の魔法陣から空に目掛けて雷が放たれた。
「〈雷撃〉……?」
「正解じゃ。この〈雷撃〉の魔法陣を簡単に分けて説明しよう」
エナはそう言い魔法陣の側に、魔法陣の中心に書かれている文字と同じものを書いた。
「魔法陣の中心に書かれておる文字は魔術言語で原素を表しておる。魔術コードのような文字とは違い、こっちは記号のようなものだ。さっき書いた魔法陣は〈雷撃〉の魔法陣じゃから、この記号は雷の原素を表しておる」
「じゃあ〈烈風〉の魔法陣の場合は違うのか?」
「その通りだ。〈烈風〉の場合は風の原素じゃな。魔術で使う原素は火の原素、水の原素、風の原素、土の原素、雷の原素、光の原素、闇の原素、魔の原素の八つがある」
使う魔術の系統によって使い分ける感じか。火の原素や水の原素はどんな魔術に使うかは想像に容易いが、魔の原素はどんな魔術に使うか想像が出来ないな。
「魔の原素を使う魔術って例えば何があるんだ?」
「〈障壁〉や〈身体能力強化〉などじゃな。魔の原素はそれ以外の七つの原素では成り立たない魔術に使われておる」
七つの原素では成り立たない魔術に使う……ということは、魔の原素を使う魔術には系統がないということだろうか?
そうだとすると創造の幅が広がるな。実質、魔術の創造に制限がないようなものだ。だが同時に、系統がないとなると規則性もないのではないだろうか? 理論の組み立ても相当難しくなるだろう。
まぁ、魔術を新たに作ったりするわけではないから俺には関係のないことだな。
「話を戻すが、この雷の原素を円で囲み、その外側に魔術コードを円環状に追加し、円で囲む。さらに外側に魔術コードを円環状に追加して円で囲む。魔法陣の構築はこの繰り返しになる」
エナはそう言い、雷の原素を円で囲むと、周りに文字を書いていき、円で囲んだ。
「これは魔力を雷の原素に変換するための魔術コードだ。この魔術コードは中心の魔術言語に依存しておるから、もし中心の魔術言語が火の原素を表す記号だった場合は、魔力が火の原素に変換される。ただし、魔の原素の場合はこの魔術コードは不要だ」
説明を聞きながらこくこくと首を縦に振る。
魔術を知るには魔法陣を、魔法陣を知るには魔術コードを、魔術コードを知るには魔術言語を、か。
魔術を使いこなせるまでにかなりの時間を要することになりそうだが、我慢してコツコツとやっていくしかないか。
「二層目には範囲を定める記号と魔術コード。三層目には形を定める記号と魔術コード。四層目には力の大きさを定める記号と魔術コード。こんな風に記号と魔術コードを追加していく」
エナは慣れた手つきで魔法陣を組み立てていく。その横でうんうん唸っていると、あっという間に完成してしまった。
魔法陣には力の向きや現象の持続時間など、事細かに記されている。
エナが魔法陣に触れると、上空へ雷が放たれた。
「このような魔法陣の構造を魔術回路と呼ぶ。早速このように作ってみるがよい」
「あぁ、分かった」
魔力を集めるという感覚は全然全くこれっぽっちも分からないが、ものは試しだ。
手に意識を集中させること数秒後、原素を表す記号が手のひらに浮かび上がった。
そして、一層、二層と順調に魔法陣を組み立てていくと、意外とすぐに完成した。
それに魔力を流すと、雷が放たれた。
「お、おぉ……」
自分でもこんなに早くできるとは思ってもみなくて、思わず感嘆してしまった。
だが、簡単な魔術を一つ使うのに何秒も要しているようでは、実戦で使えるとは言い難い。
今の腕前では、魔術より武器を使ったほうがましだろう。
ふと、王城にいたときのことが頭をよぎる。
クラスメイトが魔術の訓練をしていたのは幾分か見ていた。
そのとき、クラスメイトは魔法陣を素早く構築し、発動も問題なかった。
だが、あれは果たして魔法陣の構造、魔術の理論を知った上で訓練をしていたのだろうか?
この世界に来てたった数日で上達できるとは考えにくいが……。
……クラスメイトに魔術を教えているの宮廷魔導師は魔術のプロだ。
感覚的に使うことの危険性は、俺以上に知っているだろうから、そんな方法で教えたりはしないはずだ。
俺がいくら心配したところで、杞憂でしかないだろう。
「納得しておらぬようじゃな」
気がつけば、エナが俺の顔を覗き込んでいた。
ブルーの瞳には、反射した俺の顔が映り込んでいた。
なんだかお互いに気恥ずかしくなり、思わず仰け反る。
「向上心があるのは良いことだ。じゃが、焦ったところで上達が早くなるわけではない」
「あぁ、わかってる」
俺は一度深呼吸をし、自分を落ち着かせてから頭をきりかえる。
「それじゃあ、訓練の続きを頼む」
「うむ」
そうして俺は、訓練を続けた。
学校の授業ですら集中力が保たない俺に、長時間話を聞くことが出来るかと不安だったが、魔術のことを学んでいる内に魔術への興味が湧いて、時間を忘れてつい夢中になってしまった。
気がついた時にはかなり時間が経過していたようで、空はオレンジ色に染まっていた。
楽しい時間というのはあっという間に過ぎ去ってしまう。悲しいものだ。
帰りはエナが森の出口へと運んでくれた。今度からは午後から来るようにと言われてしまった。当たり前だろうなぁ。
訓練していた所為ですっかり忘れていたが、森の魔物の素材を倉庫に入れていたことを思い出す。
まずは換金するためにギルドに行くことにしよう。
これからはこういう生活が多くなるかもしれないな。
街の広場へとやって来た。相変わらず賑わっていて、売店でついつい食べ物を買ってしまいそうになるがここは我慢。節約生活をしないとな。
食べ物の誘惑に打ち勝ち、ギルドへ入る。
珍しく冒険者がおらず、カウンターにシェリアさんが居るだけだ。
ギルドにはいつもの賑やかさが無く、少し寂しい。
カウンターの横で忙しそうに書類の山と格闘しているが、そんな状況でもシェリアさんはいつもと変わらず挨拶をしてくれた。
「アスカルくん、え〜っと……こんにちは?」
「シェリアさん、こんにちは」
シェリアさんは挨拶を少し迷ったみたいだ。中途半端な時間だから無理もない。
この外の明るさでの挨拶は、学校の帰り道で地域の知らない人に「おかえり」と声をかけられたらどう返そうか迷うのと同じくらい迷うことだ。多分。
「魔物の素材を換金して欲しい」
俺はそう言うと倉庫から森で倒した魔物の素材を取り出す。きのこや小さい木材ばかりで見た感じだと、そんなに金にはならなさそうだが…。
「はいは〜い、ん? これは森の魔物の素材!? もしかして魔法の森に行ってきたの?」
カウンターに置かれた素材を見て驚いた様子だ。
驚くのも無理はないだろう。普通の人は森に入ろうとはしないからな。
森の中は迷いやすく、遭難する者もいる。エナの結界が一つの要因となっているみたいだが。
「ちょっと知り合いの魔術師に頼んで森に入ったんだ」
「魔術師でも行く人は少ないんだけどね…。やっぱり強かったりするの?」
「まぁ……うん。強いんじゃないかな?」
どう説明するか迷った末、我ながら苦しい言い訳をしてしまった。知り合いに魔術師なんていないし、この世界の顔見知りはほとんど月猫団の人達だしな…。
「っと、換金するんだったよね。ちょっと待っててね」
シェリアさんは魔物の素材を抱きかかえ、何回かに分けて奥へと持って入ってた。
暫くすると換算が終わったようで、カウンターに金銭を置く。
「今回は結構いい額だよ」
カウンターに置かれた金額は五千七百八十バルグとかなりの収入だった。
一週間は今の所持金でなんとかなるだろう。にしても渡された額多いな。
「かなりの額だけどこんなにいいのか?」
「大丈夫よ。マジックトレントの木材は建物で重宝されるからいい値で買い取ってくれるの」
なるほど…今後は森で金稼ぎしても良いかもしれないな。
用事が済んだので、ギルドに入ってから気になっていたことをシェリアさんに聞いてみることにした。
「それよりギルドに誰もいないけど何かあったのか?」
俺とシェリアさんの声以外に聞こえるのは外の喧騒だけだ。ギルドに入ってくる者もおらず、いつもの騒々しさは無い。
「あれ、アスカルくん知らないの? 昼前に緊急の依頼が各ギルドに来て、冒険者はみんな出払っちゃったんだよ」
そんなことがあったのか…。昼前ってことは俺が森で寝ていたころだろうか?
「でもそろそろ帰ってきそうな時間だと思うよ」
するとギルドの扉が開き、ぞろぞろと冒険者達が入って来た。中にはジオルクも姿もある。
噂をすればなんとやらだな。
外には月猫団ではない他のギルドの冒険者もいるようだ。
「その依頼ってどういうものだったんだ?」
シェリアさんに依頼の内容について聞く。
冒険者達が武器を持っていて、だいぶ疲れた様子なので魔物関係だとは思うが…。
「ウィルグ山って知ってるかな?」
「いや、知らないな。その山がどうかしたのか?」
「その山の麓に凶暴化した魔物が出没したらしくて、その討伐の依頼が来たんだよ」
凶暴化した魔物か……。ふと、王様が言っていた言葉を思い出す。
確か強力な魔物が出没するようになったと言っていたな。
城で殺されかけてからは王様の言葉を疑っていたんだが、どうやら本当のことだったみたいだ。
だとすると魔王が復活したという噂があるってのは本当なのだろうか?
俺にとっては魔王とかどうでもいいし、元の世界にさえ帰れればそれでいい。
帰る方法に魔王が関係してると最悪だが。
何人か冒険者が酒を注文し始めたので、話の途中だったがシェリアさんは申し訳なさそうに会話を打ち切り、奥に酒を取りに行った。
シェリアさんは仕事に追われて話す余裕が無さそうだ。
ギルドでの用事も済んだので街の広場へと来た。
時間は午後六時。そらも薄暗くなってきており、街灯も灯り始めている。
夕食を食べるために飯屋へ向かう。
この世界は遊戯が少なくて暇だ。子供達は外で元気にはしゃぎながら走り回っている。
同じかどうかは分からないが会話を聞く限り、鬼ごっこやかくれんぼをしているようだ。
魔術という技術があるならこの世界特有の遊戯が一つくらいあっても不思議ではないんだけどな。
向こうの世界ではゲームで大半の暇な時間を潰していたが、こっちの世界で暇な時間は睡眠を取っている。
そのため睡眠不足にはならないが、寝すぎると身体がだるくなってしまうので、寝すぎには注意している。
飯屋では百バルグの定食を頼んだ。動き回ると腹が減るからな。ちゃんと食べてエネルギーを補給しとかないとな。
飯屋では特に知り合いも居なかったので、食べ終わると、金を払って宿へと戻ることにした。




