表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エーテル・グレイス  作者: クロビー
序章 アルストラ王国編
14/72

王城の訓練

 川崎透が街を出てウルト鉱山にて依頼をこなしている一方、城では朝から訓練が行われていた。

 この世界に来てからは剣と魔術の訓練ばかりで、運動不足の生徒は筋肉痛により悲鳴を上げている。そのような生徒は剣の訓練はほどほどにして、ほとんどは魔術の訓練をしている。


 この二日で習った魔術は簡単なものだ。

 今日は身体強化魔術の訓練だったのだが昨日の出来事もあってか生徒達の動きが少々鈍い。特に橘朱里は目に見えて集中ができていなかった。


「……この様子だと明日に実戦訓練するのは少し早いか?」


 リーリア=フレデリクは訓練の様子を見ながら呟く。

 王様から具体的な期限は伝えられておらず、なるべく早くと言われている。

 そのため焦る必要はないと言えど、やはり人同士の訓練と魔物との実戦では勝手が違う。


 今は午前十一時か……。みんな集中出来ていないし昼まで休憩としよう。


「集中出来ていないようだし午前はここまでだ! 訓練は昼食後に再開する!」


 リーリアは訓練中の人達に呼びかけ、木陰に入ると、木にもたれ掛かって地面に座る。

 建物内へと戻って行く異世界の人を眺めていると気になる二人組が目に入る。


 あの二人はよく一緒にいるな。一人はみんなに先生と呼ばれているシズル=サイオンジ。もう一人は確かヨシアキ=コマイ。男だそうだが少し女の子っぽいところが印象的だ。


 コマイくんのほうは集中力が欠けていたがサイオンジさんのほうは相変わらずだ。

 昨日の出来事の報告を聞いた私でも気になってしまうというのにあの人は全く振れる様子がない。非常に肝が据わっている。


 リーリアは少しの間休むと立ち上がり、その場を去った。


     *     *     *


 昼食が終わり、午後の訓練。

 午後は午前に魔術の訓練をしていた生徒は剣の訓練へ、剣の訓練をしていた生徒は魔術の訓練という様に交代して両方の訓練をしている。

 基本的にはそうなってはいるが、運動のあまり得意ではない生徒は剣の訓練の時間を少なくし、魔術の訓練の時間を増やしている。


 朝は元気が無かった生徒も昼が過ぎたからか、元気を取り戻しており、午後の訓練は午前の訓練よりも活発だ。


 西園寺静流はその訓練の様子を静かに木陰から眺めている。


 魔術の訓練は、ひたすら的に魔術を当てる訓練をしている。

 一方、剣の訓練は最初に体の動かし方と剣の振り方など基本的な練習をした後、剣の形をした軽い木の剣で騎士団の方たちと模擬戦をしている。

 とはいえ、剣の訓練をしている生徒にも必ず優劣がつく。それに対応するために、生徒の実力によって訓練内容が分けられている。


 その剣の訓練をしている中でも、秀でているのは来馬真司、渡辺尚人、駒井義明の三人だ。


 特殊部隊に所属している駒井は剣を扱えるのは当然だ。だがその実力を上手く隠すことが出来ておらず、偶に見せる動きが素人とは思えない動きをしてしまい、注目を浴びてしまっている。後でもっと上手く実力を隠すように言わないといけないな。


 来馬は勇者と言われるほどの能力を秘めていたのか、魔術と剣の両方で実力が秀でているみたいだ。

 魔術はよく分からないが、剣を握って三日目とは思えない動きで、何人かの騎士に追いつきそうな実力の伸びだ。


 渡辺は動きに無駄があるものの、自慢の運動神経でそこをカバー出来ており、来馬ほどではないが、剣の才能があるように見える。

 剣の振る力、俊敏な動き。バスケット部のエースと呼ばれるだけはある。


 そんな風に生徒の様子を一人一人見ていると、何人かの生徒は何処か表情が曇っていることに気がつく。

 駒井や来馬も訓練に集中しているようにみえるが、よく見れば目の動きが時々止まったりしている。

 昨日の事件のことが原因だろうか……?


 そう思い、魔術の訓練をしている生徒も見てみるが、剣の訓練をしている生徒と同様に集中出来ていない生徒が居る。

 魔術を使って的を狙っていた生徒が後ろに居る生徒と交代しようとするが、その後ろの生徒は地面を見つめたまま動かない。


「笹倉さん、次しないの?」


 先程、魔術で的を狙っていた生徒が後ろで順番を待っていた笹倉(ささくら)由紀(ゆき)に声を掛ける。


「え? あ……、ご、ごめんね」


 笹倉がそう言って魔術を使う場所まで歩こうとすると、近くで同様に魔術の訓練をしていた夕霧(ゆうぎり)(あかね)に呼び止められる。


「由紀ちゃん大丈夫? もし疲れてるんだったら少し休んだほうがいいんじゃない?」

「あぁ、無理に訓練をする必要はない」


 そこへ近くで指導していた宮廷魔術師もやって来て、笹倉にそう言った。


「じゃあ……少し向こうで休憩してきます……」


 周りから心配され始めると、訓練を続けるとは言いづらかったのだろう。

 訓練をしている場所からは少し離れ、近くにあるベンチに座った。


 笹倉は大人しい……というか引っ込み思案なところがあるからな……。少し話を聞いてみるか。

 そう思い、笹倉が座っているベンチまで行った。


「あ、西園寺先生……」

「訓練の調子はどうだ?」

「可もなく不可もなく……だと思います。なんとか皆にはついて行けているので……」

「……そうか」


 笹倉の返しに私は肯定も否定もせず、ただ一言だけそう言って笹倉の横に座った。

 笹倉自身から話を聞けないかと思い、暫くの間私からは話さないようにするものの、何も言ってこない。このままでは何も話さないだろうと思い、私から会話を切り出す。


「昨日の事が気になるか」


 笹倉の方を向くことはなく、他の生徒の訓練を眺めながら世間話でもするかのように言った。


「え……?」


 すると、笹倉は驚いたように目を丸くする。伏せていた顔を上げ、長く伸びた前髪から一瞬だけ目を覗かせた。


「お前も訓練に集中できていないようだったからな」

「やっぱり集中できてなかったですよね……」

「傍から見ても上の空だったぞ」


 その様子から察するに、集中できていないという自覚は多少なりともあったようだ。

 中には渡辺のように訓練に集中できていないという自覚が無さそうなやつも居るから、笹倉はまだマシと言えるだろう。


「でも何で昨日の事って分かったんですか?」

「昨日と今日の間にあった出来事で考えられる原因といったらあれぐらいしかないからな」

「そうですか……」


 互いに訓練をしている生徒の方を見て、目を合わせないで話す。

 大人しい性格の笹倉にはこれが一番話しやすいだろうと思い、そのまま話を続けていく。


「それで、何をそんなに悩んでいる?」

「なんで川崎君が殺されたんだろうって……。次は自分が狙われるんじゃないかって……。そう思ったら不安で……」


 笹倉は周りから聞こえる声で掻き消されそうな程の小さな声で私の問いに答える。


 川崎が殺されたことで次は自分も殺されるかもしれない。という不安は持って当然だろう。川崎が単独行動をしていたことを知らなければ尚更だ。

 たまたま川崎が最初だっただけで、私達全員を狙っている可能性もある。


 私が何も言わないでいると、笹倉は慌てて言葉を続ける。


「も、もちろん川崎君のことは悲しいですし、犯人は決して許せないです……」

「あぁ、すまない。別にお前が川崎のことを何も思っていないからとかじゃない。普通に考えごとをしていただけだ」


 笹倉は川崎とはほとんど関わりがないからな。川崎が殺されて悲しいという感情よりも、不安という感情のほうが大きくても不思議ではない。

 それはそれで川崎が可哀想だが。普段から積極的に友達を作ろうとしない川崎が悪いということにしておこう。


「西園寺先生は何で迷宮の攻略に参加しないんですか?」

「私がやりたいと思わなかったからだ」

「そ、そんな理由ですか!?」


 顔を伏せて普段より声も小さかった笹倉が、いつもの声音で言った。

 その言葉には驚きも多少混ざっているものの「駄目だこの人……」といった感情も混ざっているように感じた。


 生徒に駄目な大人を見るような目で見られると心に来るものがあるな……。そんな目で見られると、私は生徒にどう思われてるのか気になってしまう。


「お前はそんな理由と言うが、物事をする上で本人がやりたいかやりたくないかは極めて重要なことなんだぞ」

「まぁ、それはなんとなく分かりますが……」


 意外にも笹倉は私の言ったことに少々理解できているようで、それ以上は何も言ってこなかった。

 実際のところ、物事に積極的な人と消極的な人とでは伸びしろが良いのはほとんどが前者だ。やりたいと思わないのならやらない。それでいいのだ。課題くらいは期限内に提出して欲しいが。


 笹倉は引っ込み思案だからこそ、こういうことに理解があるのかもしれない。お陰でこちらとしても話しやすい。

 これが理解の無い生徒だと、色々突っ込んでくるんだろうなあ……。


「私からも質問するが、お前はどうして迷宮の攻略に参加しようと思ったんだ? 命の危険もあるんだぞ」


 今は何処に居ても危ない状況になってしまったがな。

 今はこいつらの様子を見ているだけだが、参加してもしていなくても危ないし、私も迷宮の攻略に参加することになる日が来るだろうか。


「……この世界に来たばかりでみんながこれからのことを話している時、私はどうするのが正解なのか分からず周りにただ流されただけなんです」


 顔を上げて、訓練をしているクラスメイトの方をみながらそう言った。


 笹倉のような生徒は自分の意見を言えず、周りに流されることが多い。だが、それは必ずしも悪いことではない。

 自分の意見ばかりを貫いていると、自分勝手だと思われて他人が近寄って来なくなることだってある。


 それに、来馬のようにリーダーシップがある生徒は少ない。むしろ、笹倉のように周りに流される生徒の方が多いだろう。


「別に周りに流されることは悪いことではないぞ」

「あ、いえ……。時には周りに流されることも必要だとは私も思います。ただ本当に自分の選んだ選択が正解だったのかは分からないです……」


 自分にとって正解の選択か……。私もそんなことで悩んでいた時期があったなあ。


 人生は大きな一本の木のように幾つも枝分かれしていて、それを何回も何回も繰り返す。

 分かれ道で自分が選択した道を進んだ後に、『こっちを選んでおけばよかった』と言ったところで自分の進んだ道は変えられないし、違った道を知ることは出来ない。


 選んで、成功すれば喜んで、失敗すれば後悔して、そしてまた新しく選ぶ。それを繰り返すことで木はどんどん成長していき、立派な木になるのだ。それもやがては枯れてしまうのだが。


「笹倉、お前は一つ勘違いをしている」

「勘違いですか……」

「お前は自分の選んだ選択肢が正解かどうか分からないと言ったな」

「はい……」


 笹倉は短く返事をする。


 私は世間から見れば、知識も経験もまだまだだろう。そんな私でも、自分で見つけた自分なりの答えがある。


「それは間違いだ。人生の選択肢において、正解なんてものは存在しない」

「正解が無い……ですか。私にはよく分からないです……」

「ま、そうだろうな」


 少しでも暗い雰囲気の笹倉を明るくしようと、ははっと小さく笑う。


「大事なのは何を選ぶかじゃなくて、選んだ後に自分がどうするかってことだ」


 笹倉はその言葉に反応を示すことはなく、静かに聞いていた。

 そして、少し間を開けてから私に質問を投げかける。


「先生は私達が迷宮の攻略に参加したことをどう思いますか?」

「そうだな……。今すぐにでも辞めて大人しくしてろ。と言いたいところだが……」


 そこで言葉を区切り、訓練をしている生徒を見ながら、おもむろにがさがさと頭を掻く。


「今の状況だと、一概に辞めろとは言えない」


 今の状況で辞めさせたところで、安全とは言えないし、殺されるかもしれないという不安が生徒から消えるわけではない。

 それならば、少しでも剣と魔術の訓練をして自衛が出来るようにしたほうがいい。


「その上で聞くが、お前はどうして訓練を続けるんだ?」


 その言葉には『適当なことを言えば辞めさせる』というような、脅しとも取れる意味を込めて言う。

 そのせいか、いつもより少し強めの口調になってしまった。


「最初は周りに流されてただけですけど……、今は何もせず見ているより、自分も役に立てるように頑張りたいんです」


 小さいながらも、しっかりと聞き取ることが出来る声で答える。私を見つめる瞳からは嘘偽りのない言葉だと見て取れた。


「……まぁ、良しとしよう」


 笹倉の言葉は傍から見れば、上っ面だけの薄っぺらい言葉に聞こえるかもしれないけどな。

 もし笹倉が危険な真似をするようなら、その時は無理矢理にでも止めさせよう。


「それと、クラスメイトにもお前と同じような不安を抱えているやつは居る」

「最初に言ったこと、ですか……?」

「あぁ。その不安を無くすことも、和らげることも私には出来ないが、クラスメイトと話すだけでも少しはマシになるんじゃないか?」


 笹倉に色々言ったが、教師でしかない私と話すより、クラスメイトや友達と話したほうが落ち着くだろう。


「でも、みんな何も言わないし、私が言ってもいいんでしょうか……?」

「そういうことなら夕霧や橘に相談したらどうだ?」


 あの二人ならクラスメイトからの相談は乗ってくれるだろう。


 夕霧のあの明るくポジティブな性格なら笹倉を励ましてくれる。沈んだ気分も改善出来るかもしれない。

 橘は昨日のことが気になっているようだし、その手の話には乗ってくれるだろう。それに、橘自身の悩みも和らぐかもしれない。


「分かったら訓練に戻れ。ここで時間を潰してても何も得られないぞ」

「はい、分かりました」


 笹倉はそう言って、腰を上げる。

 魔術の訓練へ戻ろうとクラスメイトの方へ一歩踏み出すと、こちらを振り向く。


「あ、あの。ありがとうございます。西園寺先生」


 礼を言うと、再びクラスメイトの方へと歩いて行った。

 私はベンチに座ったままその後ろ姿を見届ける。


「由紀ちゃん、もう大丈夫なの?」

「うん、もう大丈夫。心配してくれてありがとう」


 笹倉は夕霧にそう返し、魔術の訓練を再開した。


 私は大きくため息をつき、背もたれに寄りかかった。そのまま首を上げ、右から左へと流れる風を肌で感じながら空をぼうっと眺める。

 青い空に浮かぶ無数の雲は、風に流されるように淀みなく流れていた。


「らしくないなぁ……」


 青空を見上げながら、そう呟く。

 いつもならそれとなく返すのに、何故か説教垂れてしまった。

 思うような振る舞いが出来ないということは、自分で気づいていないだけで心に余裕がないのかもしれない。


 この世界での連絡手段は無い。精神感応……所謂、テレパシーの超能力だったらどれだけ良かったかと思ってしまった。


 空はまだ明るく、鳥が元気に飛んでいる。

 生徒が訓練に励んでいる姿を眺めながら、刻々と時間が過ぎるのを待っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ