改名
部屋を出て、階段を降りると一階は立派なリビングとなっていた。
エナは服の上に黒いローブを羽織り、目がぎりぎり見えるくらいまでフードを被っている。
「降りてきたか。では行くか?」
「あぁ、よろしく頼むよ」
俺と少女は家を出る。
中からだとよく分からなかったが、家は拓けた場所に建てられており、地面と床を離すように木で土台が組み立てられていた。家の入り口から地上へは階段で行き来できるようになっている。
「地上を歩いて行くと時間がかかるから空を飛んで行くぞ。しっかり掴まっておれ」
少女は俺の前でしゃがみ、手を後ろに置く。
背負ってくれるということだろう。この歳になって人に背負ってもらうというのは少し恥ずかしいが断るというわけにはいかない。
俺は少々恥ずかしがりながらも、少女に身を預ける。
少女は俺を背負うと空を飛び、下には森の木々が広がっているのが目に入る。
空を飛べるのも魔法なのだろうか? 非常に便利な技術だ。
「自己紹介がまだだったのう。吾輩の名はエナ=ルージュ。この森に住んでおる」
森に住んでるか…。家が建ててあるのも納得だ。
「俺は……」
俺はこれから活動していく以上、偽名を伝えるべきかどうか少し悩んでしまう。この少女は森に住んでいると言っていたし、本名も伝えても特に問題は無いだろうか? まぁ、そうだとしても人前で本名で呼ばれるのは避けたいから偽名で呼んでもらおう。
「俺の名前は透=川崎……なんだが、訳あってアスカル=トキサカという名前でいる。後者で呼んで欲しい」
「……いろいろと事情があるようじゃな。」
俺は本名を伝えつつ偽名で呼んでもらうように言った。
アスカルは俺が好きな漫画に登場するキャラクターの名前で、トキサカは義父に引き取られる前の名字だ。
何処かの探偵だって適当に名前を名乗ってたし、この世界の名前は横文字みたいだから漫画のキャラクターから取っても違和感は無いはず……。
アスカル=トキサカ。これからはこの名前で活動していこう。
それに、もしトキサカという名字が西園寺先生の耳に入れば、俺が生きていると分かるかもしれない。
「そろそろ森の出口じゃ。あの国でよかったのであろう?」
エナはアルストラ王国を指差し、そう言った。
「大丈夫だ。わざわざありがとう」
「来るときは森に入れば吾輩が迎えに来てやる。ただ夜はあまりおすすめしないぞ」
「分かってる。もう二度とあんなのは体験したくないからな」
昨日の出来事は思い出すたびに背筋が凍ってしまうくらいには嫌なことだった。
「それでは、また明日じゃな」
「え? 明日?」
俺は今日から訓練しようと思っていたんだが…。もしかして嫌だったか?
「そう焦る必要は無いであろう?」
「いや…出来れば早い方が望ましいんだが…」
「はぁ…訓練は明日から。時間は昼から夕方までじゃ。これ以上要求はするでない」
エナはそう言い森の中へと帰ってしまった。
少し怒っていたようにも見えていたし、会ったばかりのエナに対して失礼な態度をしていたのかもしれない。明日ちゃんと謝ろう。
平原には相変わらず魔物がいたがスルー。真っ直ぐ街へと戻った。
まず当初の目的通りギルドに改名をしに行く。問題は改名出来るかどうかなんだが……。
俺は街の広場に来て、月猫団のギルドへと入る。
広場にあった時計ではまだ午前八時。ギルドには五人ほど冒険者が居るくらいで、いつもほど居ない。
俺はシェリアさんのところへ行き、登録者名を変えられるか聞いてみた。
「シェリアさんおはよう」
「トオルくんおはよう。こんな朝早くからどうしたの?」
シェリアさんは朝早くから元気に笑顔で挨拶をしてくれた。いつもこんなに笑顔なら何人かには好意を寄せられていそうだ。
「昨日登録した名前なんだけど……今から変えられるかな?」
「変えられるには変えられるけど……何か不都合なことでもあったの?」
「まぁ……はい……。そんな感じです……」
不祥事を起こすなと昨日言われたばかりなのにいきなり危ない状況になってしまっている。
シェリアさんやギルドのみんなに申し訳ない……。
城の連中が俺が死んだと思っているのか死んでないと思っているのかが分からないが、もし俺の名前が城の連中の耳に入れば、生きていることが判明してまた命を狙われる可能性があるからな。偽名にしておくほうが危険性は減るだろう。
「ふーん? ちょっと待ってね。紙取って来るから」
そう言いシェリアさんは受付の奥へと行って紙を取りに行った。
俺はこのギルドの人達にすごい甘やかされてる感じがする。
「はいこれ。トオルくんの契約書」
「あぁ、ありがとう」
俺はペンと契約書を受け取り、自分の名前を書き直していく。
トオル=カワサキという名前を消してアスカル=トキサカと書き直し、シェリアさんに渡した。
「アスカルくん……ね。これからそう呼んだ方がいいのかな?」
「そう呼んで欲しい。トオル=カワサキはできれば忘れてくれ。他のギルドの人達にもこのことを言っておいてくれないか?」
「伝えておくけど……」
シェリアさんは了承してくれると俺に真剣な眼差しを向ける。
「何があったかは私は知らないし聞きもしない。そこはアスカルくん個人の範囲だから。でも、もしアスカルくんが原因でギルドに迷惑がかかったら容赦無く契約を切らせてもらう。相手にもよるけど場合によっては情報も開示するから」
昨日はそれなりの責任は取ってもらうだったのに対して今日は契約を切ると言われてしまった。改名するなどよっぽどのことだと認識されたのだろう。
それだけ警戒しているにも関わらず登録してくれるとは本当に良い人だ。良い人すぎて涙が出てしまいそうだ。
「分かってる。流石に恩を仇で返したりはしないつもりだからな」
「それならよし。トオ……アスカルくんの用事はこれだけ?」
シェリアは一瞬トオルと言いかけるがすぐにアスカルと言い直した。
そうすぐに馴れないのは仕方がないだろう。
さて、これからどうしようか。改名したあとのことは特に考えてなかったな。今は帰ってくつろぐような場所もないし……。
まだ何かしなければいけないことがないか考えていると、寝泊まりする場所がないことに気がついた。
城に戻るわけにはいかないから、これからはこの街で生活することになるだろう。
とはいえ、生活するにしても野宿は嫌だし、それなら宿の確保をしないといけない。となると、宿代と飯代の確保のために、何か依頼を受けて金を稼いだ方がいいだろう。
飯代に関してはそこらの魔物を倒したり、魚を釣ったりすれば浮くだろうが、料理は妹に任せっきりで全くしてこなかったので出来るわけがない。
「……宿代と飯代が稼げそうな依頼無いかな?」
「宿代と飯代ね…。となると最低でも二千バルグくらいかしら? ちょっと待ってね」
シェリアは受付の横の重なっている紙の山からいい依頼がないか探す。
カウンターの横にあるボードに貼り付けられている依頼に目を通していると、シェリアさんはいい依頼が見つかったのか俺に見せる。
「これなんかどう?」
そこに書かれていたのはダイハ鉱石三個の納品。報酬は三千バルグだ。
「ダイハ鉱石?」
「ダイハ鉱石っていうのは魔物が落とす鉱石よ。魔核ほどではないけどなかなか落とさないから価値が意外と高いのよね」
つまり時間がかかるわけか……。今日はこの後予定ないしいくら時間がかかっても大丈夫か。
「その魔物は俺でも大丈夫なのか?」
「その魔物自体は弱いし大丈夫だと思うわよ。不安だったらジオルクを誘ってもみたら? ついでに武器も借りていいんじゃないの? 確か持ってなかったでしょ?」
「いや、知り合いから武器を譲ってもらったから武器については大丈夫。それじゃあ、行ってくる」
「そっか。うん、行ってらっしゃーい」




