其ノ四
奥の破れ障子の向こうから、丑松に声が飛ぶ。
現れたのは百合を柄にあしらった着流しに、総髪を束ねた男装の女用心棒だった。
帯に小振りの脇差と、段だら縞の馬上鞭を手にしている。
「か、寒月水先生」
「そちらの言い分、分からんでもない。自分の勝ち負けは自分で決めたいと言うのだろう? 丁半の出目でなく、出目の大小でと言うのもその所為だな。それとも丑松よ、素人に賽を振らせると、何か具合の悪いことでもあるのか?」
「い、いえ、滅相もないことで」
「だったらよかろうよ。念を押すが、私が見ている前で無様な真似をしてくれるなよ」
そう言うと、女用心棒は鞭で丑松の肩をとんと叩いた。丑松の顔に緊張が走る。
丑松が横目で清三を見る。清三は黙って頷いた。
「承知しました。お客人、お受け致します」
煤けた本尊を立会人に見立て、賽を前に丑松と清三、反対側に三十六が向かい合って座る。
検分の役どころに、三十六の後ろに仁吉が、二人の後ろに寒月水が陣取った。
「さて、どちらが先に振る?」
寒月水が勝負の口火を切る。
「出来れば俺は最後に振らせて貰いたいが」
「いいだろう。丑松、始めろ」
その言葉を受け、丑松が壺を手に取り、型通りに賽を振った。出目は五四の半。
壺と賽が清三の前に並ぶ。
振る前に、清三は気を鎮めるように手拭いで汗を拭った。振って出た出目は四六の丁。
どうだと言う風に清三が三十六を見る。
「九と十、そちらの目は十か。自分で言っては見たが、ここで運が尽きたかな」
三十六が愚痴をこぼしながら、手を伸ばして賽をつかむ。
「旦那ァ、こいつはいけねえや。勝つには五六の半、六ゾロの丁しか無えってこってすぜ」
三十六が頭上で両手を壺代わりにした後、賽を盆茣蓙に転がした。
出目は四三、そして四。自分の持っていた賽も合わせ、三つの賽がそこに転がっている。
思いもしない椿事に、仁吉をはじめ一同が目を剥いた。寒月水もおっ、と声を漏らす。
「旦那、こりゃ一体ぇ」
「出目の和は十一。俺の勝ちだな」
一同の驚きを気にも留めず、三十六が言う。
「お客人、この無法は、一体何の真似で」
「はて、何か差し障りがあるのか? 始めに決めた通り、勝負は丁半ではなく、賽を振った出目の和の大小。その中に振る賽の数を二つとは決めていないぞ」
「ふざけるな! 丁半の賽は二つっ切り、こればっかりはお天道様が西から上っても変えられねえ」
「丁半じゃ無いと言ってるだろう。それに賽が二つというのもどうだろうな」
「何だと!」
「もしこの勝負、出目があいこだったら、次はそちらも同じ手を使ったんじゃないのか」
言いながら清三に目線をやり、三十六が腰を浮かす。
手拭いに目を移すと、清三はぎょっとして咄嗟に手拭いに手を伸ばした。
だがそれより早く、寒月水の鞭が清三の腕を打つ。
骨が折れる音に、寒月水の鞭が鉄芯に軟鉄を巻いた合戦用の鉄鞭だと分かった。




