手取り十五万の社畜が高校生に戻ったので男友達みたいな幼馴染のオシャレを褒めたらカワイイ彼女ができた
手取り十五万の社畜生活にうんざりしながら六連勤に備えて眠ったら、高校一年生に戻っていた。
俺も正直信じられないんだが、たっぷり十歳は若い母親が起こしにきたし、制服がちゃんと整えられているし、部屋のカレンダーが十年前のものになっている。
受け入れたというよりは検証する気力がわいてこなかった。
あの頃はよかったというかまだマシだったという日に本当に戻れるなんて。
ダイニングルームに行けば朝食はトーストに目玉焼き、レタスとトマトのサラダに味噌汁という和洋ごっちゃなのは、十年後と同じだ。
感動しながら食べる。
「美味しい」
十代に戻った今なら母の手料理のありがたみがわかった。
そのせいでいつもより美味しく感じられる。
「あんた、どうしたの? 何か変なものでも拾い食いした?」
母は怪訝そうどころか不気味そうな顔で、こっちを見ていた。
そういや料理が美味いなんて母に言ったことなんてあったっけ?
照れくさくてまともに言ったこともないな。
母の日だって知らん顔をずっと決めていたし、社会人になってからはそんな気力なんてなかった。
今にしてみれば俺ってろくでもない人生を歩んでたんじゃないだろうか。
「いや、何となく。しみじみと思った」
本当のことを言っても信じてもらえず、病院に連れて行かれるのがオチだ。
だからあやふやなことを言ってごまかす。
「ふーん、はやく食べちゃいなさい。斎ちゃんが来るでしょう」
と母に言われる。
うん? あっ、斎がいるんだった。
疎遠になってすっかり忘れていたが、高校の時くらいまでは一緒にいる時間があったな、あいつとは。
「あんた、斎ちゃんのことを忘れてたの? サイテーね」
母がいやみとともにため息をつく。
生まれた時から一緒の幼馴染、それもよく一緒に登校するレベルの相手を忘れたら、そりゃ言われるよな。
とりあえず残っていた飯をほおばって一気に咀嚼する。
「そんなに急ぐと体に悪いわよ」
さっきとは真逆のことを言い出した母をスルーした。
ここで言い返したって無駄だとよーく知っている。
最後にお茶を流し込んだタイミングでピンポーンとチャイムが鳴る。
「あ、斎ちゃんね」
言われなくても思い出せた。
「今行くよー」
俺は大急ぎでカバンを手に取って玄関に向かう。
「おはよーございます」
すると斎の元気のいいあいさつが聞こえてくる。
「おう、おはよう」
俺はあいさつを返してからまじまじとなつかしい幼馴染を見た。
身長は百六十五センチと女子にしては高め。
髪はさらさらのショートヘアで活発な笑顔がよく似合う。
男っぽい性格と相まって俺は男友達と見なしてたんだよなぁ。
足も長いし、胸のボリュームが目立たない服を着れば美少年に見えるかもしれない。
「あれ、ユタカが自分からあいさつするなんて珍しいじゃん」
斎は目を丸くする。
そう言えばこいつにおはようって言うのは何年ぶりだ?
二十数年分の記憶のせいですっかり思い出せない。
「そうだっけ?」
ひとまずとぼけておく。
それにしても、改めて見ればこいつ相当レベル高いな。
何で昔の俺はこいつを男友達としか思ってなかったんだろう?
「何だよ、じろじろ見て? ボクの顔に何かついてる?」
不思議そうに聞き返す。
ああ、そうだ。
この男っぽいしゃべり方のせいなのはたしかにある。
「ご飯つぶがほっぺについてるぞ」
「え、うそ」
斎はあせって両頬をぺたぺたさわった。
「うそ」
と言って笑うと、
「もー、何だよー」
頬をふくらませ、ぽかぽかと叩いてくる。
こういうところは子どもっぽくて可愛いな。
「斎は可愛いな」
とついつい口から出てしまう。
すると彼女はビクッと震えて手を止める。
「な、何だよ、急に?」
斎はみるみるうちに真っ赤になった。
俺が知ってるかぎりだとこいつは女の子扱いされるのに慣れてないんだよなぁ。
「いや、別に」
あんまりしつこく言っても逆効果だと思うので切り上げる。
「何だよそれ」
斎は不思議そうな顔を再び向けてきた。
「今日のユタカ、なんかちょっと変じゃないか?」
「……いろいろと思うところがあったんで、反省して自分なりに改善してみようとしてるんだ」
そう説明する。
「ふーん、そっか。いい方向に変わろうとしてるんならいいんじゃないか?」
斎は白い歯を見せた。
こいつはこういうやつなんだよな。
深く理由も聞かずに応援してくれる。
何だ、めっちゃいい子じゃないか?
社畜を何年もやってすさんだ心だからこその発見かもしれない。
なんて思いながら歩き出す。
話すのはもっぱら斎で、昨日見たドラマやアニメのことや好きな曲なんかを熱心に語る。
俺はただひたすら聞き役に徹するんだが、案外苦痛にならない。
好きなことを話す斎の表情はキラキラと輝いていて、見てるだけで楽しかった。
俺って実はいいポジションにいたんじゃないのか?
昔の俺はほんとバカだったなと思う。
「どうしたんだ?」
不意に話を打ち切り、斎が心配そうに顔をのぞきこむ。
ふわっとシャンプーのいい匂いがする。
こういうところはやっぱり女の子なんだなと思わされた。
「斎の楽しそうな顔を見てると、何か俺も音楽聞いたりしたくなった」
とっさにごまかしておく。
「ええっ」
斎は大きく後ずさりをする。
「な、何だよ、今日のユタカ」
彼女は胸に手を当てていた。
「そんなに変か?」
「完全に別人だろって思うくらいには」
斎はちょっとだけためらってから遠慮なく言う。
そうなのか……残念ながら思い当たる節がありすぎる。
こうして仲よく登校したなんていつ以来だろう。
だいたいいつも話しかけてくる斎に返事をしないのが俺だった。
昔の俺に飛び蹴りを食らわしてやりたい気分になる。
痛いのはおそらく俺もだが。
そのまま校門のところで斎と別れる。
いつもと違って手を振り返すと、またまた斎は驚いてたな。
まるで別人となった俺でも高校生活は変わらずぼっちだった。
話しかけてみようかという気にはあんまりならない。
高校時代、仲良かったクラスメートなんて思い出せないんだよな。
前の席や隣の席の男女を見て、ああそう言えばこういうやつがいたなと思い出したくらいだ。
彼らだって俺に話しかけてくることはない。
平和な一日だった。
放課後、斎とは一緒じゃなくて一人で下校する。
だんだんと思い出してきたが、アプリにメッセージがないかぎりは一人で帰ってたんだった。
まあ帰りが一緒だったケースは思い出せないけどな。
行きは律義に迎えに来るが、帰りは迎えに来ない。
もっとも昔の俺の所業を思い出せば、何となくだがわからんでもない。
幼馴染の腐れ縁か義理、あるいは家族愛の延長みたいな気持ちで朝は一緒だったんじゃないかな。
一人帰って服を着替えて寝転がってると、スマホの通知が鳴る。
斎からで『家まで来て』だった。
何だっけ? この時期に何かあったっけ?
首をひねりながら言われた通りにすると、きれいな青いワンピースを着てモジモジしてる斎と、ニヤニヤしてるおばさんがいた。
……思い出してきたぞ。
これ、たしか戻る前にもあった気がする。
「ど、どう思う?」
斎にしては珍しくおどおどした感じの問いかけ。
そうだ、あの時俺は照れ隠しでブサイクって言ったんだっけ。
ショックを受ける斎の顔と、がっかりしたおばさんの顔が思い出される。
そしてその後、斎は露骨によそよそしくなったんだよな……。
「メチャクチャ可愛いな。もともと可愛いのは知ってたけど、可愛さ二倍くらい?」
今の俺ならありえないくらいひどいしたと理解できる。
だから贖罪の意味をこめて頑張って褒めてみた。
あいにく俺の語彙力じゃ大した内容じゃないけど、斎はものすごくうれしそうにうつむく。
「ほーら。ユタカくん、ほめてくれたじゃん?」
おばさんがなぜか勝ち誇る。
「う、うん」
斎はいつもの明るさはどこへやらだ。
「別に普段の斎も好きだぞ? 可愛いし」
フォローのつもりで言っておく。
女の子らしい格好をしたからほめたわけじゃないとアピールだ。
「!?!?!?!?」
斎は不意打ちを受けたようにビクッと体を震わせて硬直する。
「あれ、これは予想以上……?」
おばさんまでもが驚いていた。
まあ俺をよく知るほど、今の俺が衝撃的なんだろうな。
自嘲気味に思っていると、斎はいきなり叫ぶ。
「ゆ、ユタカ、よかったらボクとつき合ってくれない?」
この展開はさすがに想定してなかったな。
もしかして逆行前のあの態度は、告白を考えてるところにひどい一言を投げられた反動ってことだったのか?
……メチャクチャ納得してしまった。
五千兆パーセント逆行前の俺が悪い。
「お、おう。よろしくな。恋人として」
「うん!」
俺たちはぎこちなく握手をした。