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最終話 フローラ編


 ぼんやりとした意識の中を気の向くまま、ゆっくりと思考を巡らせる。

 私はなぜこの世界に産まれてきたのか。もう何度自問したのか分からない。きっと永遠に答えなど見つからないのだろう。

 私自身が創った世界で生きている。なんて奇妙な現実なのか。

 …いや。本当はあの病室のベッドの上で長い夢を見ているだけなのかもしれない。そうして長い夢から覚めたら、ぼんやりした視線の先に見慣れた白い病室の天井が見えるのかもしれない。


 アンリとアリス、そして優しい夫のルルドは、治る見込みのない病に蝕まれた私が見た願望なのかもしれない…。そうだ、目が覚めたらきっとまた、あの長くて辛い闘病生活が始まるんだ…。





「……。フローラ、起きろ! おいって! おーきーろ!!」


「…!」


 どこからか私を呼ぶ声が聞こえて意識がそちらに引っ張られていく。

 ゆっくりと目を開けると、ぼんやりした視界の先には不機嫌そうな男が私をのぞき込んでいた。

 私は一瞬で目が覚めた。


「…。…!!えぇっ!オズワルド!?な…っなんであんたがここにいるのよ!…えっ!?ちょっとまって!あんた…まさか…」


「おいおい…。とりあえず落ち着け。まったく…。夫と子供がいる女に手を出す趣味なんてない。それにしてもお前、意外に寝起きが悪かったんだな…。あんなに大声で呼んでもピクリともしないだなんて驚いた」


「寝起きが悪くて悪かったわね…。そうよ。私、昨日あんたに無理やりここに連れてこられたんだったわ。そのおかげで朝方まで寝付けなかったのよ。で?なんで今、あんたが私の寝ているこの部屋にいるわけ?」


「相変わらずだな…。気が強い性格は変わっていないな。そんなことだとその内、お前のあの綺麗な顔の旦那に愛想をつかされるぞ」


「大きなお世話よ」


「それより…。外を見て見ろよ。それがお前を起こしに来た理由だ」


 オズワルドに言われて部屋のカーテンを開けると、視界いっぱいに気味の悪い真っ黒な空が広がっていた。私は慌てて時計を見る。陽が落ちる時間では到底なかった。


「どういうこと?まだ昼間よ?あっ…。待って!あの黒い霧のようなものが一点に集まっているわ。あの下は確か…」


 私はオズワルドを部屋から閉め出し、急いで着替えを済ませた。

 そうして勢いよく部屋を出ると使用人たちが廊下に何人も倒れている姿が目に飛び込む。

 最初、死んでいるのかと思った私は思わず悲鳴を上げそうになったが冷静に様子をうかがうと気を失っているだけのようだ。

 部屋の外で私が出てくるのを待っていたオズワルドはそんな私の様子を黙って見ていた。


「すまない。使用人達はみな、あの状態だったもので俺が直接部屋に入るしかなかったんだ」


 この場所で意識があり、動ける人間は私とオズワルド以外見つける事が出来なかった。


「ええ。とりあえず納得したわ。ねぇ。馬を貸してほしいの」


「お前、あの靄が集まっている場所に一人で行くつもりか?だったら俺も一緒に行くよ。お前を旦那と子供達に無傷で返す責任があるんだから。それに何かあったらあいつにまた、ぶちのめされるからな」


「またって…。それに、会った時からずっと気になっていたけど、その顔の傷、どうしたの?」


 口角に切れたような傷跡と頬には赤黒い痣があった。


「あいつに…。ダリスに会って殴られた。俺がお前にした仕打ちをあいつはずっと怒っていた。当たり前だよな…。その上まだ俺があいつの目の前でクズな発言をしたものだからあいつの逆鱗に触れてしまったんだよ。ほんとに自分が情けないよ…」


「ダリスが…。最後に見た彼は10歳の少年だった。今はどんなふうに成長したのかしら。きっと立派になっているわね」


「ずいぶん背が伸びていたよ。子供だった頃のあいつの面影はもうない。一人の男の姿だった。だから最初俺はあいつが誰なのか分からなかったよ」


「そう…」


「あいつはりっぱな騎士になっていたよ。あいつなりに今まで懸命に頑張ってたんだな」


「騎士に?」


「あぁそうだ。突然いなくなったお前を心配して探し出すためにな」


「私のため?」


「ああ。それに…昨日話した通りで、モーリガン家は、発見されたお前をすぐに連れ戻して、隣国の有力商人との売買ルートを拡大するためにすぐにでも嫁がせる予定だった。その目論見を阻止するために俺はこの家に戻って後継者になった。お前との結婚を条件にして。お前の家は俺の家に逆らえないからな。婚姻の話はもちろん建前だ。全てが片付いたらお前を旦那に返す。そもそもお前をモーリガン家が狙っていてすぐにでも嫁がせるという情報を手に入れてきたのはあいつだったんだ。だから俺は先手を打つことが出来た」


 私は昨日、オズワルドの屋敷に着くとすぐに彼を問い詰めた。

 何故私を連れ出したのか。納得のいく説明が聞きたかった。今、彼が語った内容は昨日のうちに聞き出していたがダリスの件は初耳だった。


「ダリスが?」


「ああ。もっと前からあいつはお前の行方の手がかりを探る為にあの屋敷に潜入していた」


「なんてこと…!そんな危険な事をして…」


「それだけお前を心配していたんだよ。あいつの気持ちも分かってやれ。それに、あいつはお前の為に騎士になったんだよ。騎士になるために相当な努力をしたんだろう。そうして縁があってロレイン様の近衛になった」


「ロレインの近衛!?あの子が…!? 相当の力量がないと認めてもらえないはずよ。きっと随分努力したのね…。私、あの子が私の為にそんな苦労をしていたなんて知らなかった。それどころか彼の存在も今まで忘れていたのに…」


「それは仕方ない。この間まで自分の名前すら記憶が無かったんだから。俺がお前にした仕打ちはやはり許されない。記憶を無くす原因を作ったのも俺だから。本当に済まなかった。あんなひどい裏切り方をして許されない事はわかっている…」


 そういってオズワルドはうなだれた。


「私、貴方を恨んでいないわ。だってあなたがマリアに心を奪われる事は前から知っていたから。仕方がなかった。だって私がそうなるようにシナリオを書いたんだから。だから恨みようがないでしょう?」


「あの手紙にもそう書いてあったが…。だからってお前のせいじゃない。マリアが妙な力を使った事も想定内だったっていうのか?俺は信じないよ…」


「手紙読んだのね…。確かにマリアのあの力は予想外だった。その時までは通常のシナリオをうまく回避してきたけど、マリアがあの力を使うようになってから、私自身が書いたシナリオに…、攻略対象者がヒロインのマリアに恋をするというシナリオに軌道修正されてしまった。それでも、あなたがマリアに心を奪われるようにシナリオを書いたのはやっぱり私自身なの。それに、この世界は私が創ったという事を信用できないのなら、あれを見て」


 私が指をさした方向には、さきほどまで散らばっていた黒い靄が一つに集まって巨大な人の形になっていく様子が映し出されていた。


「お…い…。うそだろう…。あれはなんだ…」


「アレも私が創ったの。私、行かなくちゃ。この世界を創った私はアレをなんとかする責任があるの。あと…。私、貴方に捨てられたお陰で今とても幸せなの。優しい夫とかわいい子供達がいるんだもの。オズワルド、だからもう自分を責めなくていいのよ」


「あぁ…。俺なんかよりもずっと、あいつの方がお前を幸せにしてくれる。俺も行くよ。お前の家族にお前を無事に返すために。行くぞ」







 頭上の空一面には黒い霧が無数に漂っている。それがゆっくりと少しずつ集まって巨大な黒い塊を作り出している。

 その光景はひどくおぞましく、得体のしれない何かが迫って来るように見える。


 前方にはよろよろと立ち上がるロレインの姿が見える。


「ロレイン!しっかりして大丈夫!?」


「フローラ?オズワルド!どうしてここに?」


「オズワルドの屋敷から黒い巨大な靄が見えたの。だから急いでここに来た。ロレイン、ソフィアは!?」


「分からないの…。ちょっと待って!あそこに倒れているのはアルヴィスとユリウスだわ!」


 咄嗟に駆け寄り二人の安否の確認をする。他の人間同様意識を失っているだけのようだ。


「この子達をどこか安全な所につれていきましょう。そうだ…フローラ、アンリとアリスが屋敷の裏の林にいるはずなの。心配だわ」


「ロレイン様、俺が探してきます」


 すぐさまオズワルドが声を上げる。


「オズワルド…。お願いするわ。私はアレをなんとかする。私が創ったものだから。その責任を私が取らなければいけないの」


「分かった。こっちは任せろ。でも無理はするな。絶対に無事でいろよ!」


 そうしてオズワルドは駆け出して行った。


 私達はそれぞれアルヴィスとユリウスを抱えながら歩き出した。


 やがて靄の真下にいるソフィアを無事に発見する事が出来た。


 それから私達は封印が解かれた『アレ』と対峙する事になる。色んな事が想定外の中、この物語がどう終わりを迎えるのか私にはさっぱり分からなかった。それでも物語の終わりは、もうすぐそこまで迫っていた。






 信じられない事がいくつも起こった。

 アレが私に言った言葉が重くのしかかった。

 私が生まれた事でこの世界は独自の運命を歩みだした。アレはそう言っていた。

 それが本当なら私が生まれたこの世界は私が創った世界であってそうではない世界。

 新たな分岐点の先にある世界なのだ。


 アレは再び降臨した女神によって封印された。

 皮肉な事にこの世界の主人公を道づれに消えて行った。ヒロインだけが唯一一人、バッドエンドに堕ちてしまった。


 この先の物語を私は創っていない。だからこの先、何が起きるか分からない。ここから先は私を含めそれぞれの登場人物が自分の人生を紡いでいく物語だ。決められた配役としてではない一人の人間としてそれぞれが生きて行く。


 夜が明けるように昼間の太陽が戻った。さっきまでの出来事がまるで嘘の様だった。無残に破壊された生家が、明るい陽の元に映し出されても私は何を思う事はなかった。

 それどころか、どこか清々しい気分だった。


 そうやって壊れた屋敷を一人眺めていると、オズワルドが私の家族を連れてきた。愛してやまない二人の子供と愛しい夫の姿を見つけると私は夢中で駆け出していた。私達は互いに無事を確認して抱き合った。その安心感から不甲斐なくも泣いてしまった。アリスが私の頭を心配そうに撫でてる。 改めて大切な家族が無事でよかったと実感した。


 そうしているうちにアンリがおもむろに、一人の男性を連れてきた。

 真っ白い王宮騎士の制服を着ていた。栗色のさらさらした髪の精悍な少年だった。私はしばらく彼の顔を見つめていた。驚きで上手く言葉が出てこない。


「母さん、また泣きそうな顔してるよ?どうしたの?このお兄ちゃんが僕達の事を助けてくれたんだ。僕達が無事でいられたのはこのお兄ちゃんのお陰なんだよ」


「…あなた…ダリス?」


「ああ…そうだよ」


 どれだけ心配をかけたのか…。そんな彼にどんな言葉をかけたらいいのか分からない。私は絞り出した声で呟いた。


「子供達を守ってくれてありがとう。そして…今まで心配をかけてごめんなさい…」


「どれだけ心配したと思ってるんだ!無茶苦茶心配したんだから!ほんと、勘弁してよね」


 私よりもずっと背が高くなった彼は腕を組み、仏頂面をして私を見ている。


 いつだったか、彼が育てたトマトがあまりに美味しそうに見えて、ついひとつ食べてしまった。しかし運悪く彼に見つかって怒られたあの日の事を思い出す。その後も私は、懲りる事なくトマトをつまみ食いしては毎回彼にしっかりと見つかり、その都度散々文句を言われて叱られた。

 体は大きくなったのにあの時と変わらない口調で私に文句を言っている姿は当時の彼と重なった。


「母さんがお兄ちゃんに叱られてる!父さん見てよ」


「おっ…怒られてなんてないわよ!むしろ、いつもの事よ?」


 そう揶揄ってくるアンリに言い返してルルドと笑い合う私を、ダリスはどこか寂しそうな笑顔で見ていた。


「…でも…。無事でいてくれて本当に良かった」


 そう、ぼそりと言った彼は、大人びた表情で柔らかく笑っていた。


 





 その後すぐ、ロレインは捕らえた私の義母と実父、その他関係した人間を連れて王宮に戻った。

 既に王は正気を取り戻していて、凛とした姿で王宮を仕切っていた。

 今回の一件で多くの関係者が捕まった。私の義母は極刑だった。当然の報いだろう。実父は義母の行いを全て知っていながら傍観していた。そのため地方に生涯幽閉される事になった。思えば父はいつも空気のような存在だった。目の前で何が起きていようと黙って見ていた。

 彼にとってすべてはどうでもいい事だったのかもしれない。笑っている顔など一度もみた事もない。しかし、元からそうだったわけではないのだろう。何が彼をかえてしまったのか。もはやそれを知る事はない。


 当然のことながらモーリガン家は取り潰しをされた。

 まだこの家の貴族籍があった私は身分を剥奪され、はれて平民となった。これで私はルルドとの静穏な生活に戻る事が出来た。


 しかしその後すぐ王からルルドにある提言がされた。地方の治療師不足に加え魔法に頼りきりになっている現状の危うさが今回の件で浮き彫りにされた。そのため王は、ルルドが以前から取り組んでいた植物から抽出した成分で薬を作る研究に目をむけ、王宮内でそれらが出来る施設を作り、そこで薬の研究に努めてほしいと懇願をしてきた。

 それらを請け負うにあたり特別な位も用意された。

 私としては位には散々振り回させたので多少の不安はあったが、ルルドがそれらを賜る事により、彼がどうにかなる人間ではない事を私はよく知っていた。





 それから数日たったある日、これからそれぞれの道を歩んでいく私達は、離宮の庭で門出を祝うささやかなパーティーを開いた。


 見目麗しい男女が仲睦まじく歩いてくる。ロレインとエリオットだ。絵になるくらいに美しい。

 ソフィアと私はやってきたロレインの手を取り連れ出すといろんな話をした。


 飲み物を取りに行くため二人の元を離れた私は少し遠くからパーティーの様子をぼんやりと眺めていた。みな楽しそうだ。

 ふと声をかけられて振り向くとロレインの護衛をしていた騎士のカインがいた。


「フローラ嬢。貴方に聞いてほしい話がある。関係があるのはよく分からないんだけど…俺はソフィア嬢の前世での夫だった。俺達の間には息子が一人いたんだが…」


 そういって彼が話し出した内容に私は絶句した。


「前世での私の妻がなくなってしばらくした時、ソフィア嬢の前世、コハルの実家に顔を出した時だった。さくらの妹が昔、熱心にやっていたゲームを息子が偶然見つけてね。その時から息子はそのゲームについて調べだした。そうして一人の女性の存在にすぐたどり着いたんだ。どうやらその人物はゲームが発売された直後すぐ亡くなっていたんだ。

 そのことを知ったあいつは俺にこう言ったんだ。


『この人が生きていたらありがとうって言いたい。僕の夢をかなえてくれてありがとう』って。


 その日から息子は何かを思い出したように医者になると言い出して見事にそれを実現させたんだ。 そしてその時、俺に言ったんだ。『魔法使いにはなれなかったけど医者にはなれた』って」


「えっ…」


「最後に…。その亡くなった女性の名前は『りさ』さん、と言っていた」


 私の前世での名前だった。


「…! カインさん…教えてくれてありがとう。そういえばあなたは前世でいつ亡くなったの?」


「98歳で死んだよ。病気とは一切無縁で元気だったな。老衰には勝てなかったけど。もう少しで100歳だったんだけどな…。そこが唯一残念だったな。でも天寿をまっとうしたんだ」


「そう。大往生だったのね」


「あぁ。大往生だった。良い人生だった。コハルが亡くなって寂しかったけど、それからずっと息子と二人で生きてきた。生涯妻は亡くなったコハル一人だった。それでもその内、息子が嫁さんをもらって孫が生まれた。それから平穏に月日が流れて、それぞれの孫の子も抱いたな。息子やその嫁さん、たくさんの孫やひ孫に囲まれてとても賑やかな家族だった。でも不思議なもんで前世の記憶をもってここに生まれた。だから今の俺の精神年齢は100歳をゆうに超えている事になる。ちょっとすごいだろう?」


「え…!?は…!?」


「まぁ。そういうとこだから!」


「えぇ…。ありがとう…」


 そう言うとカインは行ってしまった。漣君…私の初めての友達。生まれてからずっと難病に侵されて、ベッドの上の生活しか知らないまま早くに亡くなってしまった彼。彼の夢だった魔法使いのお医者さんを登場させて彼の追悼の意味を込めてこの世界を創った。前世のカインとソフィアの子は漣君の生まれ変わりだったのだろうか…転生が実際あることは実体験でよくわかったから在りえない話ではない。来世で彼が幸せな人生を歩んだのならそれが私の本望だ。



 それから私達は深い森の中にあるあの家に帰った。近くの村に無事に治療師が駐在されると、私達は王都に移り住んだ。










「アリス!ダリス君より父さんの方がいいだろう?」


 ルルドが泣きそうな顔でアリスを見ている。


「いや!ダリスお兄ちゃんと一緒がいいのよ!」


 アンリの剣の稽古に来ていたダリスを昼食ができたので呼びに来たのだ。

 今、その昼食の席をめぐり、ダリスの隣に座りたいアリスとそれを阻止しようとしているルルドが揉めている。


「アリス…そんな事いわないで…。ダリス君!君には絶対に将来、アリスはあげないよ!」


「ルルドさん、それは将来アリスが決めることですよ」


 ダリスは笑顔で勝ち誇ったようにルルドを見ている。


 あれから6年が経った。あの事件の後、ダリスは突然姿を消した。今度はこちらが、彼が何処でどうしているのかヤキモキする事になった。しかし、最近になって突然ダリスは王都に戻ってきた。

 どういう話でそうなったのかはまったく不明だが王都に戻ってきたダリスはオズワルドの従者になった。

 その合間にアンリの剣術の相手をするため、我が家にも顔を出すようになっていた。


『父さんのような立派な治療師になる。でもいざという時、母さんや妹を守れる力を助けたい。剣が使えれば、その分より多くの人達を助ける事ができる。だからその両方を自分の力にしたい』と言い出したアンリは、自ら相当の熱意でダリスに直談判をして剣の指導を勝ち取った。あの事件で自分を犠牲にしてでもアンリ達を守ろうとしたダリスに恩義を感じていると同時に心底彼に憧れているのだ。


 そして今問題なのがアリスだ。戻ってきたダリスと再会するやいなや彼に熱い想いを寄せている。


 彼が家に来ると彼の傍から離れないのだ。ルルドに似て親の目にもかなりの美貌を持つアリスはあの年でもう、方々からたくさんの婚約を申し込まれている。そのすべてをルルドが断りを入れている現状だ。生涯共にする相手は自分自身で見極めなさいと常々アリスに言っていたルルドだが、それが今、大いに裏目に出てしまった。

 当のアリスは同年代の異性にはまったく興味がなく、それはそれは彼を愛してやまないのだ。隙があればダリスに抱き着いていく。幼い頃は大人しかった子がそんな行動をとるなんて思いもしなかった。そのせいで、いつもは温厚なルルドがその時ばかりはダリスからアリスを奪還しようと躍起になるのだ。


「まぁ、アリスが年頃になるときには俺もいい年になっているからね。きっと彼女の気も変わっているでしょう?」


 ダリスは呑気にそんな事を言っている。アリスの気が変わるのかどうか…。


「フローラ…。アリスが…!アリスがダリス君に…!」


「はぁ…。今からそんな事じゃいつかお嫁に行く時が大変ね…」


 あの事件の後すぐに授かった3人目の子を膝に乗せて私は、二人のやり取りを見ながら呆れている。


「お嫁!?いやだ!絶対に阻止してやる!」


 私はいつもの光景に呆れながらも静穏で幸せな日常をかみしめていた。







フローラ編 ルルドルート




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― 新着の感想 ―
[気になる点] ん? ソフィアの前世の名前、29話では「コハル」と言ってますが、最終話フローラ編では「さくら」になってますよ? [一言] やっと物語も終盤ですね。 マリアの退場がちょっとあっさりし過ぎ…
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