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ある日、美しい女神は一つの世界を作りました。それはとても美しい世界でした。どこまでも澄み渡る青空の下には色とりどりの花が咲き、清らかな小川には魚たちが泳ぎだすと、広大な森には美しい歌声でさえずる鳥たち、肥沃な大地には動物たちが次々と生まれていきました。最後に人間が誕生して世界は完成したのです。こうして誰もが争う事なく幸せに暮らせる美しい世界が誕生しました。


全てが調和して均等のとれた世界。どの生命も皆、活力に溢れ、生き生きとしていました。彼女はその世界をとてもとても愛していました。毎日毎日飽きる事なく眺めていました。


しかし、彼女と対の存在である闇の神はある日、幸せそうにその世界を眺めている彼女に気が付きました。どうして彼女は、あんなものを見て毎日幸せそうに笑うのか不思議で仕方ありませんでした。いつしか毎日幸せそうに笑う彼女が羨ましくなり、そのうち妬ましく思うようになりました。その想いは日に日に膨らみ、いつしか憎しみへと変わっていきました。


そうしてある日、憎らしい彼女を傷つけるため、その世界を壊してしまおうと思いました。彼女に気付かれないように、隙を見て少しずつ悪い感情を流していきました。

やがて世界は黒く濁っていきました。美しい草花は枯れ、小川は濁り、大地が痩せると、争いが絶えない醜い姿に変わっていきました。その姿をみた彼女は、悲しみに暮れ、毎日泣いて過ごしていました。しかし、世界が変わったのは闇の神のせいだと気が付きました。


彼女は元の世界を取り戻そうと立ち上がり、泣く事をやめました。


まず最初にした事は、その世界に自分の力を分けた分身を送る事でした。こうしてその世界に光の巫女が誕生したのです。しかし巫女一人の力ではその世界の邪気を払う事はとても困難でした。そこで女神は彼女を慕い守っていた白龍に巫女をまもってくれるようにお願いをして巫女の元に送りました。そうして巫女は新たに送られた白龍と共に邪気を払い続けました。


その闘いの中でいつしか二人に信頼と愛情が芽生えました。

やがて二人は長い激闘のすえ全ての邪気を払い、世界を救いました。


しかし闇の神の攻撃は終わりませんでした。隙をみて再び世界に攻撃をしてくるようになったのです。夜に紛れて攻撃をしてくることも多くなりました。

 愛し合っていた二人は苦汁の決断をすることにしました。


 昼は巫女が、夜は白龍が攻撃を防ぎました。こうして昼と夜を二人で分担する事で世界を守る力を強くしました。強くなった守りに攻撃を続けた闇の神は、次第に弱っていきました。女神はその隙をついて闇の神を封印しました。しかしいつまた力をつけて封印を破るとも限りません。

 再び闇の神が現れる事を恐れた二人は、監視を続けるため昼と夜の世界で別々に生きること決めました。

 その瞬間、白龍は夜の闇に紛れられるよう、紺碧色に姿を変えました。

 そして二人はそれぞれの子孫を繋ぎ世界を守っていくことを決意しました。

 封印が破られる時、二人の子孫は結ばれて再び力を合わせて戦う事を約束して別れました。











 激しい地揺れと共にバリバリと何かが裂ける音が響く。辺りは真っ暗で何も見えない。

 何が起きているのかさっぱり分からなかった。

 地面に突っ伏している重たい体をなんとか起こして立ち上がる。あの状態から奇跡的にまだ生きていたようだ。

 次第に目が暗闇に慣れていくと、すぐ隣にはガリガリに痩せた男が倒れていて、投げ出されてる彼の手の甲にはナイフが突き刺さっていた。間一髪、そのナイフの持ち主が私を助けてくれたようだ。安心したのもつかの間、あたりには沢山の騎士達が倒れている事に気がついた。

 一体何が起こったというのか。混乱する頭をどうにか落ち着かせる為、深い深呼吸を一つすると、突然頭上から声が聞こえた。


『ようやく外に出られた。あぁ。最高に良い気分だ』


 沢山の人の声が入り混じっているような、女性なのか男性なのか区別がつかない、ひどく奇妙な声だった。


「誰!?」


 頭上を見上げて必死に声の主を探す。


『名前はない。ようやくあの忌々しい場所から解放された。あの女のおかげだ』


「あの女?」


『桜色の髪の…己の欲に飲まれた女…。人の念は底が知れない。恨み、妬み、嫉妬、悲しみ、絶望。あの女が全て集めてくれた。だから出てこられた。これからあの女神に存分に復讐できる』


「なにをするっていうの!」


『今まで私を閉じ込めていたあの女神に復讐するんだ。あいつが大切にしてきたこの世界を憎しみで埋め尽くしてやる。ここに生きる全ての生き物が皆、殺し合う世界。互いに殺し合い、死に絶えるまで見せてやる。これからこの世界は惨状を呈するのだ。血の海が広がってたくさんの死体の山が出来るだろう。殺し合って生き残った最後の生体は一体どうするんだろうなぁ。あぁぞくぞくする』


 声の主はクスクス笑っている。辺りに漂っている黒い霧はゆっくりと一か所に集まりだしていた。


 次第にその声の不快さに耐えられなくなると激しい吐き気と頭痛がして耳鳴りが鳴りやまない。その場に膝から崩れ落ちそうになるソフィアを誰かが後ろから支えた。


「ソフィア!しっかりして!」


 咄嗟に振り替えると二人の女性が立っている。一人は赤い髪、もう一人は濃紺の髪の女性だった。

 二人はそれぞれ紺色の髪の幼い男の子を抱きかかえている。

 バチンとした衝撃が頭の中に走る。ガンガンする頭の痛さに耐えられず、うずくまってしまった。


「あぁ…。頭が…頭が痛い…。その子達は…?あなた達は誰なの!?」


「ソフィア!どうしたのよ!しっかりして!もしかして記憶を奪われているの!?私達は貴方をずっと探していたの。貴方の味方よ!」


 脳裏に閃光が走り、意識がはっきりとしてくる。

 

「フローラ…ロレイン…?その二人は…?…あぁ。アルヴィス!ユリウス!どうしたのよ!目を覚まして!」

 

 ソフィアは足元に寝かされている二人に必死に呼びかけるが目を覚ます気配はない。


「私達以外、意識がある人間はいないようね…。きっとこの状況が解消されたら今倒れている騎士達やこの子達も目を覚ますわ」


 フローラが冷静に状況を分析していった。


「フローラ。ロレイン…。いままで心配をかけたわ。ごめんなさい…」

 

「何を言っているの!無事で良かったわ。探し出すのが遅くなって結局また危険な目に合わせてしまった…。」


「私の家のせいであなたにとんでもない仕打ちをしてしまった。ごめんなさい…。まさか私の代わりに隣国に連れていかれそうになるなんて…」


 ロレインとフローラは今にも泣きだしてしまいそうな声でそう言った。


「こうして無事でいたのだし、私は大丈夫よ。二人とも、そんな顔しないで!こうしてまた無事に会えたのだし」


 ソフィアは二人の肩を叩くと不思議と吐き気はおさまり、耳鳴りも消えていった。

 頭上を見上げれば、一か所に集まった黒い霧は人の形に変化していた。そうして今度はそこから声が聞こえた。


『そうだ、こいつを返してやる。散々俺の邪魔をしてきた憎らしい男。女神の加護を受けているからそいつが近くにいるだけでとても不快だったんだ。殺す事も出来なかった。でも、かなり力を消費しているから直に死ぬだろうがな』


 ドサッと何かが落ちる音がした。ぐったりと横たわる男性が倒れている。驚くほど整った顔に腰までありそうな白髪の長髪はとても綺麗だった。


「エリオット!」


 ロレインが駆け寄る。


「しっかりして!私が分かる!?返事をして!やっと会えたのにこんな事になるなんて…」


 エリオットを抱き起こして必死に呼びかけているロレインをフローラとソフィアは見守る事しか出来なかった。


「フローラ、彼は…」


「彼の名前はエリオット。ロレインの真の婚約者だった人でアルフォンスの実の兄よ。今までずっと『アレ』に囚われていて一緒に封じられていたのよ。封印が破られて出てこられたの」


「ロレインの本当の婚約者!? それに今この世界はどうなっているの?さっきから聞こえるあの声、あなた達にも聞こえている?疑問が多すぎてよく分からないわ」


「あの声、しっかり聞こえているわ、ソフィア。あなたはこの世界ではない記憶があるんでしょう?今から私がいう事、信じてくれる?」


 ソフィアはフローラを見ながら静かにうなずいた。


「この世界は私が創ったの。ここは私が創ったゲームの世界。私達がどうしてここに生まれたのかは分からない。そして今、この場面はゲームのクライマックスで、私達の目の前にいる『アレ』はこのゲームのラスボスなの」


「ここがゲームの世界なんじゃないかって薄々気が付いていたけど…。でも…。私の記憶が正しければゲームのジャンルは乙女ゲームよね?なぜラスボスが存在するの?私の妹がこのゲームをやっていて確かラスボスが出てくる記憶はないのよ」


「あのゲームには特殊な条件でクリアすると現れる裏ルートが存在するのよ。今はその裏ルートに入ってるのよ。少し長い話をするわね。

 私がゲームのシナリオを完成させたとき、私は病に侵されていたの。だからゲームが完成品になるまで見届ける事が出来なかった。しばらく闘病生活を送っていると、ある日完成したゲームが送られてきたのよ。

 その時私の描いたシナリオが書き換えられている事を知ったの。

 登場人物は全員そのままだった。でも、新しいシナリオでは悪役令嬢のロレイン、その取り巻きの私、当て馬のソフィアにはそれぞれ酷い死に方をするバッドエンドが用意されていた。そして、裏ルートの方もまったく違ったものになっていたの。それまで攻略不可能だった様々なモブキャラが裏ルートでは攻略できるようになっていたの。それだけの内容だった。

 一方で私の作ったシナリオは令嬢3人にバッドエンドなどなく、ヒロインが攻略者と結ばれれば、それぞれ違う相手と結ばれて幸せになるのよ。私が書いた裏ルートは、アルフォンスと結ばれたヒロインマリアが世界を救う為に繰り広げる、その先の物語だった。最終的に「アレ」を倒して世界を救うのよ」

 

「えっ待って。でも私達は生きているから酷いバッドエンドは無かったのよね?それで今ここにアレがいるって事は…ここはあなたの書いたシナリオの世界なの?」


「違う…おそらく書き換えられたシナリオと私のシナリオが混在している世界なんだと思うわ」


「どういう事!?」

 

「私は幼い事からソフィアやロレインと出会うずっと前から前世の記憶があったの。そしてここが、私が創った世界で、書き換えられたシナリオの方の世界だと思っていた。


 だから私は記憶が戻ってすぐ、あなたやロレインにやがて訪れる残酷なバッドエンドを回避させる為に動いていたの。そうしてあの日、まだ幼かったあなた達に初めて出会った。でも、あなた達と出会うほんの少し前、エリオットを見たのよ。青白い顔で立っていた幼い彼を見たの。肉体はアレに囚われていたから意識だけの存在としてあの場にいたのかもしれない。ちなみに、私が創ったシナリオでロレインと結ばれる彼は私のシナリオにしか登場しない。だから彼がなぜこの世界にいるのか最初よく分からなかった。この世界は書き換えられたシナリオの世界だと思い込んでいたから」


「それでも私はあなた達の運命を変えるべく動いた。それからしばらくは平和に過ぎていったのだけど、マリアが登場して風向きが変わっていった。実は私は小さい頃のマリアに会っていたの。そのときすでに、ゲームの世界のヒロインではない事にも気が付いていた。彼女もおそらく転生者だったのよ。彼女はこの世界の事も既に知っていて各キャラの攻略方法も熟知していた。だからこそあなた達の運命を先に変えて先手を打ったのよ」


 「学園に入学してきた彼女はあなた達が本来の立ち位置に居ない事で攻略が上手くいかなかった。まったく攻略できない事に焦った彼女は妙な力を使うようになっていった。一度、彼女のあとをつけてその秘密を知った時はとても驚いたわ。『アレ』とマリアが接触していたのだから。裏ルートの一番最後にしか登場しない『アレ』がどうしてそんな早い段階で現れたのか全く分からなかった。私は酷く動揺したの。なぜマリアに接触して力を貸していたかも疑問だったわ」


 「貸していた力は魅了の魔法だったのね」


 ソフィアがボソリとつぶやいた。


 「その通り。それからマリアはその力を使って次々と攻略対象者を攻略していってしまったの…。そうやってどんどん正しいシナリオに軌道修正されていくとその先のシナリオでバッドエンドに落ちるのは私とソフィアのどちらかだった。だから私は自らバッドエンドに落ちる選択をしたわ。でも予想外に助けられたのよ…。私を連れだした門番達やルルドによって…。でも記憶を消された私はそのままルルドと暮らし続けたのよ。貴方たちがずっと私を心配して探している事も知らずに」

 

 「あの性格のマリアは私がいなくなった後も魅了の力を使い続けるだろうと予想はついていた。でも私には魅了の力を阻止する事も解く力もなかった。だから、バッドエンドに堕ちる前にマリアに先手を打ったの」


 「私は両方のシナリオに登場する、幻のサポートキャラの少年を登場させたの。ゲーム上彼に出会える確率は非常低い。幸運にも彼に出会えた場合、ゲームを順調に進められるアイテムをくれるの。マリアがそのサポートキャラの存在を知っているのかは賭けだった。当時私にはそのキャラによく似た年頃の友達がいて、彼に協力してもらったの。彼の名前はダリス。その彼にサポートキャラと同じ服装をさせてそれらしく演じてもらったの。そうしてマリアの前に登場させた。結果、マリアはサポートキャラの存在を知っていて、ダリスから渡されたものを疑う事なく受け取ったの。幸運のレアアイテムだと信じ込んで。そして大切なお守りとして彼女に持たせる事に成功したの」


 「そのアイテムは太陽の石。持ち主が良い行いをすれば幸運をもたらす。その逆に邪な想いを持つ人間が持ち主なら、人の負の感情を吸収し続けて黒くなっていくの。最後はその力がいっぱいになって持ち主を飲み込んでしまうの。私のシナリオでは他の悪役がこれを持っていて『アレ』を復活させてしまうのよ。私のシナリオが混在するのなら、マリアが石のパワーを一杯にさせた時、その時に『アレ』の封印が解かれる、エリオットも解放されると思ったの。

 ちなみに書き換えられたシナリオではこの石は悪役令嬢のロレインが持っていて、最後は石の力に飲まれて破滅するバッドエンドになっているのよ」


「そこまでは分かったわ。今は、あなたの書いたシナリオのクライマックスの場面なのね…。でも『アレ』を倒すのはヒーローとヒロインでしょう?今の場合はどうなってしまうの?」


ソフィアはフローラに疑問をぶつけた。


「ゲームでは、アルフォンスと結ばれたヒロイン、マリアがふたりで協力して何とか『アレ』を倒すんだけど…。この世界のマリアがそんな正義感溢れる行動をとるわけがない。そもそもアルフォンスはマリアと不仲だし、荒れた王宮を立て直す事で精一杯の状態だから今ここにはいない…」


 フローラが答える。


「そうよね…」


 ソフィアはため息をついた。


「私がなんとかする…」


 突然、フローラがそう宣言した。


「これを見て」


 フローラは自分が着ているワンピースのポケットからなにやら取り出す。


「これは?」


 手の平にすっぽり収まるくらいの大きさの真っ白に輝いている宝石のような石だった。


 「これは…月の石。私のシナリオでは本来、アルフォンスがこれの持ち主だった。太陽の石と対になるもの。私のシナリオではこれで『アレ』を倒すのよ。私は悪役令嬢の取り巻きでヒーローでもヒロインでもないけれど、私が『アレ』を倒す。だって『アレ』は私がつくったものだから」


 そういって黒い霧の集まる所まで歩いていく。


「それなら…運命を変えてくれたあなたを、今度は私が助けるわ」


 ソフィアはフローラがいる場所まで駆け寄ると手のひらにある石に手を置く。


「エリオット! もうしばらく頑張ってちょうだい!大丈夫よ。あなたは絶対に死なせない!」


 そう言うとロレインも立ち上がり二人に駆け寄っていく。


「なんか…アレみたいね。女の子向けの戦隊アニメみたいな感じ…。小さい頃、憧れたわ。まさか大人になった自分がそれらしいことをしようとしているなんて変な気分ね」


「そうね…。お揃いのコスチュームに変身できたのならもっとそれらしいわね」


 そういってフローラとソフィアは笑い合った。


「なんだかあなた達がいた世界って楽しそうね。私も行ってみたいわ」


 ロレインも笑う。


 三人が手をかざした白い玉は次第に温かくなり、ふわっとした光が石の内部からもれてくる。


『おい。そうはさせるか!そう上手くいくと思うなよ…。その女が産んだその子供。守護者の子孫…。運が良い事にその血を濃く受け継いでいるんだな。俺があいつの体を奪ってしまえばどうなる?生身の人間にそのアイテムは効かなくなるんだよ』


「ふん、そんな強がりを…。あなたに人の体を乗っ取る力はないはずよ。生みの親の私がそうつくったんだから」


 フローラが勝ち誇ったように言う。


『見くびるなよ』


 そういうと真っ黒い霧はあっという間に倒れている騎士達の間に倒れていたアルヴィスの体に集まるとその体に入っていく。


 ソフィアは茫然とその様子を見ている。


「嘘…」


 フローラとロレインは絶句している。


 しばらくしてアルヴィスはゆっくりと起き上がるとこちらに顔を向けた。彼の目は人形のように虚ろだった。


「アルヴィス?」


 ソフィアが呼びかける。


『教えてやるよ。お前がこの世界に産まれてきた時点でこの世界は既に独自の運命を歩みだしたんだよ。だから俺もお前の知らない能力が使える。あぁ生身の体だ。強いエネルギーをもっているな。素晴らしい。この体の持ち主の悲しみの気持ちが最後に俺の封印を解く力になったんだ。感謝したいよ。どれくらいぶりだろう、いい気分だな』


 そう言って不気味な笑みを浮かべる。彼の体が宙に浮くと目の前の屋敷の向かって手をかざした。すると突然窓が次々と割れていくと今度は屋敷を破壊していく。


「アルヴィス、やめて!」


『うるさい女だな。この体で最初に殺す人間はお前にしてやる!我が子に殺される気分はどうだろうな』


 落ちているナイフがひとりでに動くと、アルヴィスの手に握られた。

 彼の体がソフィアに向くと、こちらに向かって迫っていく。


「ヤダ…助けて…!体が勝手に動くんだ…」


 今まで人形のように操られていたアルヴィスは突然叫んで泣き出した。意識が抵抗しているようだ。


 「一体どうしたらいいのよ…」


 ロレインは真っ青な顔で動く事ができない。


『こいつ…、まだ自我があるのか…』


 涙を流して抵抗するアルヴィスは再び意識を奪われてしまった。


「どうだ?殺されるのがいやなら自分の子を殺すか?さぁどうする?」


 ソフィア目掛けて迫っていくアルヴィスの体は、突然彼の目の前に出てきた人物によって止められた。


『!! 離せ!離すんだ!』


 アルヴィスの体を止めていたのはアランだった。


「アルヴィス!正気に戻れ!しっかりしろ!おい!俺の息子から出て行け!」


 子供の力では到底ない、ものすごい力で暴れるアルヴィスをアランは自分の胸に抱きしめるように必死に押さえつけている。力のつぶし合いが続く。しかし事態は一変した。操られたアルヴィスは一瞬の隙をついて落ちているナイフを操りアランの肩に突き刺さした。

 アランは激痛に耐えながらもアルヴィスを離そうとは決してしなかった。ナイフが一本、二本とアランの背中に刺さっていく。


「なんて事を…!」


 ロレインは取り乱して叫ぶ。


 三本目が刺さるとアランは意識を手放してしまった。


「くそっあいつのせいで随分力が削がれてしまった…。あいつも守護者の子孫だったのか!」


「アルヴィス!来なさい!」


 そう言ってソフィアは月の石を突き出すと両手を広げてアルヴィスを迎える体勢を取った。

 

「そんな石は今の俺には効かないんだ!」


 そういって再びソフィアに迫っていく。


「アルヴィス!今助けてあげるから!」


 月の石を握ったまま渾身の力でアルヴィスを抱きしめると次第に彼の力から次第に黒い靄が抜けていく


「ここまでよ。大人しく元の世界に戻りなさい…」


 そこにはエルトシャンの姿がある。


「お前は…。女神か!嫌だ。こいつから出て行かない!いいのか?裏表一体の存在だから俺が死ねばお前も死ぬぞ。今からこの体ごと貫いて死んでやる。あぁそうだ、お前が死ねばここにいる全てが死に絶えるのか…。それがお前に対しての一番の復讐だな」


 そういってアルヴィスは落ちていたナイフを自分に向けて走らせた。


「だめよ!!」


 ソフィアはむかってくるナイフをアルヴィスの代わりに受ける覚悟を決めると、突然、持っていた月の石が砕けて眩しい光が二人を包んだ。

 次の瞬間、アルヴィスから黒い靄は完全に出て行ってしまった。


「嫌だ…あの忌々しい場所に戻るのは嫌だ…一人は嫌なんだ…!

 あぁでも…。俺が解放されたとき、丁度いいタイミングで体から離れた魂があったなぁ。あの女の魂か。この際だ。一人よりましだから連れて行くよ。これから長い付き合いになるね。よろしくマリア。今から行く場所はお前が苦しめたすべての人間の負の感情の渦の中だ。その渦の中でそれらの人間が味わった全ての苦しい記憶を繰り返し体感する事になるだろう。お前はどうなるんだろうな。新しい楽しみが出来たよ」


 そういうとアルヴィスから出た黒い靄は完全に消え失せ、彼は意識を失ってしまった。


「そうか…太陽の石の持ち主がマリアだったから…。元々の持ち主だった悪役令嬢ロレインが受けるはずだったバッドエンドの運命はマリアにうつったのね…だから『アレ』と共に堕ちてしまった…」


 ソフィアは黒い霧が消えて行った方向を黙って見つめていた。


「ありがとう…。世界は救われました。でも私は再び『アレ』を封印する事しか出来ません。私が消滅すればあれも消滅します。しかし、私が創ったこの世界は滅んで、あなた達も殺してしまう」


「あなたがいないとこの世界は存在できません。再び復活しないよう、お互いに監視していきましょう」


 ロレインは女神の魂が入っているエルトシャンにそう呼びかけた。


「えぇ。ありがとう…。この子に私の力の一部を与えます。共にこの世界を守っていきましょう。それと…『アレ』に傷つけられたあの者に癒しを施しておきました。ただ…。知っているように癒しの力は万能ではありません」


 そういうとエルトシャンは意識を失って倒れてしまった。


 そうして全てが終わった。

 ソフィア、フローラ。ロレイン以外、そこに立っている人間はいなかった。

 夜が明けるように再び太陽が昇ると、辺りには明るい陽射しが戻った。


 破壊された建物や木が雑然と辺りに散乱している。そんなひどい光景を三人は無言で見ていた。そんな中、ふと、キラキラとしたものが宙にただよっている事に気が付いた。フワリとした雪が降り積もるようにキラキラしたものが地面に落ちていくと今まで倒れていた人々が徐々に意識を取り戻していった。皆、辺りの酷い有様に目を丸くして驚いていた。


 あの日からマリアの姿は忽然と消えてしまった。魂ごと肉体も一緒にアレに連れて行かれたのだろう。皮肉にもバッドエンドに堕ちたのはヒロインただ一人だった。


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