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 アランとの関係は最悪なままだがそれ以外では穏やかに月日は流れていた。そうしていよいよ臨月に突入した。

 はたして数週間後私は生きているのか死んでいるのか…。不安で仕方ない。

 この世界で出産は生死にかかわる大仕事だ。

 前世の日本では高度な医療技術のおかげで安心安全に出産できた。出産前に入念な母体と胎児の検診があり、少しでも異常が見つかれば即対処してもらえる。

 出産中の急な様態の変化でも帝王切開など様々な手段で母子ともに高い生存確率で出産できた。


 しかしこの世界に帝王切開をして生きながらえる確率は低い。当然世継ぎの子供の命が第一なので緊急時子供の命が危ないと判断されれば腹を切られ子供を取り出される。すぐに治療魔法をかけてもらえるが大量出血で危険な状態になるのだ。考えるだけでもかなり恐ろしい…。

 そんな臆病な意識を取り払おうと一息付く。この際もう旦那様の愛情なんてほとんどもうどうでもいい。 私は我が子が私を必要としなくなるその時まで子供の成長を楽しむためだけに生きてやる。そう心に強く誓うのだった。


 ある穏やかな昼下がり、ベルカと談笑しているとそれは突然訪れた。

ドアのノックと共にアランが部屋に入ってきたのだ。

最後にあったのがいつだったのか思い出せないほど顔を合わせていなかった人の突然の訪問で心底驚いてしまった。


「おい、体調はどうだ」


 私に話しかけてくるその様子にまた驚いた。


「いや、子供の心配をしているんだ。無事に産んでもらわないと困るからな。もし出産時危なくなれば容赦なく子供優先にするから恨むなよ」


 その言葉に茫然とする。


「前にもいったが無事に子を産んだら愛人でも作るか、出ていくのか好きにしていい」


 冷たい目で私に言い放つ。


「旦那様!この大事な時になんということをおっしゃるんですか!!」


 ベルカが真っ青な顔をして叫ぶ。


「いいのよ、もちろん私も子供を優先にするわ。この子たちの為なら喜んで死ねるもの」


そういって無理にほほ笑むが死の恐怖で一杯の今の心境にアランの言葉は相当こたえた。

 悲痛な意識と共にどんどん過呼吸になりかけていく。どうしよう、このままでは危険だ…。


「だれか!だれか!奥様が!」


 ベルカの絶叫に近い叫び声が聞こえる。

 そして私はまたいつかのようにそのまま意識を手放した。


 目が覚めるとベルカが心配そうな顔でのぞき込んでいた。


「ソフィア様!あぁ良かった本当に良かった」


 泣きながら私の手を握っているベルカの顔には疲れがみえた。きっと私が目覚めるまでここでずっとそばにいてくれたんだろう。心配をかけた事を心苦しく思う。


「もう大丈夫よ、体もなんともないわ」


「今治療師を呼んできます!」


 そういうと急いで部屋から出て行ってしまった。

ベルカが出ていったすぐ後で部屋のドアがノックされた。


「どうぞ」


 そういうとアランが部屋に入ってきた。


「大事ないか……その…すまなかった…」


 彼には珍しく腰が低くておどろいたが意識を失った原因を思い出すと彼に対してふつふつと怒りを覚えた。

 前世で一度出産という大仕事を体験しているせいでどれぼどの痛みを伴うのか知っている。

 今、医療技術が万全ではない世界での初めての出産を控えて、はっきりいって不安で怖くて怖くて仕方ない。叫び出したい気分なのだ。そんな極限での心境の中アランのあの言葉はさすがに堪える。


『あなたは死んでも構わない』と言われているようなものなのだ。


 そこまで言われるほど私はあなたに何をしたのかと問い詰めたくなる。あまりに理不尽な言葉にその感情は怒りに代わってしまう。

 収まらない怒りでいつものようにうつむいたりせずアランを睨みつけていた。

 いつもと違う私の反応にアランはとても驚いた顔をしていたが私はもう怒りで感情が爆発しそうだった。

 謝罪の言葉より今はもうそっとしてほしかった。もう顔も見たくない。顔を窓の方に向ける。


 きっと私の愛したアランはもうこの世界の何処にもいないのだろう。あの優しかった彼を私はもうずっと前に失っていたのだろう。もう今のアランに愛情はない。だってあれはまったくの別人だから。


 私はなんの返答もしないまま後はただ窓の外を見ているだけだった。


 その後すぐに来た治療師の診察で母子ともに異常はなかった。



 私が意識を失った日からすぐアランの両親が私の両親と共に屋敷に駆け付けた。

 アランの両親は凄まじい勢いで私と私の両親に謝罪していた。両家の話し合いの末これまでの態度による様々な出来事も問題になったアランにはそれなりの処罰をするようだった。



 数週間後、急な陣痛におそわれ出産という孤独な激闘がついに始まった。


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