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『おい、出口に誰かいるぞ。騎士の格好をしている奴らがいる。ここから逃げたらあいつらに捕まるんじゃないのか?』


『…。戻りましょう。もう一つ、別の逃げ道があるの、そこからまた逃げられるわ』


『あのワガママな王太子妃様はどうする』


『追われる身に落ちた彼女に利用価値はない、置いて逃げるに決まっているわ』


 中年の男と女主人はソフィアを引きずりながら、今きた道を速足で戻っていく。


『この通路の入り口がある地下室をでたらすぐに裏庭に向かうわ。そこにもう一つの抜け道があって外に出られる』


辺りをうかがいながら慎重に地下室をでると裏庭に続く廊下を歩いていく。先ほどまで大勢の足音が響き渡っていた廊下は静まり返っていて今は誰もいないかった。


「おい、不気味なほど静かだな。本当に大丈夫なんだろうな」


「ええ、そうね…。今は無事に逃げられることだけを考えましょう」


 ソフィアを無理やり引きずりながら歩かせて二人は何の問題もなくあっさりと裏庭にたどり着いた。


「よし、裏庭に着いたぞ。ここから何処に行くんだ?」


「一番奥の茂みまで行くと扉があるの。はやく行きましょう」


 しかし、ここで中年の男と女主人は激しく抵抗するソフィアに手間取ってしまった。


「くそっ!この女!大人しく従え!」


 激しく抵抗するソフィアの胸倉を乱暴に掴み、男が拳を振り上げた時だった。


「そこまでよ!!お前達はもう逃げられない」


 ロレインを筆頭に茂みの奥から騎士達がぞろぞろと出て来る。胸ぐらを掴まれているソフィアをみた瞬間カインは怒りに満ちた表情で中年の男を睨みつけて言った。


「彼女に何をするつもりだ? その手をすぐに放せ。お前ごときが気安く触れて良い相手ではない!」


 怒りを押し殺すように静かな声で男にそう言い放った。

 少し先を歩いていた女は既に騎士達に取り囲まれている。


「くそっ…!」


 女主人は観念したのか崩れ落ちるように地面に座り込んで項垂れている。


 一方で男の方は悔しそうな表情をした後、すぐに勝ち誇った表情を浮かべ出した。


「今すぐにソフィアを放しなさい!お前がどこの誰かも、今までの悪行も、もう全て調べはついています。抵抗しても無駄よ」


 ロレインはソフィアの胸倉を掴んだままの男に激しい怒りを覚えながらもここで冷静さを欠くわけにいかないと自分に言い聞かせた。慎重に冷静さを保ちながら騎士達に次の指示をだそうとした時だった。


「こうなりゃやけくそだ。この女がどうなってもいいのか?!」


 そういうと男は、ソフィアの胸倉を掴んでいた腕を彼女の後ろから首元に回し、もう一方の手で隠し持っていたナイフを取り出し、ソフィアの首元に向けた。


「おい、道を開けろ!この女の首を飛ばすぞ」


「…。今すぐ彼女を離すんだ」



 怒りで今にも爆発しそうなカインは地を這うような低い声で言葉を絞り出した。同時に密かに身体に忍ばせてあったナイフを男に気が付かれないように手中に移した。


「俺は本気だぞ。捕まるくらいならこの女も道連れにしてやる!」


 そういうと男は、狂ったように笑い出した。

 

「やめろ!母上を離せ!」


 アルヴィスが騎士達を振り切って男の目の前まで出て行くと男に向かって叫んだ。その隣にはユリウスもいて二人で男を睨みつけている。


「お前達、この女の子供か?ちょどいい、愛しい母親の最期をよく見ておくんだな」


 そういうと男は、羽交絞めにしているソフィアの首元に当てていたナイフを何の躊躇もなく振り上げた。次の瞬間無常にもナイフはその手から降りおろされる。


「やめろぉぉぉぉ!!!」


 一気に青ざめるアルヴィスは我を忘れて絶叫した。

 アルヴィスの悲痛な叫び声が響き渡る。


 ナイフがソフィアの首元目がけて振り下ろされた瞬時、カインは忍ばせていたナイフを渾身の力で男に投げつける。どこからか何かが砕けるようなものすごい爆音が聞こえてきて、まだ陽が高い空は何の前触れも無しに暗転した。











「やぁ。マリア。こんな所で何をしているの?」


 ノアはニコニコしながらマリアに優しく問いかける。


「えっ!?あの…。これは…。こっ、この人達に無理やり連れてこられたのよノア!とても怖かったのよ。こんなに大勢で私を助けにきてくれたのね!」


 そう言って駆け寄ろうとしたマリアをノアは何喰わぬ顔でサッとかわすして距離を取った。


「この人達って? 君の後には誰もいないよ?」


「…!? えっ!? どうして! さっきまで確かに後ろにいたのに!」


「ひょっとして、君を置き去りにして引き返したんじゃない? 可哀そうに…裏切られたんだね。それに、この扉は疑惑の渦中にあるモーリガン家に続いているんじゃない?そんな所に続いてる扉からこうして逃げるように出てきて一体君はどうしたの?」


「……それは…。実は私…、今まで囚われていて、たった今、こうして必死に逃げてきたのよ。誤解しないでノア。私、とても怖い思いをしたのよ?」


 弱々しい口調でそういうと、うるうるとした瞳をこちらに向けてくる

 その場にいた誰もが白けた表情を彼女に向けている。


 ノアはそんなマリアの様子に心底呆れながら、わざとらしくため息を付いた後、一呼吸おいて口を開いた。


「…。黙れ。今お前の立場がどうなっているのか俺が知らないとでも思っているのか?」


 さっきまで穏やかだったノアの口調は急に冷たいものになった。


「違うの!誤解なのよ!ノア!私を信じて!」


 泣きながらノアに抱き着こうとしたその時だった。


「マリア様! その男はなんですか!?」


 ガサガサと草を踏む音が聞こえて長い髪を一つに束ねた男が突然藪の中から現れた。よくみれば全身に酷いケガをしている。


「お前は!昨日俺達を襲った奴じゃないか!俺とやり合ったその傷でまだ生きていたのか!」


 ダリスは帯剣に下げている剣の柄を握ると素早く身構えて警戒態勢に入った。


「あいつはドリュバード騎士団の副団長で、マリアと交際していたんだ。マリアはずっとソフィア様を排除したかった。だからこの男はマリアにソフィア様の予定や行動の情報を密かに渡していたんだ。それに私とソフィア様はこいつに攫われたんです」


 ロディは男を見ながらダリスに説明をした。


「ドリュバード騎士団の副団長だって!? どうりで強いはずだ。自分の所属している家の奥方を攫うだなんて…あいつ!」

 

「マリア様…」


 男はフラフラとおぼつかない足取りでマリアの方に歩いていく。


「…! まだ、しぶとく生きていたのね。いやよ…。来ないで!ノア…。私、あの男に付きまとわれているのよ。助けて!怖いわ。私を愛しているって言っていたじゃない!」


 汚いものでもみるように迫って来る男を見ながらノアには媚びるような声色で近寄っていく。

 ノアは相変わらずそんなマリアを冷やかな表情で見ている。


「マリア様!私を裏切るんですか!?そんな男のどこがいいんだ!私はあなたをこんなにも愛しているのに!なぜ分からないんだ!」


 マリアのその態度に怒り狂った男の目は異常に血走っていた。

 そういうと突然ナイフを取り出しマリアにむかって突進していく。


「いや…!来ないで!」


 マリアは間一髪、男のナイフを避けた。しかしその代償に自身の腕は犠牲になったようだ。切られた箇所から血が滴っている。かわされたはずみでバランスを崩した男は勢いよく地面に倒れ込んで動かなくなった。

 突然の男の行動にその場にいた全員は呆気に取られたまま固まっていた。


「痛い…!助けて…!ノア!」


 マリアは縋るようにノアを見ている。


「あんた、この状況でまだ分からないのか?」


 そういうとノアは仮面を取り出してそれを被ってマリアに見せる。


「この姿、覚えていない?」


「…!その仮面は…ロレインの近衛!」


「正解」


「まさか…!その隣にいる男も…?以前王宮で偶然見つけて声をかけた記憶があるわ」


 マリアはダリスに目線を移すと、ダリスもすぐに仮面を取り出してつけてみせる。

 

「あの時は汚いものでも見るような目で俺達を見てくれたな。よく覚えているよ。相手の姿形でそんなに手の平を返せるものかと心底驚いたもんだよ。俺はあんたに取り入ってずっと監視していたんだ。まんまと騙されて滑稽だったよ。俺があんたを愛している?笑わせないでくれ。あんたは俺の知っている女の中で何もかも最低だったよ」


「そんな! 何で!? どうしてよ!? 私をだましていたの!? 酷いわ!」


 酷く取り乱したマリアは狼狽しながら泣き叫んでいる。


「酷いのはどっちだよ。あんた、今までどれくらいの数の人間を不幸にしたのか知っているのか? 人の想いも絆も全部踏みつけて壊してきたんじゃないのか?誰かの不幸の上にある幸せなんてあるわけがないんだよ。それに、どうだ?信じて愛していた相手に裏切られる気持ち、あんたみたいなクズでも少しは分かったか?今まで痛めつけてきた相手の痛みが」


「私は悪くない!悪くないのよ!私はただ誰よりも幸せになりたかっただけよ!!」


「なぁ…あんたにとって幸せってなんだ? 幸せの価値は他人と比べられるものじゃない。その価値は自分自身で決めるものだから。たとえ他人からみたらささやかなものでも幸せだと思える人もいる。あんたは満たされない心を自分自身で作り上げた幻想に求めていただけじゃないのか?まぁその幻想を俺があんたの目の前で演じていただけなんだがな…。愚かな女だよ…。自分のそばにあった、ささやかでも大切なものに気が付いていればもっと違った生き方があったのかもしれないのに」


「そんな事はない! ねぇ、後ろにいるのはルルドね! あぁ、ルルド。会いたかったわ。ねぇ…。私を助けてよ。小さい頃からずっと私の事好きだったでしょう? 貴方は私の事を決して裏切らないもの。今ならあなたの大切さが分かるわ…!」



 マリアは恍惚とした表情でルルドに歩みよろうとした時、ルルドの後ろからアンリとアリスが顔を出した。


「父さん…。この人…」


 不気味なものでもみるかのようにマリアを見ながら、アンリとアリスはひどく怯えている。


「ルルド!?この子達は!?私が忘れられないんじゃなかったの?…ねぇ!」


「マリア。もう全部昔の話だよ。今は愛する人がいて愛しいこの子達もいる。君はすでに僕にとって過去の人なんだ。僕にはもう守るべき大切な家族がいる」


 ルルドはマリアから子供達を守る様に自分の後ろに隠すと後ずさりしながら身構えた。


「その子、フローラにそっくりね…。まさかルルド、大切な人ってフローラなの!?」


「そうだよ」


「そんなっ! ねぇ…ルルド、嘘でしょう? どうして攻略対象者のあなたが悪役令嬢の手下なんかと結ばれているのよ…!ゲーム上、接点なんて全くなかったじゃない!」


「なにをいっているのか全然分からないよ。マリア…」


「どうして?どうしてよ!!じゃぁ…じゃぁ私はこれからどうしたらいいのよ!一人は嫌よ!!」


 そういうとマリアは真っ青な顔をしながら頭を抱えてうずくまった。


「マリア様、私がいるじゃないか…」


 突然、倒れて動かなくなっていた男がゆっくりと立ち上がった。


「どうして…、どうして私を選んでくれないんだ! ねぇ…私と死んで永遠に一つになろう?」


 マリアに向かって虚ろで悲し気な目を向けている。そういうと男は持っていたナイフを再び握った。次の瞬間ものすごい勢いでナイフを突き出しながら、マリアに向かって突進していく。

 突然の出来事で誰もがその場から動けない。ルルドだけはこれから起こる惨劇を子供達に見せまいと自分の着ているローブの中に二人を隠した。


 マリアは茫然とした表情で向かってくる男を見ている。男の持っていたナイフがマリアの胸に突き刺ささる瞬間、遠くから子供の絶叫が聞こえて、それと同時にものすごい爆音が不気味に轟くと昼間の空は闇に包まれていった。



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