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クローゼットを開けると目に飛び込んできたのは真っ赤な色のドレスだった。布の面積が異常に少なく見えるのは気のせいだろうか。ド派手な色と大胆なデザインのその服を着る度胸はない。慌てて他の服を探すとその後ろにはフリルとリボンの装飾がたっぷりついた甘すぎるデザインの服があった。色は派手なピンク色だ。その二着しかなかった。


 必死になって他に着られそうな服を部屋中くまなく探すが結局見つけられなかった。あきらめて二着の服がかかっているクローゼットの前に戻ると、どちらの服を着ようかしばらく真剣に悩む。どうしても決められない。どちらの服も着ることに躊躇するようなデザインなのだ。


 もういっそのこと、ネグリジェのままでいいのではないかと思えてしまう。しばらくの間悩みに悩んだ末、苦渋の決断でフリルとリボンの甘すぎる服を選ぶ。余計な装飾が多いせいか着てみると、とても重くて動きにくい。姿見が近くにあったが今の自分の姿を鏡で見る勇気は到底もてなかった。


 服装の事はとりあえず考える事をやめて、ここから外に出る事に意識を集中させる。入口の扉のドアノブを回すとすんなりと開いた。てっきり鍵がかけられていると思っていたので、すんなり部屋から出られそうな事に拍子抜けしてしまった。


 ドアを少しだけあけて用心深く辺りをうかがう。


『どうか誰にもこの姿は見られませんように…!』


 そう祈りながら慎重に部屋を出る。長い廊下がずっと向こうの方まで続いている。この部屋は一番突き当りにあることが分かった。廊下には値が張りそうな調度品と絵画がいくつも飾られてる。裕福な屋敷のようだ。

 

 足音をさせないように注意しながら慎重に廊下を歩く。

 長い廊下の突き当りでようやく階段が現れた。

 服が重くて動きずらいので慎重に階段を降りる。一階までもうすぐだと分かったとたん、下から誰かが登って来る気配を感じた。


 私は咄嗟に今いる階の廊下に逃げる。足音はどんどんこちらに近づいてくる。

 どうしよう…。誰かに見つかって万が一連れ戻されるのは嫌だし、明日あの男に連れて行かれるのはもっと嫌だ。それ以前にこの甘すぎるデザインの服を着ている姿だけは誰にも見られたくない。死にそうなくらい恥ずかしい。


 そんな事を考えていると足音の主がもうすぐこの階に上がってくる。

 もうだめだ。誰かに見つかるくらいなら…。そう思って適当なドアノブを回すとすんなり扉は開いた。


 幸運な事に部屋に人がいる気配はなかった。沢山のシーツやタオルなど、布製品がびっしりと棚に詰めてあって、天井から擦るされたポールには使用人が着る様々な制服がズラリとかけてある。どうやらここはリネン室の様だった。

 部屋に入ってしばらくじっとする。足音はこの部屋の前を通り過ぎていく。危なかった。

 ホッとしているのもつかの間、バタバタと大勢の足音が扉の向こうから聞こえた。


「おい、奥様がお呼びだ。使用人全員をホールに集めている」


「一体なにがどうしたっていうのよ」


「なんでも重要な書類が盗まれたらしいんだ。今一人一人にここ数日のうちで何か異常はなかったか、怪しい人物はいなかったのか尋問しているようだよ」


 通り過ぎる人の会話からこの屋敷の使用人達は全員、今からホールに向かうらしい。

 これなら誰にも見つからずにこの屋敷を抜け出せるだろう。


 私が部屋にいない事が知られないうちにこの建物から逃げ出したい。

 なんとしてもあの男に連れて行かれる事は避けたい。ここから早く逃げ出そう。

 でも、その前に着替えをしたい。余計な装飾のせいで重くて動きにくいのだ。都合の良い事にここには服が沢山ある。動きやすそうなメイドの服を選ぶと素早く着替える。さっきまで着ていたド派手なピンク色の服はランドリーボックスに入れておく。長い髪は高い位置で一つにまとめて縛ると随分すっきりして動きやすくなった。辺りを伺って慎重にリネン室から出ると一階に降りていく。適当な部屋の窓から無事に外に出る事が出来た。

 屋敷の外に出ると今度は敷地内から出る方法を探した。


 屋敷のまわりは高い塀で囲まれていたが、どうにか外に出られる場所はないのか探してみた。

 よく目を凝らして見ると、一か所だけ塀の上部が一部欠けている箇所があって、何かで擦れた後がある。 あれはなんの後だろうと不思議に思うがまさかあんな高い場所に登って向こう側に行ける訳もなくそれ以上その箇所について考えるのをやめた。


 屋敷の正面にはひときわ大きな門が見える。どうやら出入口はそこだけのようだ。とりあえずあの門まで行ってみようと歩を進めた。


 重厚な正門の前に着く。一人では到底開けられそうもない。ふと、すぐ横に小さな扉がある事に気がついた。

 ここから出られるだろうかと思った時、向こう側から声が聞こえる。


「聞いたか? 屋敷で需要な書類がなくなったらしい。なんでも隠し扉を開けられたようだ。いつ盗まれたのかは不明らしい。ここ数日のうちだそうだ。今屋敷の使用人が集められて尋問を受けているようだよ。俺達門番も後で話を聞かれるそうだ。尋問を受けた御者の話では奥様はものすごい剣幕で犯人と書類を捜しているようだ。よっぽど隠しておきたい書類だったようだな」


「そんな状態で尋問されるのか…。気が重いよ。そういえば最近、衛兵達が騒がしくないか?慌しく集めれられては出かけていくが…。最近何かあったのかなぁ」


「さあなぁ。衛兵といえば、最近あいつを見かけないな」


「あいつ?」


「あいつだよ。衛兵のダリス」


「あぁ。ダリスか。そうだな。前はよく見かけたのに」


「ここの屋敷の使用人は勤めてもすぐ辞めるからな。きっとどこかで元気でやっているさ」


「そうだな。きっと元気でやっているな。そういえばこの間、奥様が帰ってきた時に俺、みたんだよ」


「何をみたんだ?」


「それがさ、偶然車内が少し見えて、眠っている上等の美しい女が乗せられていた。この辺りではまずお目にかかれないレベルだよ。あの美女はまだこの屋敷のどこかにいるんだろうか。是非また見てみたいものだ」


 話の内容で相手は門番のようだ。しかも二人いる。

 小さな扉から出ても彼らに見つかるだろう。ここから向こう側に出るのは止めた方がいい。

 そう思って踵を返した時だった。


「こんな所にいたのか…。そんな格好をして…。手間をかけさせやがって!」


 振り返るとそこには今朝会ったあの気味の悪い男が立っていた。


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