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マリアの話6


 彼との出会いは衝撃的だった。

 初めて出会ったあの日の出来事は決して忘れられない。それほど私は彼に運命を感じた。


 アランの部下でドリュバード騎士団の副団長の男との関係に最近飽きてきた頃だった。

 彼は私の気持ちがすでに自分に無い事に気が付いているので、いつも縋る様に私を見てくる。本当に鬱陶しい。早く別れを切り出したい。


 あの晩私は最近気になっている別の男に会う為に城を抜け出していた。


 彼との待ち合わせ場所に行く途中だった。前方に騎士の後ろ姿が目に入った。騎士に見つかると即連れ戻されるので私は咄嗟に身を隠した。他に騎士がいないかしばらく辺りを警戒して様子を窺う。彼に視線を戻し暫くじっと見ていると僅かにその横顔が見えた。見た事がない顔の美形だった。


 見つかって連れ戻される事よりもこれから会う男よりも、私は彼に興味を抱いてしまった。気が付かれないように慎重に距離を詰めながら後をつける。十分に距離を詰めると私は思い切って彼の後ろから声をかける。声をかけた途端ピタリと歩みを止めたその騎士は少し間を置いてからゆっくりと私の方に振り向いた。


 無表情ではあるが刺すような鋭い視線で私を見てくる。とても整った顔をした可愛らしい顔のまだ若い騎士だった。さらさらとした栗色の髪がとても綺麗だった。

 そのうち私が誰なのか気が付いたようだ。一瞬驚いた顔をした。  


 私は彼に興味をもった。美形の騎士など、ここ最近私の周りでめっきり見かけなくなったからだ。気がつくと顔の良い騎士は、アランとロレインの近衛のカインだけになっていたのだ。攻略対象者だけあってアランはやはり目を引くほど美しい。しかし、もう随分前から私に笑顔を見せなくなっていた。以前のように笑いかけてくれる事はなく、いつも私の前では無表情を貫き、必要な時以外はまったく口を開かなくなってしまった。そんなアランに嫌気がさして、私は彼を再び近衛から外したのは最近の出来事だ。


 一方でモブキャラではあるがロレインの近衛であるカインは、アランと引けを取らない容姿の持ち主だ。しかしロレインの近衛なので主にいつも離宮にいる。彼に近づく事は非常に難しい。それでも前に数度、カインが騎士達の指導をするため、王宮に来ていた事があった。目ざとく見つけて話しかけたが取りつく島もなく、上手くあしらわれてしまった。それでも、物腰が柔らかで紳士的な性格の彼をどうにか攻略できないかと何度か試みた事があったが、どうにも上手くいかなかった。そのうち私が唯一苦手なロレインが、従者を介して苦言を呈してきたので面倒な事になる前に私はカインの攻略を諦めたのだ。


 それでも、もう一度美形の騎士を私の近衛につけたいという願望が常にあった。

 今、目の前にいるこの騎士を傍に置きたい。そんな願望から私は無意識に彼を見つめて、あの力を使おうとしていた。


 そこに颯爽と現れたのが彼だった。

 突然後ろから声がして振り向いた私は驚いた。今しがた出会った騎士も美形だが後ろにいる男も騎士の格好でそれでいて中性的なとても美しい顔立ちをしていたのだ。少し長めの薄茶色の髪。癖があるのか緩くウェーブが掛かっている。タイプの違う美形が突然もう一人現れたのだ。


「あなたは王太子妃様ではありませんか! 何故このような時間にこんな所にいるのですか!? 何かあったら大変です! さぁ早く城の中に戻りましょう。誰か! 誰かいないか!」


 そういうと突然私を横抱きに抱えた。私を早く城の中に連れ戻そうとしている。その必死な様子から私の事を真剣に心配してくれているのが伝わった。

 颯爽と私を横抱きに抱えて走り出す彼の顔は今まで出会ったどの男よりも綺麗な顔をしていた。私はその一瞬で彼に心を奪われてしまった。

 ほどなくして彼は私を近くにいたメイドに引き渡すと先ほどの若い兵士と共にその場からすぐに姿を消してしまった。


 あんなに顔の良い、とびきりの美形の騎士などいただろうか。

 あの兵士にまた会えるだろうか。彼を私の近くに置きたい。

 兵士の人員を統括しているアルフォンスに聞きに行くも激務が続いているせいか、いつも非常に機嫌が悪い。話しかけるが無言で一瞥されるだけだった。

 仕方ないので他の騎士に聞いて回る。しかし、皆口をそろえて分からないという。

 同じ制服を着ていたはずなのに知らない事などあるのだろうか。皆私に何かを隠しているんだろうか。

 どんなに聞きまわっても一向に情報が掴めない彼は本当に存在したのだろうかと不安になる。本当に彼と会ったのかそれとも夢でも見ていたのかよく分からなくなっていた。その一方でどんなに探しても会う事ができない彼への想いは日に日に強くなっていく。

 そんなある日の事だった。


 私が探し求めていたあの兵士が突然私の前に現れたのだ。私の名を呼び、私の目の前まで来ると跪きながら顔を伏せる


「先日は大変なご無礼をいたしました。城に連れ戻す為だったとはいえ、許可なくあなた様に触れ、抱きかえてしまった事をどうぞお許しください」


 私はとても驚いた。まさか現実にまた会えるなんて。私の心は一機に舞いあがった。


「あなたはこの間の騎士ね。覚えているわ。もういいから顔を上げてちょうだい」


 跪きながら私を見る彼は見れば見るほど魅力的だった。

 もう一度会いたくて仕方なくて、探し求めても手がかりすら見つからなかった彼は、幻でもなく今私の目の前に確かに存在してる。


「あなた、名前は?」


「はい。私はノアと申します。先日からここの王宮騎士として仕える事になりました。今しがたやっと連日泊まり込みで行われていた新人騎士の強化訓練が終わり戻って参りました。あの時の謝罪をしなければと思い、すぐさまここまで来てしまいました」


「そう、泊まり込みの訓練だったのね。だからあれから貴方の姿を見つける事が出来なかったのね」


 今まで見つけられなかった原因が分かり納得して安心した。

 それから王宮内で彼の姿を見るようになる。彼は私を見つけると、きまって笑顔を向けてくれるようになった。会話も増えていった。

 明日も姿を見る事が出来るだろうか。その時また私に笑顔を向けてくれるだろうか。いつも彼の事を考えるようになっていった。自然な初々しい恋をしているようで毎日がとても楽しい。彼の事を考えながら過ぎていく時間さえも愛おしく感じた。毎日少しずつ距離を縮めながらお互いを知っていった。だから彼には魅了の力は一切使わなかった。この純粋な恋を壊してしまうかもしれないと思ったからだ。


 彼はいつも私の話を笑顔で聞いてくれる。いつも私が欲しい言葉を必要な時に与えてくれた。彼と出会う前はいつも何かが足りなくて満たされなかった。突然激しい虚無感に襲われて不安でたまらなくなる感情の波は彼と出会ってから次第に無くなっていった。いつも暖かく満たされている感覚が心地よかった。こんな恋は初めてだった。初めて魅了の力がなくても本当の私のままを愛してくれる人に出会えた。今、初めて私は幸せだと思えた。


 きっと彼こそ、私の求めていた人なんだと確信した。運命の人。私にとっての白馬に乗った王子様。彼の為ならなんだってしようと思えた。彼以外もう誰もいらない。


 今まで付き合っていたアランの部下の男はもう必要ないし元々飽きてきた頃だった。これまでの男達同様早く別れを告げようと思う。

 それから数日後、あの男に別れを告げる為いつもの密会場所に行く。早く終わらせてノアに会いたい。

 そんな事を考えていると部屋の前に着いていた。ドアを開けると薄暗い部屋の中央であの男の後姿が目に入った。私が部屋に入ってきたことに気がついて男は笑顔でこちらに振り向いた。その笑顔に心底うんざりしていると、ふと男の足元に何かある事に気が付いた。薄暗い部屋の中ではそれが何かすぐには分からなかった。

 それでもよく目を凝らして見る。よく見るとそれは人だった。驚きで声が出ない。彼の足元には二人の男女が意識を失った状態で横わたっていた。

 私は茫然とした。さらによく見ると男の方はアランの従者のロディ。女の方はソフィアだった。


「前からこの二人がほしかったのでしょう…?良い機会だったのでお望み通りお連れしました」


「えっ…?」


「……だから私を捨てないでくださいね?」


 男と二人だけの薄暗い部屋の中で私にそういって笑いかけてくる。

 寒気がした。


 ちょうど昨日フローラが生きている事が分かった。その上、王都に来ているとういう情報をこの男からもらったのだ。

 正直、フローラが生きていた事に驚いた。報告では未だ記憶喪失のままだという。ドリュバード家に来ているとこの男から再び連絡を受けた。そこで私はオズワルドに目をつける。最近王都に戻ってきていると噂で聞いていたのだ。少し前から彼も懸命にフローラを探している聞いていた。今になってやっとフローラを手放した事を心底後悔しているのだろう。


 そこで私はオズワルドに、喉から手が出るほど欲しいフローラの居場所を教える代わりにソフィアをさらってくるように提案をした。

 ソフィアに関してはあの件があって以来屋敷の中でも密かにロレインの指示による警護が徹底されていたのだ。あの時は後一歩のところで目障りなソフィアを消す事に失敗したのだ。頭の良いオズワルドならフローラの情報を手に入れる為必死になってソフィアを攫ってくるだろうと思っていた。


 しかしそれはもっと先に実行されると思っていたのだ。ソフィアを連れてきた後の手配もまだ完了していなかった。そんな状態でこの男はそれをやってしまったのだ。その上問題がまだあった。ロディも攫ってきた事だ。ロディに対する執着はノアと出会って以来、もう全くない状態だった。今頃二人が居なくなった事でドリュバード家は大騒ぎをしているのだろう。何てことをしたのだろうこの男は…。


「…マリア様? どうしました? 私を突き出しますか? そうはさせませんよ。私は貴方にソフィア様襲撃を命令されたとこの誘拐だって指示されたと証言してもいいんです。いやでしょう? これからあなたは私から一生離れられない運命なんだから」


「でも、あなたの言い分なんて誰も信用しない」


「そうでしょうか? ロレイン様はもう何か感づいていますよ? 私が証言すればどうなるんでしょうか。まぁ…落ちるときは貴方と私は一緒です」


 モゾモゾと地を這う気味の悪い虫が私の体に纏わりついているような感覚だった。いくら懸命に払ってもそれは私の体に何度も這いつくばってくる。

 この先、この男から逃れる為にはどうしたらいいのだろう。

 悪い事に相手は手練れの騎士だ。力では到底かなわないし他の男を使っても簡単に消す事も出来ない。おまけに弱みも握られている。目の前が暗くて重い感覚を覚える。


 この日から私の運命は徐々に狂い始めていく。



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