ダリスの話4
5年前の幼い自分と比べる。兵士団まで必死の想いで一人きりで歩いた道のりも今は一人ではない。りっぱな馬車に乗って王都へ続くその道を戻っている。道中、金が無くて食べるものに必死だったが今は多少の金は持っている。体も大きくなって強くなった。出来る事が増えたし俺自身の変化に自信を持つことが出来た。
もしフローラを無事に見つけて幸せではなかったら攫ってこれる力も、食わせていける甲斐もある。
あの時必死の想いで歩いて見ていた景色を馬車からぼんやり眺めながら俺はそんな事を考えていた。昼過ぎに王都に到着した。こちらは既に初夏へと季節が移ろいでいて爽やかな青空が眩しかった。王宮の門をくぐり今はロレイン様がいるこの離宮に来ている。到着するとすぐに騎士の制服が渡されて着ていた黒い制服を脱ぐ。これはもう着る事はないだろう。そう思うと少し寂しい気持ちがする。
「おい、お前達、準備は出来たか。行くぞ」
カインさんが俺達を呼びに来る。
「はっ。はい!」
俺は慌てて返事をする。羽織ったマントがハラリと揺れる。着なれない白い騎士の正装をした自分が鏡に映る。まるで違う人間を見ているような不思議な気分だった。
同じように騎士の正装をしたノアはそんな俺の様子を見てクスクス笑っている。
「そのうち馴染んでくるさ。さぁ行こう」
いよいよだ。ついにロレイン様に会える。これでフローラの行方が分かるかもしれない。俺は逸る気持ちを抑えられないでいた。
カインさんを先頭にノアと並んで長い廊下を歩く。ロレイン様がいる執務室はこの先だ。
これから彼女に挨拶に行く。
「いいか。お優しい方だが粗相がないようにするんだぞ」
そう言って通された部屋は女性らしい雰囲気で可愛らしいものが置かれていたりした。部屋の奥には執務用の大きな机があり書類がトレーごとに置かれていて、そのどれもが分厚く積みあがっていた。部屋はとても可愛らしい内装なのにその机の上だけは別世界のように書類で埋め尽くされ殺伐としていた。その中に埋もれるように女性の姿が見える。
彼女は何やら忙しく書き物をしている。
「ロレイン様。新しく近衛になる騎士達を連れてきました」
「あぁ。カイン。連れて来てくれたのね。ありがとう」
そういって顔を上げた彼女は噂に違わない、妖精のようにとても綺麗な人だった。
彼女はイスからゆっくりと腰を上げると、にこやかな表情でこちらに近づいてくる。
「ロレイン様。こちらが今回兵士団から連れてきた者達です。右がノア、左はダリスと申します」
「ノア。ダリス。急な申し出をよく引き受けて来てくれたわね。ありがとう。感謝します。あなた達に会えてとても嬉しいわ。これからよろしくお願いします」
ロレイン様はとても嬉しそうな笑顔で俺達に言葉をかけてくれた。
やっと彼女に会う事が出来た。俺はこれでフローラの行方が分かるかもしれないと思うといてもたってもいられなかった。
俺は思わずロレイン様に駆け寄る。
「無礼を承知でお聞きします。ロレイン様!フローラを…。フローラ侯爵令嬢の行方をご存じありませんかっ!」
そんな俺をカインさんが瞬時に止めに入る。
「っおいっ!!」
「カイン。いいのよ。少し落ち着きましょう。ダリス、あなたはフローラを知っているの?」
俺を落ち着かせる為か彼女はゆっくりと穏やかにそう俺に尋ねる。
彼女の落ち着いた話しぶりに俺は次第に自分を取り戻していく。
「…。大変な無礼を申し訳ありませんでした。私は彼女の友人です。」
そういって事情を話し始めた。
「そう…。そんな事があったのね…。実は私もあの日からあらゆる手段で彼女の行方を捜しているのよ…。この話は後程ゆっくりとしましょう。今はこれから私の近衛になってくれる貴方たちともう少し話がしたいわ」
「それでまずお願いがあるんだけど。人目につく場所では、これを必ずつけてほしいの」
そういって差し出してきたのは白い仮面だった。
「ロレイン様、これはどういう事でしょうか…?」
「あなた達の容姿が良いから危ないのよ」
「は!? どういう事ですか?」
彼女の言っている事が全く理解できなかった。そんなロレイン様と俺達の問に彼女の従者が慌てるように割って入る。
『ロレイン様、こちらの書類の確認をすぐにお願いしたいのですが…』
「あぁ、これは急がないとダメね…。仕方ない…。わかったわ」
「二人ともごめんなさい。急な仕事が入ったわ。後はカインから事情を聞いてね」
深いため息をつくとロレイン様は忙しく机に戻っていった。
別の部屋に移されてすぐ俺は先ほどロレイン様に詰め寄った一件で真っ先にカインさんから厳しい注意を受けた。その剣幕は相当なもので自分でも当然な事だと思った。
一度ロレイン様に呼ばれてカインさんが退室する。
俺達だけ部屋に残されるとすぐにノアが話しかけてきた。
「おいおい。あれほど冷や汗をかいた事は俺の人生で一度もないぞ。カインさんからの注意もあの程度で済んで良かったよ」
「心配かけてすまない…。俺も反省しているよ」
「ロレイン様がお優しい方で良かったよ。それに噂通り妖精のように美しい人だった。あんなに綺麗な女性を俺は今まで見た事が無い」
「そうだな。優しくて綺麗な方だった」
「…前にお前、俺に言った事あるよな。覚えてるか? 今までこの人だけ要れば良いって女性に出会わなかったのかって」
「あぁ覚えてるよ。突然どうしたんだ?」
「俺、今日その女性に出会ったよ」
「はぁ?…えっ!? いつの間に? 今日会った女性ってロレイン様しか記憶にないぞ」
「そのロレイン様だよ」
「……へっ!? …!」
突拍子もない言葉に俺はつい変な声を出してしまう。
「俺、ついに運命の人を見つけてしまったよ…」
ノアは何かを悟ったような晴れやかな顔をしている。
「そっ…そうか…。ノア…。…ものすごい人相手に運命の人を見つけてしまったんだな…。それ絶対成就しないぞ?」
ノアの思ってもいない言葉に俺は驚きすぎて動揺する。
「あぁ良いんだ。彼女のそばに居られればもう何も望まないし他の女もいらない。一生彼女の為だけに生きるよ」
そういった彼の表情はとても清々しい。嬉しそうにそう俺に話しをしている彼はとても幸せそうだ。
「……。ノアの破天荒な恋愛遍歴がそんな結末を迎えるなんて思いもしなかったよ…」
俺はそんなノアの変わり様に驚きつつも彼の行く末を見守ろうと思った。
(明けましておめでとうございます。昨年は沢山のコメント、誤字脱字報告をいただきまして誠にありがとうございました。日々感謝しております。今年もよろしくお願い致します。 麦 若葉)