ロディの話1
※R15 残酷な表現があります。苦手な方はご遠慮ください。
長い屋敷の廊下を主人であるアラン様の少し後ろを歩く。
玄関がある広い空間へ出るといつものようにアラン様の奥方であるソフィア様がお見送りの為控えていた。アラン様の姿を見つけるといつも何かに耐えているような苦しそうな悲しい表情をする。
学園に上がる前は仲睦まじかったのに今のこの現状に胸が締め付けられる。
ここでお世話になる前、私は両親と旅芸人をしていた。
一座の団員だった両親は仲間達と町から町へ巡業していた。
人気の一座だったのでいつも街では大盛況だった。
歌姫だった母はとても美人で看板スターだった。父は楽器の名人だった。そんな両親に憧れて自分も将来彼らのように芸を磨き一人前になりたいと思っていた。
ある日いつものように街から街へ移動中、突然現れた賊に襲われた。
両親は躊躇なく惨殺され他の団員も次々に殺されていった。子供達は一か所に集められ一人一人殺されていった。
最後に残った私はついに次は自分の番だと諦めかけた時、偶然にも近くを通りかかったアラン様の父親である侯爵様の騎士団によって賊は討伐され間一髪で命を救われたのだった。
その日から私は侯爵様に拾われアラン様の従者として侯爵家に仕えることになる。
命を救ってもらいその上行き場を失った私を拾ってくれた侯爵様に精一杯お仕えようと私は心に誓った。
しかし従者になって間もない頃、両親が惨殺されたあの日の悪夢を毎日夢に見ていた。
侯爵様に命を助けてもらったことは感謝しているが何故自分だけがのうのうと生きているのか、あの時両親や仲間達と一緒に殺されていれば良かったのかもしれない。そう思うようになっていた。
そうして毎晩地獄絵図のなかに聞こえる泣き声や、断末魔に魘され続け精神的肉体的に限界だった。
あの日顔色が悪いからと休むように言われ使用人寮に戻る途中だった。ふと庭で咲いている花の中に母が好きだった花を見つけた。
しばらくその花を眺めていると無意識に母がよく歌ってくれた歌を口ずさんでいた。
「綺麗な声ですね」
ふいに後ろから声をかけられ飛びあがるほど驚いたが振り向いた先に穏やかに笑う可愛らしい少女がいた。その方がソフィア様だった。私が9歳の時だった。
「ねぇ迷惑じゃなかったらもっと歌を聞かせてほしいのですが・・」
少しはにかみ、恥ずかしそうに私の返答を待っている。
思いがけない問にしばらく茫然としていると彼女は真っ赤になって焦り始めた。
「えっと…す…すみません…」
「…はい…!私の歌でよければ…」
慌てて返答すると彼女はぱっと花が咲いたように笑った。
とても嬉しそうな顔で自分の歌を聞いてくれた。
そうしてその日を境にソフィア様が屋敷を訪ねると、決まって私に歌を歌うようにお願いをしてきては嬉しそうに聞いてくれるようになった。
こんな私でも誰かに少しでも喜んでもらえるなら生きている意味はあるのかもしれない。
そう思えるようになった。
それから少しずつ悪夢を見る回数は減っていき私の体調もしだいに良くなっていった。
以来、私に向けられる無邪気な笑顔が日に日に私を悩ませる事になる。
あの日から少しずつ大きくなってしまった恋心はアラン様との婚約が決まった時から懸命に蓋をした。
彼女が嫁いできたら近くで彼女の幸せを見守っていようと心に決めていた。
「ところでアラン様、なぜ先ほどソフィア様に性根が悪いなどと言ったのですか?」
ここにアラン様がソフィア様を冷遇している原因があると思った。
「あの女は学園にいた頃、裏でマリアを陰湿にいじめていたのだ」
アランが平然と答える。
「アラン様が直接現場を見たのですか?それとも誰かがそのような事を言ったのですか?」
衝撃の言葉に冷静さを欠いてしまった。
「いや、現場は見ていないがマリアから直接聞いた」
「証拠はあるのですか?ご自分で真偽を確認されたのですか?」
私はさらに問いただす。
「証拠なんてない。あの女がうまく隠したんだろう。マリアが泣きながら訴えてきた」
アランが吐き捨てるように言う。
この人はいつからこんなに盲信的にあの女性を信じるようになったのだろう。
警戒心が強く、中々人を受け入れようとしない性格で特に女性に向けてその傾向は強く、家族以外ソフィア様ただ一人自ら受け入れ愛情を注いできたはずなのに。
私はソフィア様がマリア様をいじめてなどいないと確信している。
「アラン様、その件はすぐに真偽を確認する必要があります。このままではそのうち必ず彼女を失いますよ」
「俺は今でもこれから先もマリアを想い続ける、子供さえ出来れば後はソフィアがいなくても別に良い」
その言葉に再び唖然とする。
「このままではあなたはいつか必ず後悔する日が来ますよ!」
拳を強く握りしめ、アラン様に殴りかかりたいほどの怒りをなんとか抑えた。
握りしめた拳から血が滲んでいる事に気が付いたのは暫くたってからだった。
同時になぜ自分にはソフィア様と釣り合うだけの身分がないのだろうと絶望する。
今の彼女の状態をただ見ている事しか出来ない自分に苛立つ。
突然、閉めた扉の向こうで悲鳴が上がった。
ソフィア様の侍女のベルカが慌ててソフィア様の名を呼んでいる声が聞こえた。