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ダリスの話2


 やる気がある者全てにその門は開かれる。

 ノアが言っていた事は確かに嘘ではなかった。

 問題はここから先だった。


 門の先の広場には俺の他に国中からここを訪れた希望者が数多く来ていた。半年に一度あるこの兵士団の志願が受け付けられる期間に俺はギリギリで到着できた。俺たちは一か所に集められ上官の兵士から軽い説明を受ける。明日から早速訓練が始まるようだ。説明を受けた後書類に名前を書き、手続きをする。

 遠方からこの場所に来ている者が大半なので、明日から始まる訓練に備えて早いうちから宿泊用の大部屋に通される。長旅で野宿が基本だった体は随分汚れていた。見かねて係の兵士が俺を風呂場に案内してくれる。

 体がさっぱりして戻ると今度は食堂に夕食が用意されていた。すでに兵士希望の男達がそこで食事を取ってる姿が見える。十分な量の温かい食事が提供され俺は久方ぶりに満足な料理で腹を満たす事ができた。夜は安全で暖かい寝床が提供されその晩はすっかり熟睡してしまった。


 問題はその翌日から始まった。


 早朝のまだ早い時間からそれは始まった。けたたましいベルの音が部屋中に鳴り響くと係の兵士に急いで支度をするように促される。そうして入団希望者達は門の外にある肌寒い森の入り口に一か所に集められた。


 この瞬間から想像を絶する過酷な試練が始まるなどその場にいる誰もがおそらく想像もしていなかっただろう。係の兵士からこの先の試練についての説明を受ける。ここから先、己の知恵と力と行動で一か月この森でサバイバル生活をするようだ。食料は提供されない。自分で調達する。集団行動は厳禁。武器と着火道具は支給された。あくまで自己責任なので始まる前にここで脱落もできる。すでに数人脱落していった。

 命の危険が迫った時や脱落したい時などはすぐに狼煙を上げるように言われた。


 身分や地位などここではまったく関係ないし子供でも容赦されない。森の中には危険な魔物や獣も潜んでいて闘い慣れていない俺はそいつらとの戦いで何度意識が飛びそうになったのか分からない。毎日決まった時間に生存確認のため集められるのだが同じように試練を受けていた俺よりも年が上の男達が次々と脱落していく。毎日一人また一人とここを去っていった。


 そうして一ヶ月間。俺はそれに耐えぬいた。当初ここにいた人数の大半はもういない。数人が残っている程度だった。

 こうして過酷な試練を耐えたのちに残った者達は晴れて正式に兵士団に迎え入れられた。

 入団して初めて兵士団員に紹介されるのだがその兵士団員の一人にあの剣士、ノアがいたのだ。

 相変わらず兵士に見えない、中性的で綺麗な顔が軟派で軽そうな印象を与えていた。


「よう!ダリス!待っていたぞ!」


 彼は兵士団員がいる中からそう俺に叫ぶと嬉しそうに笑っていた。


 入団式で兵士団の真っ黒い制服が手渡される。背中にある銀色の刺繍で施された兵士団の紋章がとても誇らしく見えた。


 あの過酷な試練で基本的な体力や筋力が付いたのか兵士団に入団してからの訓練はあの試練ほど苦ではなかった。

 俺の年では珍しいのか周りには俺と同じ年頃の兵士はいなかった。ノアは俺が入団したその日からすぐに目をかけてくれてここでの生活の事や訓練のアドバイスなど様々な事を教えてくれた。いつもお道化たような軽い話し方や態度は相変わらず兵士に見えないが彼はこの兵士団の中ではかなり上位に名前が挙がるほど強かった。


 そんな日々の中、通常の訓練が終わってからひっそりと独自に過酷な目標を課して鍛錬を繰り返し行っていた。日に日に体が悲鳴を上げていくのが分かったが俺は構わずそれを続けた。一日でも早く力をつけたくて俺は焦っていた。


「おい!お前!今すぐそんな無茶苦茶な鍛錬は止めろ!」


 動きを止めて振り返ると俺の後ろにはノアが驚いた様子で立っていたのだ。


「おいっ!そんなに焦って毎日鍛錬をしてどうするんだ。まだ体がしっかり出来上がっていないお前の年齢ではこのままそれを続けたら体がおかしくなるぞ。もっと落ち着いたらどうだ。そんなに焦ってどうするんだよ」


 ノアはよほど心配しているのかその目は珍しく真剣だった。


「俺は早く力をつけたいんだよ。早くあいつを見つけてやらないと…。どこかで辛い思いをしているかもしれないんだ」


 俺はフローラが今どうしているのか不安で心配で毎日仕方なかった。その様子が俺の仕草に現れていたのかノアが俺に聞いてきた。


「待て。少し落ち着け。俺に詳しく事情を話して見ろよ」


 そういわれてしばらく俺はフローラの事を話すのを躊躇っていたがやがてノアの真剣な表情に負けてポツリポツリと話し始めた。


「そうか…。そういう事情があったのか…。初めて会ったあの時に言っていた事はそういう事があったからか。でもなぁ。ダリス。そんな事をして体が取り返しのつかない状態になったらどうするんだよ。その子を助けに行けないぞ。ましてやそんな事をして体を壊してしまったらその子は悲しむんじゃないか?」


「……。」


 俺は自分の愚かさに気が付いてノアの言葉に返す言葉が見つからないでいた。


「こんな事はもう絶対やめろ。自分の体をもっと大事にしないとダメだ。これからは俺がちゃんとした鍛錬の仕方を教えてやるから。それに…。いつか俺もその子を探す事に協力してやる。いつでもお前の味方だし、いつでも助けになるから。だからもう焦るなよ」


 そういって俺の頭をポンと叩いて優しく笑った。


 ノアに諭された日から自主鍛錬のやり方を彼に教えてもらった。見直したやり方で鍛錬を続けると成果はみるみる上がっていった。そのうち自分より年上の兵士を簡単に負かすようにもなっていった。そのうち真剣も扱う事ができるようになって俺のモチベーションは日に日に上がっていった。


 そんな日々の中、入団してから目をかけてくれるノアと宿舎の部屋が一緒になったのだ。


「これから同じ部屋だな。よろしく」


 その週の休みの日、俺はノアに誘われて近隣で一番大きな町へ息抜きに連れて行ってもらえる事になった。

 王都ほどの活気は無いが賑やかな町の様子に俺は久々に少しわくわくしていた。

 賑わっている通りを歩き始めるとすぐに綺麗な女性が何人か次々とノアに熱い視線を寄せては親し気に声をかけてくる。

 その誰もがノアに自身の体を密着させてはうっとりとした目線で彼を見つめるのだ。


「ねぇ、あの人達ノアの何?やけに親密な関係にみえたけど…」


「あぁ。関係ねぇ…。そりゃ決まってるだろう。そういう関係だよ」


 呆気らかんと何の問題もないようにそう言い放つノアに俺は思わず苦言を言う。


「ノア…。いつか彼女達の誰かに刺されて死ぬよ…」


 俺はあの屋敷にいたころ、庭でシェリーと談笑している時、俺達が近くにいる事に気が付いていない男女がなにやら揉めている光景を目撃した事があった。女の方は凄まじい剣幕で男を責め立てていた。会話の内容からどうやら男の方に他に恋人がいたらしい。シェリーはその光景をみて男の方に渋い顔を向けていたのを思い出す。

 そんな事を思いだしながら半分呆れて彼を横目に見る。


「俺が刺されて死んだらお前の手で丁重に葬ってくれよ」


「はぁ!? 嫌だよ。そんなクズ野郎の遺体なんて踏みつけてそのへんに放置してやるよ」


「つれないねぇ…。それにもう刺された事はあるぞ」


「はぁぁ!? あんたあんなに強いのに何刺されてるんだよ」


「まぁ若かりしときの話だよ…。その経験で今は刺されない方法を学んだから大丈夫だぞ。もう刺されるなんて下手な恋愛はしないよ」


「そういう学びかよ! 反省しろよ。それに若かりしときってあんた今何歳なんだよ」


「17だけど?」


「あんた17歳だったのか!?」


「いったい何歳の時に刺されたんだよ…」


「あれはいつだったかなぁ。15歳の時だったかな?」


「そんなに昔の事でもないだろうが」


「ノア、今までこの人だけ要ればそれでいいっていうほど好きだった女性はいなかったのかよ」


 俺は本気で少し心配になったのと半分興味があってそんな質問を彼にしてみた。


 長いため息を一つしてノアが答える。


「なぁダリス。その質問はまったくの愚問だよ。なぜなら俺は女性そのものが好きなんだよ。とても一人には絞れない。誰か一人を選べ、なんて言われたらきっと延々に悩んでしまうよ」


 開いた口が塞がらない。こういう時に使うんだと初めて気が付いた。ノアにそんな質問をした俺が馬鹿だったと改めて思った。

 正直俺は女に興味がない。同じ女でもフローラはまた別格だ。

 女性の何がそんなに良いのか俺にはまだよく分からない。


 それから月日は流れ今日は奴と町に兵士団で使う道具の買い出しに来ている。

 たまにこうしてノアと一緒に町に用事を足しに来る事があった。


「おい。ダリス、お前は折角容姿がいいんだから将来の為に女の扱い方覚えておいた方がいいぞ。まぁお前くらいの容姿ならそんな事しなくてもあっちから寄ってきそうだけどな」


 そういうと彼はふと見た視線の先に綺麗な女性を見つけるやいなやその女性に声をかけに行った。


 彼はいつも息をするように自然なふるまいで女性を誘う。その様子に俺はいつも呆れている。けれども、そうして誘われた女性は皆、例外なく顔を赤らめるのだ。もう何度みた光景だろう。


 人にはこうして特質した才能がある人間もいるのだとノアを見て思うようになった。彼は恋愛において天才的なテクニックをもっている。女性の心を瞬時に惹きつけて離さないのだ。他の兵士からももっぱらの評判だった。


 一度それが不思議でノアに聞いた事がある。


「ノアって魅了の魔法か何かが使えるの?どうしてあんなにすぐに女性に好かれるんだよ」


「魅了の魔法だって?おいおいよせよ。そんな怪しい魔法なんて存在するのか?それに俺はそんなズルはしないよ。そんな卑怯な手なんて使わない。第一、そんなもので人の心を手に入れても結局空しいだけだろう?」


「だってあんなに簡単に女性の心を奪う事ができるから…」


「あれは俺が苦労の末に編み出したテクニックを駆使しているんだよ」


「テクニック?」


「おい、なんだよ。その顔。そんなに驚いたのか?それならこれから俺がその技をお前に伝授してやるよ」


「いや。いいよ。断る」


「まぁそう言うなよ」


 その晩から俺の意思とは関係なく毎夜ノアの恋愛講座が開催される事になる。

 同じ部屋になって昼は剣術のアドバイスと指導、夜は女性の扱い方について夜な夜な熱く語られる。


「まず男と女では根本的に考え方が違うんだ。覚えておく大事な要素は5つある。まず一つ目に…」


 今夜こそは奴の講義なんて聞かないで早々と寝てやると意気込んではみたものの、ノアの話は終わりそうもない。

 あぁ今夜もまたこの手の講義が始まるのか…。こんな知識、将来役に立つことあるのか? そもそもまともに話をした女なんてフローラとシェリーくらいしかいないし他の女には興味がない。

 

 心の中でぼやきながら今夜もノアの恋愛講義を聞くはめになった。



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