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ダリスの話1


 目の前にいる彼女は少し寂しそうな笑顔で俺に笑いかけてくる。そのうちゆっくりと俺に背を向けて歩いていく。俺は必死にどこに行くのかと問いかけるが彼女が振り返ることはない。追いかけようと走り出すがどうしても彼女に追いつかない。そうして何も出来ないまま彼女の姿は見えなくなる。


 ハッとして目が覚める。またあの夢を見た。汗だくになって起き上がる。

 あの時、俺が彼女の異変に気が付いて行動を起こしていれば今も彼女は俺の隣で屈託のない笑顔を見せてくれていただろうか。

 今まで何度そう思っただろう。あの日シェリーに諭されて彼女がいなくなった事実を受け入れた日、俺の心の中には今まで感じた事のない喪失感と心の奥底でまとわりついて消えない黒い靄がかかったままだった。

 俺にもっと力があれば良かったんだ。大切な人を守れなかった。

 ひどい脱力感に襲われて毎日何もする気がしなかった。育てていた野菜は徐々に枯れていく。時折シェリーがそんな状態の俺を叱りつけに来ては心配をしてくれた。


 そんなある日、街の問屋に注文をしていた食材が入ったから取りに行くようにとじいちゃんから使いを頼まれた。無気力で能面のような白い俺の顔を見てもじいちゃんは何も言わなかった。いつもと変わらない口調でどこの店で何の食材を受け取るのか説明を始めた。俺は言われた事を淡々とメモに取るとすぐに用意をして使いに出かけた。

 以前から時々こうして街に使いに行く。王都は他国からの人の往来が多く、様々な服装の人々が賑やかに大通りを行き来している。大通りから少し離れれば枝道や裏道も多く複雑で迷いやすい。今回行く店は大通りから少し奥まった場所にあるが前に一度使いで来た事があるので問題なく到着できた。無事に食材の包みを受け取ると来た道を引き返して戻る。大通りに出てしばらく歩く。ふと枝道の少し奥の薄暗い場所から僅かに女性の悲鳴が聞こえたような気がした。


 声が聞こえたその枝道に入ってどんどん先に進むと薄暗い場所で若い女性が複数の男性に取り囲まれて今にも襲われそうな様子が目に入った。女性は怯えきって震えていた。

 女性を羽交い絞めにして抑え込んでいる男の背後から怒鳴るように声をかける。


「おい!何をしているんだよ!」


「あぁ?何だよ。ガキじゃねぇかよ。早く失せろよ」


 男の一人が俺を一瞥する。しかし子供だと分かると相手にもしない様子だった


「その女の人、怯えてるじゃないか!やめろよ!」


 俺は再びその男に食らいつく。


「…おいっ!このガキが…!」


 そういうと男はあっという間に俺の襟首を掴んで喉元を絞め上げていくと今まで女性を囲んでいた男達が今度は俺を取り囲む。

 あぁ俺はこれからこいつらに袋叩きにあうんだろうなと覚悟を決めた瞬間俺を取り囲んでいた男の一人が突然吹っ飛んでいくのが見えた。

 その様子を見ていた女性が目を丸くして驚いている。女性の目線の先にいる一人の男が次々と男達をぶちのめしていく光景が目に映った。


「おい、さっきから見ていたぞ。その女性になにをするつもりだったんだ?それにお前らはその子をこれからどうしようとしているんだ?」


 そう発した声の主はスラリとした体形に帯剣をしていた。上品でそれでいて艶めかしく整った顔立ちの優男の剣士だった。その外見からは想像もつかないほど俊敏な動きで男達の攻撃をかわしながら次々と素手で彼らを叩きのめしていく。その間息切れ一つしていない様子に俺はとても驚いた。


 数分後地面に伏した男達の姿が目に入る。


「いや…。その…。すいません…。」


 そういうと男達は一目散に逃げて行った。


「あっ。そうそう、さっき街の警備の騎士に通報したから一本道のこの通りを出たらお前達すぐに捕まるぞ!」


 明るい声でそう男達に告げるとクスクスと笑い出した。


「あ…。あの…。危ない所を助けていただきありがとうございました。あの男達に屈辱的な行為を受けるところでした」


 余程怖かったのか女性の足はがくがく震えて今にもその場にへたり込みそうになっていた。

 その様子を見てすかさず優男の剣士は彼女の体を両腕で優しく包み込むように支える。


「大丈夫ですか!? どこかお怪我はありませんか?」


「えぇ…。ありがとうございます」


「よかった。あなたが無事で僕は安心しました」


 そういうと、この上なく優しい笑顔で女性に微笑む。

 その笑顔で見つめられた女性はすぐに顔を真っ赤にして拭いてしまった。


 丁度その時、今まで懸命に探していたのか息を切らしながら男性が走ってきた。どうやらこの女性の連れのようだ。


「ここにいたのか!随分探したよ。大丈夫だったか!?」


「ええ。お兄様。こちらにいる方達が危ない所を助けてくださいました」


「えぇ!?それはなんとお礼を言っていいのか…。ありがとうござました。何かお礼をしないと…」


「お礼は結構ですよ。これからは気を付けてくださいね。では僕達は失礼します」


 優男はニコリと女性の兄にほほ笑むと僕の腕を掴みその場から歩き出した。


「で…でも!」


 前方で女性の兄が叫ぶ。


「あの…。ありがとうございます!本当にありがとうございます。あのこれ…良かったらご連絡ください。」


 急いで駆け寄ってきた女性は顔を赤らめながら優男の剣士に走り書きでメモを書き渡してきた。

 それを丁寧に受け取るとまたニコリと彼女に微笑みかける。女性は再び顔を真っ赤にしてその場に立ち尽くしてしまった。


 女性がその男に恍惚としている間に僕達は大通りに戻ると優男は先を歩いて行ってしまっていた。


 俺はまだその男に助けて貰ったお礼を言っていない事に気が付いて彼の後を急いで追う。


「あ…あの!ありがとうございました!」


 そう俺が後ろから声をかけると優男は不意に歩みを止め俺に向き直る。


「おい、お前、なんであの場に一人で飛び込んでいったんだ?あんな人数相手に無茶苦茶だ。」


 そう男に言われて俺はフローラがいなくなったあの日の苦い記憶を呼び起こす。


「…。俺はもう嫌なんだ。助けてあげられた人を救えないなんてもういやなんだ。でも見ての通りやっぱり俺には力が足りない…。どうしたらあなたのように勇敢で強くなれるんだ?教えてほしい」


 そう言った俺をしばらく真っすぐに見つめると男はゆっくりと口を開いた。


「ほう……。お前、騎士になれよ」


「騎士に?でもどうやって?俺は貴族でも金持ちの商人の息子でもないただの平民だよ」


 騎士といえば貴族の嫡男以外の息子や商人の息子なんかがなれる職業だと世間では相場が決まっていた。


「身分なんてどうでもいい。実力とやる気のある奴だけに開く門があるんだ」


 そうしてその男は色々教えてくれた。北の国境近くにある兵士団から来た事。そこは身分など関係なくやる気のある人間にだけ門が開かれているという事。


「おれ、強くなりたいんだ。その場所に行きたい」


「そうか。俺はノアだ。お前名前は?」


「俺の名前はダリス」


「そうかダリス。俺はそこでお前を待ってるよ。いいか必ず来いよ!」


 そういってその優男のノアとはそこで別れた。


 俺は屋敷に戻る道を歩きながら改めて自分の心に自問自答をした。

 俺はこのままじいちゃんの後を継いであの屋敷の料理人になるのか?そうしてずっとあの家の人間の為に料理を作り続けて奴らに一生仕えるのか?冗談じゃない。そんな事はごめんだ。俺は力をつけたい。

 

 長年フローラにひどい扱いをしてきた彼女の義母がフローラの行先を決めたのならその行先が良い可能性はとても低い。もしどこかであいつが辛い暮らしをしていたら?誰かの助けを待っていたら?探し出して助けるに決まっている!俺は騎士になる。そうして力をつけてフローラを必ず探しだす。そうして行方が知れてそこで彼女がもしも幸せだと分かったら俺はそれでいい。彼女の幸せを黙って見守ろうと思った。


 屋敷に戻るとすぐにじいちゃんがいる厨房に行く。使いの品を渡すと俺が今しがた決意した事を説明する。騎士になりたい。だからここを出て行くといった。じいちゃんは俺をしばらくじっと見てそれから黙ってゆっくりと首を縦に振った。そうして後はもう何も言わなかった。


 そのまますぐにシェリーに会いに行って自分の決意を打ちあけると昔のような明るい笑顔で僕の話を黙って聞いてくれた。フローラがいなくなってから心配ばかりかけていた。悲しい顔ばかりさせていたが久々に彼女の明るい笑顔を見た気がする。


「ダリス、頑張るんだよ!」


 別れ際少し涙ぐんでいた彼女は元気な声でそういうと笑って俺を送り出してくれた。


 俺は自分の部屋に戻ると今持っている全財産をかき集める。時折今日のように使いや頼み事を受けてじいちゃんから貰った金だった。

 野菜の苗を買う以外物欲が無かったので大き目の瓶一杯にずっしりとコインが入っていた。でも片道の旅費には全く足りない。それでも無いよりはマシだろう。


 俺はやっと俺の進む道を見つけた。


 居てもたってもいられなくてその夜は眠る事が出来なかった。


 翌朝起きると机の上に紙袋が一つ置いてあるのが目に入った。中身を見ると硬いパンと干し肉そしてじいちゃん特製のビスケットがいくつも入っていた。どれも長期間の保存がきく食材だった。俺は暫くその紙袋を握りしめると自然と涙がこみ上げてその場にしばらく立ち尽くしていた。

 俺はかき集めた全財産とわずかな着替えを詰め込んだ袋にその紙袋もしっかり入れて静かに部屋を出て行った。

 持っている金では北の国境まで必要な旅費には到底足りないので徒歩と野宿が基本だったが途中親切で馬車に乗せてくれた人もいた。そんな旅路の中、じいちゃんが持たせてくれた食料でなんとか食いつなぐ事ができた。そうして通常の何倍もかかってようやく目的地にたどり着いた。聳え立つ厳格な門の前に立つと俺は迷う事なくその門をたたく。この先に俺の希望が詰まっているように思えた。


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