31
「そう…。精霊達は消えてしまったんだ」
ロイドの問いかけにルルドが静かに話を始めた。
「マリアが王太子妃になってから少しずつ精霊達の力が弱くなっているのを感じていた。日に日に精霊達の力が弱くなっているだけではなく徐々にその数も減らしている現実を目の当たりにしてただ黙って見ている事しかできなかった。
そうしてついに精霊達が姿を消した日、僕は絶望したよ。何も出来ないでただ見ている事しか出来なかった自分が情けなくなった。
でも不思議なんだ。何故か光魔法が使えたんだ。これほど安堵した事は無かったよ。精霊達に代わって光の魔力を産みだしている存在をわずかに感じる事ができたんだ」
ルルドの言葉にロレインが反応して答えた。
「そう。今は精霊の代わりに別の力が働いて光魔法が使えるのよ。」
「じゃあ光の魔力がなくなる心配はもうなさそうなんだね」
ロイドが安心したように明るい口調でそういうとロレインは表情を曇らせながら話を続けた。
「いえ…。そうではないのよ…。精霊の代わりになっているものがいて、それ相当の代償を自ら払って魔力を作り出しているの…。その代償を払えなくなったら終わりよ。だから時間は限られている。早急に精霊がいなくなった原因を探り当てて現状の解決をしなければいけない」
「それに精霊達が姿を消す少し前から王宮でも異変が起きているの。王が王としての役目を果たしていないの。おかしな政策ばかり立てて冷酷で残忍な考えを持つようになってしまったわ。その結果、長年にわたり信頼関係を築いてきた官僚達の苦言や意見をまったく聞かなくなってしまった。
それらが原因で官僚達の間にも強い反発が起きているの。同時に精霊がいなくなった事への不安やマリアに対する今までの不満が高まっている。そのせいで内部紛争まで起き始めているわ。今アルフォンスが躍起になって愚王に成り果ててしまった王を何とか抑えて代役をこなしているところよ。不眠不休で働いているわ」
「そんなに大変な状態になっていたのね…。ロレインは王宮を離れていて大丈夫なの!?」
フローラが慌ててロレインに詰めよる。
「大丈夫よ。アルフォンスの母上の王妃様が正気でいるわ。それに私は所詮側妃なのよ。王太子妃であればまだ役目はあったのだけど…。私の立場では権限に限界があるのよ。今の状態で私にできる事は全てやってきたわ。
それにあれ(アルフォンス)はしばらく寝ていないくらいじゃ死なないわ。王太子としてかつてない苦境に立たされているけどこれから先おそらく状況はもっと過酷になる。これくらいの事でつぶれてしまったらそれは彼がそれだけの器だっていうことよ。それに今まで散々私を当てにしてきたんだから少しくらい苦労を思い知ったらいいのよ」
至極当然のように言い放つ彼女にアルフォンスを心配している様子はまったく見受けられない。
「ひょっとして今起きている全ての異変はマリアに魅了の力を与えた存在が何か関係しているの?」
ルルドはロレインの話を聞きながら深刻な表情のフローラに話しかける。
「そうなのよ…。そしてその存在もやはり私が創ったの…。でも世に出回った物語にはその存在は登場しないの。私が創った物語の一部が大勢の人の目に触れる前にそれが登場しないまったく違う進み方をする物語に書き換えられてしまっていたから。
誰の目にも触れられないまま私が創った物語と共に闇に捨てられてしまったのにどういう訳かこの世界には存在していたのよ…。
そうしてマリアに魅了の力を与えて彼女がその力を使うように仕向けた。マリアが魅了の力を使えば使うほど恐ろしい事にその存在の力が増幅していくのよ…魅了の力を使った事で発生した人の負の感情が強ければ強いほどその存在に力を与えてしまうの。強くなりすぎたその力のせいで精霊達は姿を消したのよ」
「そんな…!これ以上その力が強くなるとこの世界はどうなっていくんだ!?」
ルルドが不安気にフローラに聞く。
「その話をする前にある物を見せたいの」
「アラン様ロレインが以前使っていた彼女の部屋はまだそのままでしょうか?」
「ああ。そのままにしてあるが」
「それじゃあロレイン、部屋に行ってあの本を取ってきてほしいの」
「あの本?」
「そう。全体が真っ白で表紙に精工な龍の浮彫がしてある本。見覚えがあるでしょう?」
「…。あぁ。思い出した。太陽と月のエンブレムが印象的なデザインだったわ。あれはお母様にいつの日か手渡された本だわ。今まですっかり忘れていた。分かった。すぐに取って来る」
「では私もついていきます」
ロレインの言葉にカインがすぐさま反応した。
「その前にその部屋の鍵を取って来るので少し待っていてください」
そういうとアランが急いで部屋を出て行き、すぐに鍵を手にして戻ってきた。
アランが鍵をロレインに手渡すとそれを受け取った彼女はカインと共に部屋を後にしていった。
ロレインが部屋を出ていくとロイドがアランに話しかける.
「アラン義兄さん…。ぼくも何かに憑かれるようにマリアに夢中になっていた。義兄さんの気持ちは理解できるよ。あの感覚は異常だった。水を飲んでも喉の渇きが収まらなくて何度も水を求めてしまう状態によく似ている。いつもマリアに会いたくて何かが枯渇した感じだった。同じ対象者のルルドさんはその力をマリアに使われなかったの?」
「僕はマリアと幼馴染だったんだ。物心つくころから心優しいマリアに恋をしていた。でもある日を境に優しかった彼女の性格は陰湿なものに変わってしまった。
でもそんな風に変わってしまったマリアが心配で僕は早く一人前になってマリアを守りたかったんだ。きっといつか優しい性格に戻ってくれると信じていた。学園に入ってから毎日一人前の治療師になるべく勉強に明け暮れていた。だからほとんどマリアとは会っていなかった。とにかく早く治療師として生活できるようになって早くマリアを守りたくて必死だった…。だから彼女にとって僕は最初から何もしなくても攻略済みだったんだよ。魅了の力を使うまでも無かったんだ」
苦笑いをしながらロイドにそう言うと今度はフローラに向かって真剣な顔で話始めた。
「フローラごめん…。僕にはマリアをずっと好きだった過去がある。君にとんでもなく酷い仕打ちをした人物なのに…」
ルルドが自分を責めるように表情を歪めながらフローラに打ち明けた。そんなルルドにフローラはふわりとした優しい笑顔を浮かべた。
「あなたが生きてきた全ての経験があって今のあなたがいるのよ。そんなあなたを私は好きなったの。それに生きている以上過去には色々あるものよ」
「それに…。私も同じだから…」
「それはあの元婚約者?」
「そうね…。彼が何を考えているのか分かってしまうほど私は彼をよく知っていたしよく理解していた、とても特別な存在だった。彼がマリアに心を奪われてから、ようやくその事に気が付いたんだけどね…でもルルドと知り合う事が出来た。あなたがいてくれるから私は今とても幸せなのよ」
二人で微笑み合う。そんな幸せそうな様子を見ていたロイドが容赦なく横から水を差す。
「…。ねぇ。その続きは後から二人だけでゆっくりやってよ…なんか羨ましいよね…ねぇ義兄さん…」
ロイドはため息を付きながら二人にそう言うと無意識にアランにそう話を振っていた。
「……」
ロイドの言葉にアランは無言だった。
「あっ…! そんな事いえない立場だったね…カインさんがこの場にいなくてよかった…」
失言した事を察して焦った彼は思わず独り言を言ってしまっていた。
「……」
そんな会話をしているとロレインがカインと共に戻ってきた。
「フローラこの本かしら?」
ロレインの手には真っ白い龍の浮彫が施された美しい本があった。
その本をまじまじと見ながらフローラが口を開いた。
「あぁ。実際見るととても綺麗ね…。本当に不思議な気分…。文字で書き起こしただけの物がきちんとこうして現物になっているなんて!」
その本を見ながらカインも会話に入った。
「この本は私がソフィア様と初めて会った時王宮の図書館で彼女が探していた本です。あの時は特徴だけ言われて一緒に探していましたが実際見るととても美しい本ですね」
カインの言葉にフローラが不思議そうにそう言った。
「ソフィアはこの本の存在をどうして知っていたのかしら」
「どうしてなのでしょうか。なんでも幼い頃一度読んだ事があってとても心に残っている絵本だと言っていました。だから自分の子供達にも読んで聞かせたいと」
「ロレインはこの本を開いた事はある?」
「それが一度もないのよ。自分の決められた道に反発して荒ぶっていた時お母様に渡されたの。あなたにとって重要で大切な事がここに書かれているとだけ言われて。あの頃の私は自分の運命を呪っていたわ。そういって渡されたこの本が憎くて嫌いだった事を思い出したわ。だからどんな内容の本なのか知らないの」
「そうなのね…。ロレイン読んでみて」
ロレインが本を開こうと手を掛けたときだった。
『ガシャン!』
激しくガラスが割れるような衝撃音が聞こえてきた。
その音で異常を察知した屋敷中の使用人が慌ただしく動き回る足音が聞こえる。
「…!! 今の音は何!?」
咄嗟にカインがロレインの前に立つと剣帯の剣柄に手を当てて構えた。すると今までどこにいたのか数人の護衛が瞬時にロレインとフローラ達を取り囲み警戒態勢に入るとその一人が素早く彼女に報告する。
「ロレイン様、残りの護衛は隣のお子達と同室にいるエルトシャン様達3人を警護しています」
アランが事態の把握をするため部屋から急いで出ていこうとしたその時一人の兵士が慌てて報告にきた。
「報告します。アラン様大変です!副団長が居住している離れから激しい衝撃音がしました。既に他の兵士が確認に行っております」
「分かった。私もすぐにそちらに向かう」
アランが兵士達と衝撃音がした問題の離れに到着すると複数の窓ガラスは無残に破壊され地面には無数のガラス片が散らばっていた。
建物の中から兵士が出てきて再び報告を受ける。
「建物の中で複数の血痕が確認されました。中には誰もおりませんでした」
「なんだって!?誰かロディを見ていないか!?あいつは無事なのか!?何が起こったんだ!」
アランが部屋を出て行くとすぐに別の兵士が息を切らしながら部屋になだれ込むように入ってきた。
「ロレイン様!」
「今度はなに!?」
「ソフィア様が…。ソフィア様が突然姿を消しました!」
「なんですって!?」
一瞬のうちに事態は急変した。