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ロレインを見たアランがひどく驚いた表情をした。
「姉上!? 何故ここにいらっしゃるのですか? 誰か来ている気配はしていましたがまさか姉上が来ていたとは!」
「久しぶりね。アラン。最後に会ったのがいつだったのか分からないくらいよ」
ロレインはイスに座りながらゆったりとした動作で腕組みをしながらアランに視線を向け微笑む。
「それにこの顔ぶれは……。フローラ嬢!? ロイドもいるじゃないか! どうしてここに集まっているんだ!?」
アランは度重なる驚きと疑問で呆気に取られている。
「義兄さん、久しぶり」
呆気に取られながら部屋の入口に立ち尽くしているアランにロイドが近づいていき声をかける。その様子を見ていたフローラもルルドと共に屋敷の主人であるアランに挨拶をするべくロイドの隣に歩み寄った。
「ロイド! 病で長期療養中だと噂に聞いていたがもう大丈夫なのか!? それに…。どうして厨房の使用人のような恰好をしているんだ!?」
「実は…。今まで引き籠っていたんだ。そのせいで両親や姉さん、他にも沢山の人達に迷惑をかけてしまった。だけど何とか立ち直ったんだ。やっと目が覚めたんだよ。僕はとても愚かだった。今まで自分がどんなに狭い世界にいたのか自分で自分を恥じているよ。これから迷惑をかけた沢山の人達に気持ちを入れ替えて心から詫びたいと思っている。そのための第一歩として今は市井に出てそこで働きながら一人で暮らしているよ。街の人達と接して一緒に働きながら感じる事や今まで知らなかった事なんかも沢山あって日々勉強をしているよ。ちなみに今の仕事は料理店の調理補佐。どんな仕事でも誇りをもって務めていこうと思ってる。今日は仕事の途中で抜け出さないといけない状況になってしまって…。だからこの恰好なんだ」
ロイドは少しはにかみながら自分の近況報告をする。
「アラン様。お久しぶりです。フローラです。私の隣にいるのは私の夫でルルドと申します」
ロイドの話が終わると続いてフローラもアランに挨拶をして隣にいるルルドを紹介した。
「あなたは…! モーリガン侯爵家のフローラ嬢!? 表向きのモーリガン家の言い分では領地で静養していると聞いていたが裏の噂では行方不明になっているとも聞いた事がある…。それに夫だって!?」
アランはルルドに視線を移す。
「君は確かマリアと一緒に学園に編入してきた生徒で当時は強い魔力持ちだと学園中で有名になっていた記憶があるよ」
ルルドを見ながら驚きを隠せない様子だ。
「はい。当時私はマリアと共に入学しました。ただ、私が学園で有名だったのかは存じませんが記憶していただいて光栄です」
ルルドは穏やかにほほ笑むとアランにそう返した。
「フローラ嬢。君は今までどうしていたんだ? モーリガン家がいうようにやはり領地で静養していたのか?」
「いいえ。違います。私は今まで記憶をなくしていました。記憶が戻らないまま、ここから遠方にある森の中で夫となったルルドと共に暮らしていました」
「記憶をなくしていただって!?何故なんだ!?」
「はい。私は公爵子息であるオズワルド・デイモンドからダンスパーティのイベントの最中に彼から婚約破棄宣言を受けた後、暫く屋敷に監禁されていました。それからしばらくしてマリアから表向きには、婚約破棄になった原因は自分にあるとして謝罪をしたいと書かれた呼び出しの手紙を受け取り、指定された場所に向かいました。しかし、すでに来ていたマリアとマリアの連れに身動きが取れない状態にされ無理やり記憶を消す薬を飲まされました。その後ここから遠方にある山林に置き去りにされ、当てもなくその森を一人で彷徨い、崖から落ちて動けなくなっていた時、ここにいるルルドに運よく助けてもらい今に至ります」
「マリアに薬を飲まされた!?」
「はい。そうです」
「なんて事だ…」
「驚く事ばかりで頭がついていかない。聞きたい事も沢山あるがとりあえず無事でいてくれて良かった」
そういってアランはフローラに安堵の表情を見せる。
「姉上、ソフィアはどこにいるのでしょう? 来客をそのままにしてどうしているのですか?」
ロレインに顔を向け彼女に質問をする。
「ソフィアは私の子と双子を寝かしつけに行っているわ。そのソフィアについて大事な話があるからあなたをここに呼んだのよ」
ロレインは一呼吸間をおいて再び口を開いた。
「でもね、アラン。あなたに会ったらまず一番にやらなければいけない事があったの」
そういうとロレインは穏やかな表情でアランの前までゆっくり歩いていく。彼の目の前まで来ると穏やかだった表情が突然冷たい目つきに変わり唐突にアランの頬を思いきり平手打ちにした。
『バチンッ!』
その場にいる全員が痛々しいその音に哀れむ表情をアランに向けながら黙ってその場面を見ていた。
「なっ…。姉上…!?」
唐突に頬を思い切り打たれた事に驚きを隠せない様子のアランは熱を持った自分の頬に手を当てながら動揺していた。
「これでもまだ殴り足りないくらいよ」
アランを冷ややかに見つめたままロレインが怒りを押し殺しながらそう呟いた。