26
フローラの記憶を奪ったのはマリアだった。
ルルドは露骨に怒りの感情を露わにしていた。
その場にいる全員の表情は硬く、重い沈黙がその場を支配していた。
ふと子供達を見ると、エルトシャンとアンリは二人で楽しそうに話をしているが双子を見ると、うつらうつらして床に座っているユリウスがすぐ隣に座っているアルヴィスにもたれ掛かっている。アルヴィスはそんなユリウスが後ろに倒れない様に彼の背中から腕を回して体を支えるようにして座り、懸命に睡魔に耐えていた。
「もう寝かせる時間だったわ。ごめんなさい。二人を部屋に連れていくわね」
いろいろあって疲れたのだろう。私は子供達を寝かしに行くために席を立つ。
「ソフィア様。ユリウス様は私が連れて行きますので一緒に参ります」
ロディさんがすかさず動くと、すっかり寝てしまったユリウスを横に抱いて連れて行く。
「エルトシャンも双子と一緒に子供達の部屋に連れて行って寝かしておく?」
ロレインに尋ねる。
「そうね。そうさせてもらうわ」
ロレインがそう返答する。
「では、私が連れて行きます」
カインもそう言って席を立つ。
「お願いするわね。子供達の護衛は他の者達に任せるから運んだら戻ってきてくれないかしら」
ロレインはそう付け加える。
「はい、分かりました。ロレイン様」
「エルトシャン様、アルヴィス様とユリウス様のお部屋に私と一緒に参りましょう」
カインがエルトシャンにそう言うと、アンリとまだ一緒にいたいのか彼は少し残念そうな顔をしてカインに黙ってついていく。
「アンリもそろそろ寝かせるわ。隣の私達が泊まらせてもらえる部屋に二人を連れて行くわね」
フローラがそう言って席を立とうとする。
「いや君はここにいて話をしていて。ぼくが二人を連れて行くよ」
そう言うとルルドもアリスを片腕に抱き上げてもう片方の手でアンリの手を引き共に部屋を出ていく。
その後を追うように私も眠そうなアルヴィスの手を引いて部屋を後にした。
「ねぇロレイン。あのダンスパーティでの私の断罪の後マリアはどうなっていったの?」
「貴方が姿を消してからすぐに街の孤児院で大規模な火災が起きたの。その時マリアの特殊な力が発揮されてその火災で亡くなった沢山の孤児院の関係者や子供達の命を自分の命と引き換えに蘇らせたわ。
素晴らしい功績を上げた彼女は光の女神の加護を受けて聖女になって再びこの世界に蘇ったのよ。それからすぐにアルフォンスと婚約が決まって国を挙げて挙式をしたの。国中の国民から祝福を受けて王太子妃になったわ。
でも…。それからはもうやりたい放題ね。アルフォンスとは早い時期から不仲になっていったけど常に整った顔の男性を見つけてきては傍に置いて飽きたら代えての繰り返しよ。それによって泣いていた女性を沢山見てきた。精霊の加護が付いているマリアに皆、強く苦言を言う事が出来なかったの…。不甲斐ない私は彼女達の悲しみに寄り添う事しかできなかったわ…」
ロレインの表情が曇る。
「そうなの…。沢山の涙が流れたんでしょうね…」
フローラはオズワルドがマリアに心を奪われた当時の悲痛な自分を思い出し彼女達に同情とやるせなさを感じていた。
そんな話をしているとロディとカイン、ルルドが部屋に戻ってきた。
「ソフィア様はエルトシャン様とアルヴィス様お二人がお休みになるまで一緒に傍にいるそうです」
ロディがロレインにそう報告をする。
「そう。じゃあちょうどよかった。ソフィアに関係する事で話があるの。聞いてほしいの。マリアはソフィアに対して何か良くない動きをしている。
少し前にソフィアが街で暴漢に襲われそうになった出来事があったわ。あの時ソフィアの護衛は何故か適切な動きをしなかった。そのせいで暴漢に羽交い絞めにされて捕まってしまった。でも間一髪で密かに護衛に付かせていたカインが助けてくれて事なきを得たわ。
でも、これで終わりじゃないの。ソフィアの襲撃に失敗したマリアはこの先確実にまた何か仕掛けてくるわ。だから彼女の夫で私の弟でもあるアランに伝えたい事があるの。彼をここに呼び出しても構わないかしら」
その場にいる全員に問うとみな異存はない様子だった。
「ええ。もちろんよ」
フローラが代表して返答する。
「では私がアラン様を呼びに行きます」
そういってロディが再び部屋を出ていく。
しばらくしてノックの音と共にロディの声がする
「ロレイン様。アラン様を連れてきました」
「ロディ。ありがとう。入ってもらって」
ロレインがそう言うとドアを開けたロディの後ろからアランが姿を現した。