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「どんなにその人を想って助言をしてもその思いは伝わらない事もある。人は簡単には変えられない。結局彼女の問題だったのよ」
「フローラ…?」
ルルドは驚いて、すぐ後ろから抱き着いているフローラを信じられないという顔で見ると今にも泣きそうな顔で彼女を抱きしめた。
「よかった。目覚めてくれて本当に良かった…」
安堵と歓喜の入り混じった表情で幸せそうに抱き合っている彼らからお互いを本当に大切に思っている事が伝わってくる。
しばらく私とロレインは彼らの様子を暖かく見守っているとフローラが私とロレインの姿を見つけると叫んだ。
「ソフィア!ロレイン!」
フローラが私達に呼びかけると彼女は笑顔で私とロレインに駆け寄ってきた。
「あぁ…無事でいてくれて本当に良かった…。さっきまでリアルで鮮明なとても長い夢を見ていたの。そして今までの事、全部思い出した。二度と会えないってあの時覚悟をしていたけど、もう一度会う事が出来て本当に良かった…」
そういってフローラは私達に抱き着きながら子供のように声をあげて泣き出してしまった。
「フローラ。私達もとても会いたかったのよ。どんなに探した事か。無事でいてくれて本当に良かった」
気がつけば私も泣いていた。いつも気丈な態度を崩さないロレインもこの時だけは少し涙目になっている。
『グゥ~…』
「ごめん…!お腹すいちゃって…。」
その感動のシーンはフローラのお腹がなる音で今度はその場が笑いに変わった。
「じゃぁ少し遅いけど何か食べましょうか」
「フフッ。そうね。フローラに聞きたい事が沢山あるからね。長い話をしてもらう前に腹ごしらえをしてもらわないと」
ロレインが私のその提案に賛成すると賑やかな声を聞きつけてロイドが何事かとやってきた。
開け放たれている扉の前にきて廊下から部屋を覗いた彼はロレインを発見すると、驚いてルルドの時と同様に固まっていた。
「ロレイン様…!」
「あら、ロイド。お義姉様、でしょ?しばらく見ない間にまた雰囲気が変わったわね」
「はい、お義姉さま…」
ロイドは苦笑いしながらそう返事をすると同時にすぐ横にいるフローラに気が付く。
「フローラさん!目を覚ましたんだね!良かった」
「まぁ!あなたロイドね。学園では一度も会っていなかったけど私の事覚えていないの?小さい頃よく遊んであげたのよ。昔は随分泣き虫だったのよね」
幼い頃、フローラは継母と一緒に何度か私の実家に来た事があった。幼心にもあの継母にいい感情は持たなかったがフローラが遊びに来てくれた事が嬉しくて仕方なかったのを今でも覚えている。
その時はロイドがまだもの心がつく前の頃だったので彼女の事を覚えていなくても仕方ない。私とフローラに遊んでほしくて私達の後を懸命についてきては転んで泣いたり、もっとかまってほしくてダダをこねては泣いたり、そんな幼い頃のロイドが思い出される。
「えっ!そっ、そんな昔の事は覚えていませんよ。それに小さい頃の話なんだから」
談笑しているフローラをルルドは優しい笑顔で少し離れたところから黙って見つめていた。
ルルドとロイドにも夕飯の用意がある事を伝えて、一緒に食事を取る事を勧めた。
私達も子供達がいる隣の部屋で食事をとる事にした。とっくに食事は終わっていて、アルヴィス、ユリウス、エルトシャン、アンリの四人は楽しそうに笑いながら何やら話し合っている。先にその部屋に子供達といたロディさんはその様子をにこやかに見守っていた。
どうやらこれから始める遊びのルールをみんなで考えているようだ。さすが子供達同士仲良くなるのに時間はかからないらしい。
一番幼いアリスはもうすっかり眠りに落ちていてソファーの上で毛布に包まりながら心地いい寝息を立てていた。
食事がいつ始まってもいいように予め用意されていたようで私達が席に着くと少しの時間で準備が整った。ロディさんがそれぞれ席に案内すると部屋の扉の前で私達の様子を見守るように待機していた。ロレインは長方形のテーブルの短辺の席で私とフローラは向かい合わせに座り3人でコの字になるように座っている。私の横にはロイドがいてフローラの横にはルルドが座っている。私達3人は食事をしながら昔ばなしで話が弾んでいた。ルルドとロイドもいつの間にか楽しそうに会話をしている。
ロレインに勧められてカインもロイドの隣の席に着くとすぐにロイドに話を振られて和やかな雰囲気で会話をしていた。
ロレインとフローラの会話を聞きながら改めて今いるメンバーを見渡すと見事に絶世の美男美女が揃っている。あぁそうか乙女ゲームの世界だからか…と何気なく思う。攻略対象者とモブの護衛、当て馬令嬢、取り巻き令嬢、悪役令嬢と見事に立場がバラバラな私達が同じ空間に今いる事を改めて考えると少し不思議な感覚だった。ゲーム上ではあまり関わる事のない私達の関係は通常のシナリオから大きく逸脱して互いに新たな関係を築いていた。
夕飯が終わると自然と聞きたかったあの話に話題が変わってその場で話が始まった。
「ねぇフローラさん。意識を失う前に言っていたあの話…この世界を創ったって。どういう意味?」
「…。そうね。何から話をすればいいのかしら…」
皆、食事を終えていて給仕人によって手際よく片付けられテーブルには既に食後の飲み物が運ばれていた。
フローラはどこから話を始めたらいいのかとても悩んでいるように思えた。
「フローラ。あなたひょっとして前に生きていた世界の記憶があるんじゃない?」
「…!そうよ。ソフィア…よくわかったわね。どうして?」
「私もそうだからよ。マリアとアルフォンス殿下の挙式の時よ。二人がバルコニーから手を振っている風景を見ていて突然思い出したの」
「あのイベントはこのゲームの要になるものね」
「ねえ。フローラさん。ゲームってどういう意味?」
ルルドが会話に割って入って来る。
「どう説明したらいいのかしら…。簡単にいうと物語の世界ってことよ。カテゴリーは恋愛一択。この物語の主人公はマリア。ルルドやロイド、殿下にアラン様。私の元婚約者のオズワルドの5人とマリアの恋の物語なの。最終的には主人公のマリアは誰かと結ばれて幸せになるっていうお話。
私がその話をその物語に触れた全ての人が主人公のように誰からも愛されて幸せになれる疑似体験が出来るように、この世界ではない違う世界で生きていた時に創ったの」
「だからロイドやルルド、ソフィアやロレイン、私自身も含めて物語の登場人物であるあなた達は私が全部ひとりで創ったのよ」
「…!そんな話信じられない…」
ロイドが驚きを隠せない様子で言う。
「でも信じてもらわないとこれから話す事を理解してもらえないわ。私はこの世界を創ってしまった責任について今まで思い悩んでいたけど、これからこの世界に良くない事が起こりそうなの、だからもう信じてもらうために今から色々吹っ切るわね」
そういうとフローラは席を立ちロイドの近くまで行く。
「信じられないならロイド、耳を貸して?」
そういって彼に耳打ちをする。
「なっ!どうしてあなたがそんな事知っているんだよ!?姉さんや両親も知らない事なのに…」
ロイドが真っ赤になって慌てていた。
「だってこれも私があなたの設定で創ったものだから」
フローラは悪びれる様子もなくロイドにいたずらっぽく言う。
「わっ分かったよ。取り敢えず信用するよ」
「それ姉さんに絶対に言わないでよ」
ロイドがぼそっと言う。
「フローラ…。みんなのそういう秘密知っているの?」
ルルドが聞く。
「えぇ。知っているっていうか、みんな私が創った設定だから」
「ちなみに僕のは…?」
ルルドはおそるおそるフローラに尋ねる。
「ルルドは……。そんな設定作ってないわよ?あっでも、強いて言うなら…」
「いい。言わなくていいから」
ルルドは苦笑いを浮かべるとピシャリとフローラの言葉を遮断する。その様子から何かあるのだろうと推測できる。
ロイドの秘密にはまったく興味がないが、あんなに非の打ちどころがない美しい好青年の秘密がなんなのか気になってしまった。
「あとでアルフォンスの分も是非教えてね。握れる弱みはしっかり掴んでおくわ」
ロレインがにっこり笑ってそうフローラに言った。
フローラがロレインに了解と目で合図をしながら話を続けた。
「まずソフィアは長年一方的な想いをアラン様に寄せていて嫉妬からヒロインとアラン様の恋の邪魔をして二人の関係を燃え上がらせる役目。ロレインは主人公を苛め抜く悪役令嬢。で、私はその悪役令嬢の取り巻き役だったのよ」
「なんだよ、その話。ヒロイン主体でマリアだけが良い想いをする話じゃないか。それに姉さんをはじめ三人とも全く役に当てはまっていないよ」
ロイドは納得がいかないとでもいうような口調で言う。
「だから皆、マリアに疑似体験をして麗しい美青年達との恋愛を楽しむように作った物語だからね。ソフィアたちに関しては私がそうならないように動いたから役に当てはまっていないのよ」
「フローラ。その…。まだまだ疑問は多い話だけど。その…。元婚約者っていう人が僕にはものすごく気になるんだけど…」
今まで黙っていたルルドが口を開く。
「あぁオズワルドね…。今頃どうしているのかしら…」
「ねぇ、彼は今頃どうしているのか知っている?」
フローラは私とロレインを交互に見ながらそう訊ねる。
「後継を放棄してデズモンド家から離れたらしいわ。その後行方が分からないのよ」
ロレインがそう返答する。
「そうなの…」
心配そうにしているフローラを見てルルドは不安気な顔をしている。
「…彼が気になるの?婚約破棄をして君を一方的に捨てたやつなのに」
抑揚のない声でそういうルルドはオズワルドに対する怒りの感情を抑えているように見える。
「そうね…。確かにその時は悲しい感情はあったけど彼を恨んではいないわ。気になるというか彼の性格上今どうしているのか心配なだけよ」
「ねぇ。あの断罪の後あなたはどうして姿を消したの?あの後私達がいくら探しても様子がわからなかったわ」
ロレインがそうたずねる。
「あの後は屋敷の目立たない部屋に監禁されていたわ」
「監禁だって!?」
ルルドが驚いて叫ぶ。
「でも私を心配して毎日様子を見に来てくれた、とても大切な人達から毎日元気をもらっていたの。でもちゃんと別れを言えないまま別れてしまった。その友人のダリスやシェリーは今どうしているのか気になるわ」
「ダリス?シェリー?」
そんな友人達がいた事を今までまったく知らなかった。私は彼らに興味を持った。
「ええ。モーリガン家の料理長の孫で当時は10歳の男の子だったのがダリス。元私の専属のメイドたった女性がシェリーという名前よ。シェリーは日に何度かこっそりと様子を見にきてくれていた。ダリスは監禁されている私の部屋に窓から入ってきていつも食べ物を持ってきてくれた。それに私の話し相手にもなってくれて毎回彼と話す事が楽しみだった。一人じゃないっていつも私に元気をくれたわ」
フローラが懐かしがるように彼らについて語った。
「そんな人達がいたのね。彼らが今どうしているのか気になるわね」
彼らが今でもあのモーリガン家にいるのだろうかと少し心配になった。モーリガン家はフローラがいなくなってからますます良い噂を聞かない。
「それで監禁されてからどうしたの?」
ロイドが先を急かすように続きを聞く。
「あの日門番を通じて指定した場所に来るようにとマリアから手紙をもらったの。そこに行くと良くない事が起こるって分かっていたけど訳があってそこに行くことにしたの。屋敷を出るとき、その門番の男に偶然遭遇してその男と共にそこに出向いたわ。指定された場所に着くとすでにマリアが先にいて、彼女の指示で私は門番の男に縛り上げられて妙な薬を飲まされたの。それから今までずっと記憶を無くしてしまっていたのよ」
その衝撃的な事実にその場にいた全員が息を飲んだ。フローラはマリアによって記憶を消されていた。
「マリアが…」
そう呟いたルルドの声は、先ほどのマリアに悲観する感情から一変して今度は怒りの感情があるように聞こえた。