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フローラの話13


 マリアの躍進は続いた。オズワルドに続き、アルフォンスやアランも次々とマリアに好意を持つようになっていったのだ。

 ロレインはその様子を見ながらも平然とした振る舞いを貫いた。しかし態度と内面が同じな訳では決してない。

 いつ何時でも人前では平然とした態度を貫き次期王妃としての威厳を回りの人間に見せつけなければいけないのだ。その事を十分理解している私は一人になった時のロレインを思うと心が痛くなる。

 

 一方でソフィアは、見た目に分かるように日に日に憔悴していっているように見えた。ある時、人目のつかない場所でひとしきり泣いている姿を見つけるが私はどんな言葉をかけたらいいのか分からなくて、ただ黙ってソフィアの傍にいることしかできなかった。

 私達は毎日心が張り裂けそうな痛みを抱えながらもそれでもなんとか毎日をやり過ごす日々を送っていた。


 そんなある日マリアが古くてもう使われていない建物に一人で入っていく姿を偶然見つける。あんな場所で一体何をするのか気になって私は後をつけてみる事にした。


 所々破損した箇所があるその建物の内部は薄暗く不気味な雰囲気だった。マリアは内部の構造を把握しているのかスムーズに奥まで進んでいくと、ある一室に入っていく。部屋の入口に扉などはなく取り払われていた。慎重に中の様子に注意を向けると、何とも言えないうすら寒い雰囲気を放つその部屋でマリアは一人なにもない空間へ話しかけていた。その光景はかなり異様に見えて私は思わずゾクリとする。


 「あなたがあの力をくれたおかげで充実した毎日を送れているわ。少し前までの惨めな気分はなんだったのかしら。今はとても気分がいいの。あなたに感謝するわ。今まで散々嫌がらせをしてきたあの令嬢達は彼女達の婚約者達にこの魅了の力を使ってその彼らによって排除出来たわ。今頃どうなっているのかとても見ものだわ」


 『それはよかった私のかわいいマリア。お前が楽しそうで私もうれしい。お前をいじめたその令嬢達の悲痛な叫び声も絶望した鳴き声も毎日心地よく聞こえてくるぞ。楽しくて仕方ない。その魅了の力でこれからも私を楽しませておくれ』


 私はマリアの目の前にある異様な空間の渦にぞっとした。それに楽しげに話しかけている彼女にも不気味さを感じずにはいられなかった。


 何故マリアの攻略が上手くいき始めたのか納得がいった。

 そうか。マリアが話しかけているその存在から魅了の力を手に入れていたんだ。


「ふふっ。ありがとう。あなたには感謝するわ」


「ああ。マリア。何かあったらまたここにおいで私はいつでもお前の手助けになるから」


 そうマリアは楽しそうにそれとの会話を終えるとその場から立ち去って行った。


 私は、すかさず物陰に身を隠しマリアが立ち去るのを黙って待った。


『あぁ。あの女はいい。人の痛哭の念、悲泣した姿をたくさん私に見せてくれる。楽しくて仕方ない。あの白い髪の男もそのうち私をここにつなぎとめておく力はなくなるだろう…私がここから出られればあの女神が大切にしているこの世界をあいつの目の前で蹂躙して存分に苦しみを与えてやる。今から楽しみだ…。』


 不気味な声が今にも消え入りそうな囁やき声で聞こえる。


『…そこにいる女…聞いているのだろう?私を、この世界を創った事を心の底から悔やむんだなぁ。あの魅了の力で皆これからすぐに苦しむのだから…あの力はかかった人間の誰もが持っている愚かで醜い部分を浮き彫りにする力もある。その愚かで醜い部分は悪意となって形になる。さてその悪意は誰に向けられるんだろうなぁ。

 そしてその魅了の力もいずれゆっくりと時間をかけて解けていく。正気を取り戻した後悪意を向けてしまった人間はどうするんだろうなぁ…。 全部お前のせいだよ…お前が創った人間が幸せにならないのは全部お前のせいだよ。お前も苦しみ続けろ…』


 そう私に語り掛けるその声に物陰に隠れていた私はじっとりとした嫌な汗をかいていた。


 吐き気がするような重たい気分に襲われる。なんとかそれを抑えて声の主と対峙してやろうとその禍々しい空間の前に姿を現すとその渦は靄が晴れるようにすっかり消えていたのだった。


 あれはきっと私が創った正規のシナリオのゲーム上のラスボスだ。私のシナリオでは最後にヒロインのマリアとメインヒーローのアルフォンスが共に力を合わせて激闘の末倒すのだが書き換えられたシナリオには登場しないはずだ。

 名前は付けなかった。だから『アレ』とでも呼ぼう。

 なぜ捨て去られた私のシナリオにいる『アレ』は今この書き換えられたゲームの世界にいるのだろう。なぜこのタイミングで現れたのだろう…。私のシナリオではゲーム上登場するのはラスト一番最後になるはずなのに。


 それに短所を悪意に変える、そんな副作用のある魅了の力を持っている設定を私は創っていない。

 どうして…? エリオットが囚われている原因も私のシナリオが生きているなら『アレ』になるのだろう。

 どこまでが私のシナリオでどこまでが書き換えられたシナリオなのかもう訳が分からない。

 私にとって『アレ』は今の状態でとんでもないイレギュラーになった。


 『アレ』は私のシナリオ通りならそのうち必ず復活をするだろう。その時どうにか倒さなくてはいけない。今のヒロインマリアでは到底倒しそうもない。どうしたらいいのだろう…。まったく対策が思いつかない。

 この世界とその邪悪な存在を創ってしまった責任の重さを感じ胃がキュッと締め付けられるような焦りを感じた。しばらくその場で茫然としていると頭の中で何かにひっかかる。しばらくそれが何なのか思考をめぐらせてみる。

 そういえばマリアに渡したあの石を本来持っていた悪役令嬢のロレインはあの石によってバッドエンドに落ちた。ロレインはどうやってバッドエンドに落とされた?しばらく頭の中の記憶を探る。


 そうだ、思い出した…。あのままマリアがあの石をもっていればいずれあの石が悪行を積み重ねた悪役令嬢ロレインに起こさせた出来事と同じように作動するだろう。このままマリアが今の状態で突き進めば悪役令嬢の役はあの石によってマリアにすり替わる。そして『アレ』はおそらく私の思った通りに動くだろう。

 私はもう一度頭の中で整理する。大丈夫だ。これでアレの対策も解決できる。

 でも一方であの石が作動するまでアレに対抗できる対策はない。それまでどれくらいの人間が不幸になるのか…。やはり全て私の責任だろう。


 それに魅了の副作用も心配だ。

 おそらくこれから私達はマリアに魅了を掛けられた私達の婚約者で攻略対象者の彼らから何かしらの悪意を向けられるのだろう。


 特に心優しいがゆえに脆い心をもっているソフィアはあんなに慕っているアランから故意に向けられる悪意に耐えられるのだろうか。ロレインだって精神的には強い。でもその強さが仇にならないといいのだけど…。


 私はオズワルドから婚約破棄という見切りをつけられ後あの家でどうなるのか想像はつく。今のうちに何か対策をしておかなければならない。そろそろ断罪イベントがあるダンスパーティーだ。


 このままマリアが順調にゲームを進めていくと私とソフィアどちらかがそのイベントでバットエンドに行く事になる。魅了の力を使われた事でマリアの躍進を止める術がない。今私にできる最善はバッドエンドからソフィアだけでも守る事。マリアは何故かソフィアを目の敵にしている。だからソフィアをバッドエンドに落とすため狙ってくるかもしれない。


 ソフィアのバッドエンドは隣国の王家へと嫁がされるのだが嫁いだ先で夫になった男には既に愛する正妻がいてソフィアは愛される事はなく、ただ子供だけを生まされるだけの道具として知らない土地で寂しく一人無下に扱われる。そのうえ、正妻からのいじめにもあう。妊娠出産を幾度となく繰り返して産んだ子供はいつもすぐに奪われて我が子をその手で抱く事も会う事も叶わない。子供が大好きな彼女にとってそれはとても辛い事だった。何度目かの出産が難産で腹を切られ子供は無事に取り出されるが彼女はそのまま命を落としてしまう。

 何年もかけてジワジワと精神を甚振るひどく悪趣味で残酷なバッドエンドに寒気がする。でも私が必ず身代わりになる。ソフィアは必ず守る。


 念には念を入れてヒロインが聖女になるための必須アイテムの『女神の涙』も手に入れておこう。

 入手できる場所はもちろん知っている。それとマリアのイベント発生条件をいくつか邪魔しておこう。

そのうえでアイテムを持っているところをわざとマリアに見せつける。マリアは必ずそれを奪いにくるだろう。同時にそのアイテムを何故私が持っているのか疑問に思うはずだ。


 このアイテムは偶然では決して手に入らない。その問の答えから私が邪魔をしてくる目障りで危険な存在だと思うはずだ。そして私を排除しようと動くはずだ。

 ソフィアに手出しはさせない。バッドエンドに行くのは私一人でいいんだから。



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