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フローラの話12


ついにマリアが学園にやってきた。初日の彼女は真っすぐ前を見据え自信と期待に満ち溢れていた。しかし日を追うごとにその自信は次第に焦りに変わっていくように見えた。

 何とかイベントを発生させようと躍起になってアクションを起こすものの、中々上手くいっていないようだった。それもそうだろう、ゲーム上の設定とは違ったイレギュラーな事が起きているのだから。


 悪役令嬢はいないしその取り巻き令嬢もいない。ただの当て馬令嬢は婚約者になっている。

 対象者のアルフォンス、アラン、オズワルドはそれぞれの婚約者との仲は良好でマリアが入り込む隙がないのだ。


 ロイドは一つ年下なのでまだ現れない。今攻略できる残りの対象者はルルドだけだが何故か彼女はルルドに見向きもしないのだ。

 その上ルルドはマリアとは別の場所で治療師の養成コースに入ってしまい彼女とはまったく違う生活をしていて会ってもいないようだった。


 中々上手くいかない攻略にマリアは焦っている。どんなにマリアが攻略対象者達と接点を持とうと接触しても彼らはヒロインの彼女に興味すら持たない。それどころかいつも互いの婚約者達と仲睦まじくしているのだった。

 そんな光景をマリアは苛立ちの籠った目でいつも見ていた。特にソフィアに対しては何故か己の仇でも見るような憎しみの籠った暗い目を向けている。


 しかしマリアからそんな目つきで見られているとは微塵も思っていないソフィアはその優しい性格から、ある時、平民出身で特殊な力を持っているという理由で令嬢達からやっかみを受けていじめられている所を割って入って助けた事があった。

 大人しくて目立つ事が苦手なソフィアは相当勇気を振り絞ったのだろう。その時はかなり震えていた。

 その後もマリアが嫌がらせを受け所持品を隠されたりした時も一緒になって探しているソフィアの姿を目にした事があった。

 しかしマリアがソフィアを見る目は前よりもひどく恨みのこもったものになっていく。 

 私はその事に何か言いようのない不安を抱いていた。


 数か月たってもマリアの攻略は一向に前進していない。マリアには悪いがこのままゲームが始まらずに終わってロレインとソフィアがそれぞれ想い人と結ばれ平和に終わるのかもしれないと少し期待していた。

 しかし私の願いとは裏腹にある日を境にマリアの状況は好転していく。


 次第に攻略対象者達の好感度を上げていくことに成功していったのだった。

 あんなに難航していた攻略がスムーズに進みだしたのだ。


 そして一番最初に彼女の手の中に落ちたのはオズワルドだった。


 彼女にやさしく笑いかけ彼女と親し気に会話をするその姿に私は胸の奥がチクりと痛む感覚を覚えた。

 彼の隣はいつも私の場所だったのに…。 ふとそんな事を考えていた。


 いつかこんな未来が来ることを恐れて私は今まで自分の気持ちにきちんと向き合ってこなかった。その代償だろうか。

 遅すぎるかもしれないが今はっきりと確信できた。私は彼が好きだった。大切なものは失って初めてその存在の大きさに気が付く。愚かな私は今やっとその事に気が付いた。

 私の目の前で静かに本を読む彼の姿を見る事はきっともうないだろう。もうあの静かで穏やかだった時間は戻ってこない。


 その日家に帰ると誰もいない庭でひとしきり泣いた。


「おい!なんで泣いてるんだ。どうしたんだよ!」


 涙でぐちゃぐちゃになった顔をなんとか上げると心配そうな顔をしたダリスが私の目の前にいた。


「……」


 何とかしゃべろうとしてもこの状況を取り繕う言葉が出てこない。10歳の子にこんな醜態をさらしている自分がみっともなくてその場から去ろうとした。


「おいって!」


 去ろうとした私の手頸を後ろからダリスに掴まれる。


「あいつと何かあったのか?どうしたんだよ!」


 振り返ると真剣な顔で必死にそういって心配してくれるダリスがいた。

 私は思考を放棄して素直な感情のままその場で子供のように声を出してひとしきり泣きだしてしまった。


 ダリスはそんな様子の私の隣に静かに座ると無言のまま黙って背中をさすってくれていた。

 もうどちらが子供なのか分からない。

 

 どれくらい時間がたったのだろう。西日が差していた。

 いままでずっと黙ったままのダリスが落ち着いた様子の私を見て少し安心して言った。


 「落ち着いたか。何か俺に出来る事はないか?お前の力になってやるよ」


 ダリスは白いシャツにオーバーオールを着たいつもの姿でまだ心配そうに私を見ている。

 そんな彼の姿を見てふと思った。この姿は誰かに似ていないか?

 

 私は必死で記憶を探る。誰…誰だ。誰に似ているの?

 

 おぼろげに頭の中に現れている輪郭が次第にダリスと重なる。

 …!ピーター君だ。彼のその恰好はあの幻のお助けキャラクターのピーター君に似ているんだ。


 そうだ…。私にはまだやらないといけない事がある。事態は急変した。ゲームはまた動き始めたんだ。このままではいけない。

 

「ねぇ。お願いがあるの」


 私は涙を押し殺し何とか絞り出した声で彼にそう言った。

 いつの日からかお守りのようにいつも持ち歩いていたあの石をポケットから取り出す。

 まっ白なその石はいつものように美しくキラキラと輝いていた。


「これをある女性に渡してほしいの…」


「分かったよ。フローラ。もう少し詳しく説明してくれ。これからは俺が全力でお前を守ってやるから」


 少し照れ臭そうにダリスがそういう。


「ありがとう」


 私はダリスの少し背伸びをしたその言葉が何だか嬉しくて少し笑顔になれた。


 手のひらには今、元凶の太陽の石がある。彼女は何か良くない力を使っている。この先私はどうなるのか分からない。でもいつかこの石が彼女を止めてくれる。

 エリオットも救えるかもしれない。この石に賭けてみよう。


 暗くて悲しい気持ちを懸命に心の奥にしまい込んだ。今やるべき事をやる。


 数日後私は人気のない学園の敷地内にダリスを忍び込ませることに成功した。

 私の読みがあたっていればこの道をマリアはきっと通るはずだ。

 予想通りマリアが現れる。あらかじめダリスを道の上に立たせマリアが彼に気が付くのを待つ。


 マリアは最初訝しげにダリスを見ていたがすぐに信じられないものでも見たかのように驚きで固まっていた。


「うそっ…。ひょっとしてあなたあのピーター君?」

 

 ダリスは私が指示した通りあのセリフ以外は口を開かない。

 深く被ったいつものツバ付きの帽子も言い具合に顔が隠れて神出鬼没の幻のキャラクターに相応しい不思議な印象を放っている。


「これ君にあげる」 

 

 ダリスは抑揚のない声でそう言うと手の中に握っていた石をマリアの手のひらに置く。

 マリアは案の定その石に見入っていてもう彼の存在に意識は無かった。その間にダリスは静かにマリアの目の前から姿を消す。

 彼がいなくなっている事にやっと気が付いたマリアは突然目の前から消えたと思ったらしくもう完全にダリスをピーター君だと信じ切っているようだった。


 上手くいった。なんの疑いもなくあの石をマリアに渡す事ができた。あの石がマリアを『凶』と見なしたら後はあの石が制裁を下してくれる。逆に『吉』と判断したのなら持ち主を助けてくれる。ゲーム上では悪役令嬢のロレインがこの石によって残酷なバッドエンドに落とされるのだ。だからきっとそれを危惧してエリオットはこの石をロレインから離して私に託したのだろう。


 さて彼女の未来は吉か凶かどちらだろう。

 

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