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フローラの話10

 

 あの日以来孤児院に通う事は無かった。

 マリアの動向ばかり気になって結局何の目的で継母があの孤児院に出向いていたのか深く探る事が出来なかった。一度だけ継母が院長から怪しげな包みをいくつか受け取り、代わりにずっしりと重みのありそうな皮袋を渡していたのを見た事があった。


 家に帰れば相変わらず使用人による私への嫌がらせは続く。

 一度継母からの折檻から逃げ出す事に成功するが複数の使用人に取り囲まれ捕まり丸一日暗い部屋に閉じ込められてしまった。時間の感覚が無くなって、いつここから出られるのか分からない状態に今度は精神が疲弊していった。

 一日でも早くこの家から逃げ出す事を考えなければいけないのかもしれない。しかしロレインやソフィアとの繋がりやゲームが開始する年までヒロインがどうなっていくのか気になって仕方がなかった。


 そんな時私はふたたび継母の部屋に呼ばれる。今度は何の用事だろう。

 今日も一層派手なドレスで着飾っている。普段ほぼモノトーンに近い色がない部屋で過ごしているせいか目がチカチカして見ていられない。

 

「明日はレイモンズ家主催のパーティにいくわ。いいこと?ご子息のオズワルド様に取り入って何としてでも気に入られるようアピールをしてくるのよ。もし言いつけを守らないとどうなるのか分かるわね?」

 

 そういうといつも折檻で使う木の棒を片手に持ち、もう片方の手のひらに軽く打ち付けながらニヤリと嫌な笑みを浮かべる。それで私を恐怖で怯えさせたいのだろうか。私はその様子を何の感情も浮かばない顔で見ていた。


 翌日私は朝早くからメイド達にされるがまま風呂に入れられ念入りに支度をさせられる。

 全てにおいて自分の意思で動けない。なんだかもう着せ替え人形になった心境だ。仕上がった姿を鏡の中に映すとまるで別人のように見える私がいた。今回は力の入れようがいつもと全く違う。いったいこのドレスの値段はいくらなのだろう。さり気なくついている飾りもよく見れば高価な宝石だ。万が一このドレスを汚したのなら私は今度こそ殺されるだろう。


 屋敷の入り口に着けられていた馬車に乗り込むと既に継母とそして父が乗っていた。今日は父も一緒に行くようだ。そういえば私がこの世界で目覚めたあの日から父親を見るのは初めてだった。フローラの両親はゲーム上登場しないのでキャラクター設定は一切していないが目の前に存在しているフローラの父は私にあまり似ていない。髪の色も違う。実母は肖像画もないので見た事がないがきっと私は母親似なのだろう。だからといって母の妹であるこの継母に似ているのかというとそうでもない。初めてみた父は見かけはそこそこ良い方だが少し頼りなく見える。私と目が合うとすぐに目をそらす。それでも時折チラチラこちらをうかがっている気配がするのがとても鬱陶しく感じた。


 父が私を気に掛ける事はなく継母からの折檻や屋敷でのひどい扱いから助けてくれるわけではなさそうだ。ただ黙って私の扱いを黙認しているようだ。これが実の父親なのかと思うとため息しかでなかった。

 目の前には見たくもない両親が座っているので私は終始ずっと窓から外を見ていた。


 屋敷から出される事はめったにないのでこうして馬車から外の風景を堪能できる事は楽しかった。

 さすがファンタジーの世界だ。窓を流れる何気ない景色でさえ絵にかいたように美しい。ささくれだった気持ちが少し落ち着いていく。

 レイモンズ家に到着するとすでに招待客で会場は賑わっていた。両親はいち早く当主に挨拶をするべく私を伴い移動する。


 両親はこのパーティのホストであるレイモンズ家の当主でオズワルドの父と挨拶を終えると今度は後ろにいた私を全面に押し出して盛大にアピールをする。


「この娘は私どもの自慢の娘です。器量も良いうえに聡明で心根の良い娘です。御子息の婚約者候補に相応しい娘である事は保証致します」


 そう白々しく私を必死に売り込む両親を見て開いた口が塞がらない。私は思わず半ば呆れ顔でその光景を見ていた。

 オズワルドの父は私を見定めている様子でじっと見てくる。横にいるオズワルドはまるで興味がない様子で早くこの場が早く終われと言わんばかりにつまらなそうに立っていた。

 

 挨拶を終えると私は継母に身振り手振りで早く行動しろと言わんばかりにこちらに合図をしてくる。

 どうせ今日がうまくいっても行かなくても気分でまた私を痛めつけるのだろうから命令を聞く気にはならなった。

 来場客で賑わった会場を抜け出して中庭にでると孤児院でルルドに図鑑で見せてもらった花を見つけた。

 その花を黙って眺めていると頬を優しく撫でるような心地のよい風が吹いてきて荒んだ気持ちが綺麗に流されるような爽やかな気分が心に広がる。

 その時庭の向こうの人気のなに場所でなにやら小言を言われている少年の姿が目に入った。


「お前はどうしてそうなんだ!従兄のデズモンドの方が何倍も出来がいいんだぞ!こんなに金をかけて教育してやっているのに…。少しも私の役に立たないな。今日はもうお前はパーティに出席しなくてもいい。代わりにデズモンドに対応させる。表にでてくるなよ!」


 そういって一人残された少年はよく見ると少年の姿のオズワルドだった。彼は無気力な表情で黙ってその場にたたずんでいた。

 私は気まずくなってその場から離れようとした。方向転換しようと足の向きを変えた時足元にあった石を誤って蹴ってしまう。意外にもそれが大きな音をたてて近くの石垣にあたってしまった。その拍子に履きなれないヒールの靴で足がもつれてバランスを崩し足首を内側に捻って転んでしまった。


「誰かいるのか!?」

 

 オズワルドが近づいてくる。

 私は内心しまった!と心の中で叫んでいた。


 「お前はさっきの…。どうしてここにいる」


 オズワルドの無表情で冷たい顔が私を睨む。


「あっ…。はい。人混みが苦手でここに来て休んでいました。ごめんなさい。すぐここを去ります」


 私はなんとかそう彼に返答して立ち上がると捻った足が悲鳴を上げる。


 「…! 痛っ」


「どうした。立てないのか。お前足首が腫れているぞ」


「だっ大丈夫です。立てますから」


「おい、その足で歩くのは無理だろう。俺におぶされ」


 相変わらず無表情で何を考えているのかよく分からないが私に背中を向けてしゃがみ込む。

 どうしたものかと躊躇していたがこのまま一人では歩けそうもないのでオズワルドの助けを借りる事にした。

彼は私をそのまま背負うと徐に歩き出して噴水の方に進んでいく。近くのベンチに私を座らせるとハンカチを取り出し噴水の水でそれを濡らして絞ると私の足首に当てて冷やしてくれた。


「あっありがとう」


 心を開かない人間には冷然冷徹な態度の強いオズワルドだが初対面の私にここまでしてくれた事に驚いた。私は素直に彼に感謝した。

 ひんやりとした感覚が広がり足の痛みが少し和らいでいく。


 おさない頃から親の期待を背負い相当の努力をして見事父親から認められ嫡男として認められたという生い立ちにしたがこの世界のオズワルドは父親からあのようなひどい叱責に懸命に耐えていたのかと思うと心が痛んだ。


「おい!お前、なんでこんなに足に痣があるんだ?よく見ると両足にあるじゃないか!おい!腕も見せてみろ」


 彼は私のドレスの袖をまくり上げる。


「この痣どうしたんだ!おかしいと思ったよ。この時期に長い袖のドレスを着ているんだから」

 

 その時後ろから女性の聞きなれた怒鳴り声がした。


「フローラ!こんな所にいたのね!あんなにレイモンズ家の跡取りに取り入るように言ったのに!帰ったらまた棒で打たれたいの?」


 ハンカチを代えるため私の足元にいたオズワルドに気が付いていないのか継母はいつものように激しい口調でまくし立てる。


 オズワルドがふと立ち上がる。


「彼女は足をくじいてしまったようで手当をしていました。できれば腫れが引くまで私がここにいますからもうしばらくここで彼女を休ませてもらえませんか?」


 継母はオズワルドを見ると驚きで目を見開いている。


「あなたは…! うちの娘が申し訳ありません。ではお言葉に甘えて娘をよろしくお願い致します」


 そういうと継母は大人しくパーティ会場に戻っていった。

 

「おい!打たれるってどういう事だ?お前あの母親に何をされているんだ」


 先ほどの平然とした態度から一変して、まくし立てるように私に言う。


「あぁそれは…なんでもないから!私の事は気にしないで」


 余計な事を知られてしまったと内心焦りながらなんとか誤魔化せないものか考えていた。

 暫く私達の間に沈黙が続く。

 徐に話を始めたのはオズワルドの方からだった。


「…なぁ俺たち子供は親の都合のいい道具なのかなぁ。親の言う通りに今まで懸命にやってきたけど何だかもう疲れたよ。お前は体の良い政略結婚の駒として扱われた挙句、暴力を受けているのか…」


 しばらく沈黙が続く。


「もう生きる事なんてどうでもいいと思ってたけどこんな俺でも今できる事を見つけたよ。お前を今の生活から助けてやる。だからもう少しだけ耐えろ」


 彼は寂しそうに笑うとその場を去っていった。

 

 それから数か月がたち私の生活は相変わらずだった。ある日継母にやり返した時から複数の使用人達に押さえつけられての折檻に変わった。その直後に真っ暗な独房に入れられる時もあった。どんどん酷くなっていく折檻に日に日に肉体と精神が疲弊していく。この日も真っ暗な独房に入れられてこのまま死ぬのかもしれないと弱った体を床に大の字に放り投げながらぼんやりとそんな事を考えていた。

 突然扉から明かりがさしてそこから出されて部屋に帰される。その日以来私の屋敷での扱いが変わった。部屋も清潔な明るい部屋に移された。何故だか訳が分からなくて戸惑っているとこの日から部屋付きになったメイドに私が正式にオズワルドの婚約者に決定したことを聞いて驚愕した。

 

 折檻はなくなったものの代わりに厳しい社交レッスンが始まるのだった。


 時折オズワルドが不意に訪ねてきてはたわいもない会話をする。

 私の目の前で本だけ読んで帰る時もあった。何をしに来たのかまったくわからない事もあるが私は彼に感謝した。

 いつものようにオズワルドが訪ねてきて特に会話らしい会話もないまま、この日も私の目の前で本を読んでいる。

「ねぇ。助けてくれてありがとう。いつかあなたに本当に好きな人が出来たら私の事は捨てても構わないから。その時はこの家から逃げ出して私も好きに生きる事にする」


 そういうと彼は本から意識をそらし私の言葉に耳を傾けているように見えたが無言のまま何も言わなかった。


 

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