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泣き疲れてそのまま眠ってしまったようだ。気がつくと朝だった。


ドアのノックがして返事をすると朝の支度をするためベルカが部屋に入ってきた。普通ではない私の様子に彼女はとても驚いた。


「ソフィア様!なにがあったのですか!?」

そういうとベルカは泣きそうな顔をして私を抱きしめてくれた。

「私がおります。辛い時は何でもおっしゃってください」

「ありがとう、ベルカ。分かっていたことだから大丈夫よ」

ベルカに抱きしめられ、ひとまず安心した私は重い気持ちを切り替えることにした。


痛い体をゆっくりと起こし鏡を見ると瞼がかなり腫れていた。浴槽に行き体を洗う。

体が綺麗になるとスッキリして少し気分が良くなった。支度をした後ベルカが瞼の腫れを丁寧にケアをしてくれたが完全には治らなかった。


昨日の初夜を迎えるまでは、アランがマリアを想っていても夫婦として少しでも良好な関係を築いていこうと思っていた。しかしそれはとても困難な事のように思えた。私がマリアをいじめたと思い込んでいる限りアランと良好な関係を築くことは不可能だろう。そして誤解を解く策もない。

それでもこの屋敷の女主人として妻として務めくらいは果たしたい。アランの見送りと出迎えはしっかりしようと決めた。

おそらくアランはしばらく新婚休暇を取っているはずなのでまだ屋敷にいるはずだ。

今のうちに従者のロディさんを探してアランの予定を聞いておくことにする。


幼い頃から何度もこの屋敷に遊びに来ていたので、ある程度屋敷の内部は把握していた。そのためロディさんを素早く探しだす事に成功した。

彼はちょうど自身の執務室から出てきたところだった。

「おはようございます、ロディさん」私の呼びかけに気が付き振り向いたロディさんは私を見ると優しく微笑んだ。


「今日からアランの妻としてよろしくお願い致します。忙しいところすいません。これから先のアランの予定を教えていただきたいのですが」

ロディさんは私の問に丁寧に対応してくれた。



しかし隠しきれないわずかな目の腫れに気が付き、一瞬ひどく悲しい顔をした。

私より3つ年上でこの世界では珍しい黒髪で切れ長の目が特徴的なロディさんは前世で人気だった俳優に似ていた。とても整った顔をしている。ゲームの製作スタッフにあの俳優のファンがいたのかもしれない。


アランと出会った頃から既にロディさんはアランの従者だった。初めてあった時の事を今でもはっきり覚えている。

彼は屋敷の庭の花を一人寂しそうに見つめていた。

あまりに思いつめたその表情が心配でしばらく彼の様子を見ているとおもむろにメロディーを口ずさみ始めた。

とてもきれいな歌声にしばらく聞き入っていると彼は突然、歌うのをやめてしまった。

もっと彼の歌声が聞きたくて気が付くと彼に近づき続きを歌ってくれるようにお願いをしていた。彼にしてみれば突然知らない人に声をかけられたあげく続きを歌うよう言われてかなり戸惑っただろう。あの時はごめんなさいロディさん……。


あの日以来アランの屋敷に来た時はロディさんにお願いしてこっそり歌声を聞かせてもらっていた。一度アランも誘ってみたが男の歌声を聞いても面白くないと言って取り合ってくれなかった。そうして大人になるにつれその機会は少なくなっていったが今でも彼の歌声は大好きだった。なんだかとても落ち着くのだ。


ロディさんによると、アランは休暇を取り下げて今から勤務に向かうらしい。

私は慌てて見送りの為屋敷の玄関まで向かう。


ほどなくしてやってきたアランに挨拶をすると彼は私に一瞥もしないで無言のまま出かけてしまった。

予想していた態度だがやはりチクチクと心が痛む

冷たくされるたび心がズタズタに引き裂かれるように苦しい。


その後もどんなに朝が早くても帰りが遅くなろうと見送りと出迎えは毎日続けた。

昼間は時間が許す限りドリュバード家の歴史や領地の勉強をしたりお礼状を書いたりした。

関わりのある貴族の名前も全て覚える事にも時間を費やした。

一日でも早くしっかり頭に入れようと連日時間を忘れて勉強に励んだが毎日の見送りと出迎えは欠かさなかった。


今日も見送りを頑張ろうといつものように玄関に行くと、珍しくアランが私に向かって歩いてきた。

私の前に立つと開口一番言い放った。


「そろそろいい加減にしてくれ、朝からお前の顔なんて見たくもない。そんな事をして私のご機嫌でもとっているつもりか?性根の悪いお前の魂胆など分かり切っている。今後もう見送りも出迎えもやめろ」そう冷たく言い放つとすぐに踵を返し行ってしまった。


遠くなる彼の後ろ姿をぼんやりと見ながら私の意識はどこか遠くにあるような不思議な感覚を覚えた。

次の瞬間私の意識とは別に体から力が抜け膝から落ちた。

床に付いた膝から力が抜けそのまま崩れるように倒れた瞬間、意識が暗転したのだった。




遠くで誰かが呼んでいる声が聞こえる。

重い瞼をゆっくり開けるとベルカが心配そうに私を覗きこんでいた。



「よかった!目を覚まされたのですね!このまま目が覚めないままだったらあの鬼畜野郎を殺しにいっていたところです」

今とても物騒で汚い言葉が出ていた気がするがとりあえず綺麗に聞き流すことにした。

「もう大丈夫よ、そろそろ起きないといけないわね」

そういって体を起こすと体がとても重い事に気が付く。

「お嬢様、もうすこしお休みください。丸一日ベッドにいたのですから急に動くと体が辛いと思います」



ベルカの言葉に絶句する。私は丸一日意識がなかったの!?

「私は治療師の方を呼んできますね」

焦る私とは裏腹にベルカは治療師を呼びに部屋を飛び出して行った。

ベルカが出ていくと代わりにロディさんが部屋を訪れた。

「ソフィア様!良かった!本当に良かった」少しやつれた顔が泣きそうになっていた。

「申し訳ありません……」

「ロディさんは悪くありませんよ、わたしが勝手にした事でこうなってしまいました」

そういうとロディさんはなんとも言えない複雑な顔をした。

ちなみに後でベルカに聞いたのだが真っ青になって倒れた私に真っ先に駆け寄りベッドまで運んでくれたのはロディさんだと教えられた。


治療師の診療結果は重度のストレスと睡眠不足と疲れ、かなり心と体のエネルギーが弱っているのが見えるらしい。

心を傷つけられる度にストレスと疲労が少しずつ体内に蓄積されていき、アランのあの言葉が私の体と精神に止めをさしたようだった


アランとの接触は私が思っている以上に自身のストレスになっていたようだ。


そしてこれからどうすべきなのかを静かに考え始めた。

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