フローラの話9
この小さい体で今できる事は少しでも対抗できる体力をつける事。食事がまともに与えられないのであれば自力でどうにかするしかない。
深夜になり静まり返った厨房に入る。人目につくといけないので真っ暗なまま食材を探る。窓からの月明りである程度目が慣れると厨房の中は問題なく見えた。壁には数日分のメニューとその料理に使う材料とその数が書かれている紙を見つけた。それを見て使わなそうな食材やおそらく予備で多めに仕入れてある食材を見つけると手に取って手早く調理をする。
一人暮らしが長かったので料理はお手の物だった。こっそり忍び込んでいるので見つかると厄介だ。簡単に調理を終えて出来上がった料理を食卓代わりの調理台に置くとお腹が減っていたので掻き込むように食べる。それで空腹は十分に満たされた。
朝食や昼食もまともな物がでなさそうなので果物とパンもいくつかもらっていくことにした。
案の定、翌日の朝食や昼食も腐ったものがでた。おまけにパンには泥がついていた。泥を払うと食べられそうな所だけパンを食べて後は昨日厨房から持ってきた果物をほおばる。
その日から深夜厨房に忍び込んで自炊をする事が私の日課になった。そんな日々が続きその晩もいつものように厨房に入るとなぜだろう、いつもより多く食材が余っているように思えた。
朝昼食にするためにいつも持ち帰るパンや果物も少し多めに置いてある。
何かの罠かもしれないと警戒してその日は何も作らず持って帰ることもやめた。用心のためしばらく厨房に行くのをやめることにした。
そんな毎日が続き私は腐っていない食事だけでは空腹に耐えきれなくなり、再び夜中に厨房に忍び込むと食材庫の中に一枚の小さなメモを見つける。
『しっかり食べなさい』
そう一言書いてあった。
私は忍び込んでいた事が誰かに気付かれていた事に衝撃を受けたがその書かれた言葉に素直に感謝した。 それから数日ぶりに私はお腹を満たす事が出来た。
その日から余りそうな食材の数や品目が少しずつ増えていった。
前よりもずっとまともな物が作れるようになって私はあのメモを書いてくれた人に改めて感謝をした。
相変わらず出される食事はひどいものだったがそれ以外は特に問題なく過ごせていた。
しかしある日突然またメイドが部屋に入ってきて無理やり私をつれていく。
また継母の部屋だろうかとうんざりしていたが連れて行かれた先は一面なにもないガランとした部屋だった。そのまま一人残されて入口の扉を背に一人で立っているとカツカツとしたヒールの足音と共に突然ドアが開く音がした。驚いて振り向こうとした瞬間後ろからおもいっきり蹴りを入れられる。突然の事に受け身が取れずに体を床に打ち付けてしまった。痛みが走りうずくまっていると、今度は尖ったヒールの先でグリグリと背中を踏みつけられて再び激痛が走る。
「痛い!何するのよ!」
「ふん、その口の利き方をどうにかしないとね。何もできない子供のくせに。理由なんてないわ。ちょうどむしゃくしゃした事があってね」
私は継母を睨みつけるとその様子がよほど気に入らなかったのか今度は持っていた硬い木の棒で思い切り叩かれる。
咄嗟に腕で頭を守る態勢で床に伏せると今度は執拗に背中を打ってくる。
力の差は歴然だ。子供の力では逃げられない。されるがまましばらく耐えているとそのうち無言で部屋から去っていく。痛みに耐えつづけた私は汗だくになっていた。
「くそっ!もっと力があったらあんな女やり返してやるのに!」
悔しくて涙が出る。いつの間にか部屋に入ってきたメイドに無理やり立たされて部屋を出される。途中他のメイド達の私に向けられる嫌な笑い声が耳に入るが私はもう歩く事で精一杯だった。
やっとの思いで部屋にたどり着くと残っている力でなんとかベッドに這い上がりそこに体を投げ出した。
その日はもう起き上がる事が出来なかった。
それから体の痛みがなくなった頃私は反撃できる力と受けるダメージを少しでも減らすためその日から自分なりのトレーニングを始めた。筋力と体力をつけるために出来る事は全てやった。
そんなある日またあのメイドに連れて行かれる。
また折檻だろうか。連れて行かれた先は継母の部屋だった
いつものように顔を不快に歪めながら私を見ると一方的に話を始める。
どうやら今度は街の孤児院に私をつれていくらしい。
今度は私になにをさせる気なのか警戒していると意外な事になにも言われなかった。
何の目的で行くのかよく分からないが絶対に慈善活動ではないだろう。
そうしてその孤児院に着くと私は驚くべき人物を目にする。
ヒロインのマリアがいたのだ。一目で分かった。
やはり、とてつもなく可愛らしい。心優しく誰からも愛される少女。私は彼女を遠くから見守る事にした。
しかしどうしてだろう何か違和感を覚えた。
子供らしさがないのだ。まるで子供を無理に演じているかのように見える。
そんなヒロインになにか得体のしれない不安を感じていると部屋の隅に子供の姿のルルドを見つけた。
彼はなにやら楽しそうに本を読んでいる。
その姿は私の中の古い記憶にいる漣君の姿と重なって見えた。何だかとても懐かしくなって気が付くとルルドに声をかけていた。
「ねぇそんなに楽しそうになんの本をよんでいるの?」
あの時と同じようにそんな質問をした。
「ん?お花の本だよ。お花ってどれも綺麗で見ていて飽きないんだよ。それにね、お花にはそれぞれ気持ちを表す言葉があるんだよ。恥ずかしいけど相手に気持ちを伝えたいときとっても便利だよね」
ルルドはキラキラした目で私にそう説明してくれる。
「お花、綺麗だよね。私も好き」
自然と優しい笑顔になる。あの時の漣君と会話をしているような不思議な気分になって心が落ち着いていく。殺伐とした私の日常にひと時現れた陽だまりのような時間だった。
この穏やかな時間がいつまでも続けばいいのにと思っていた。
しばらくそんな心地の良い時間をルルドと過ごしていると外から突然馬が嘶く声とともに激しい衝突音が響く。それと同時に人々の悲鳴が聞こえてきた。ルルドと共に慌てて外に出ると孤児院の目の前で馬車に人が轢かれる事故が起こっていた。轢かれた人は即死だった。
凄惨な現場に人々は目を背けたり顔をゆがめたり反応はそれぞれだったが、ただ一人、、奇妙な反応をしている人物がいた。マリアだった。
なんと表現していいのか分からないが瞳が揺れていないように見える。感情が動いていないような、まるでなんの興味もないように無表情な顔でその現場を黙ってみていた。私はそのマリアの様子に少し嫌な予感を感じた。それから何度かその孤児院を訪ねるとある日マリアが他の複数の子供を使って一人を寄ってたかっていじめていたのだ。マリアは楽しくて仕方がないという様子でその光景を見ていたが突然一人の銀髪の男の子が慌ててそれを止めに入ってきた。ルルドだった。
孤児院の職員もマリアの行動を諫めることなく見て見ぬふりをしているようだった。しかしルルドだけはいつもマリアに道徳的観点から一生懸命に説教をしていたがマリアはいつも気だるそうにそんなルルドの説教を聞いていた。彼はいつもマリアに対してとても悲痛な表情をしていた。
ある時注意深くマリアを観察しているとぶつぶつと独り言をいっているのが聞こえた。
「なんで子供の姿からスタートするのよ!ゲームが開始するまで後何年あるのよ!」
どういう事?今ゲームって言っていた。いやそんな事があるの?もうこの世界はどうなっているのよ!
混乱した頭の中でヒロインのマリアがこれからどうなっていくのか非常に不安だったがこの日以来孤児院に来ることはなかった。そしてルルドとも会えなくなった。
この日からしばらくして私はゲーム上フローラの婚約者になる予定のオズワルド・レイモンドと出会う事になる。