フローラの話7
緋色の髪にエメラルドグリーンの瞳の幼い女の子が薄汚れたワンピースを着て鏡の中からじっと私を見ていた。
この子は…。
バタン!乱暴な音をさせながら突然扉が開かれ誰かが部屋に入ってきた。
無表情のメイドが一人無言で入ってきて徐に私の腕を掴むと乱暴に引っ張って部屋から連れ出して行く。
「ちょっと…!痛い!どこに連れて行くの!?」
メイドの突然の行動に私はムッとして文句を言うとそのメイドは私を睨みつけながら一瞥するとさらに強い力で私の腕を掴み乱暴に引っ張っていく。
このメイドの理不尽な態度に怒りがこみ上げるが幼い姿の私は大人の力に抵抗するだけの力がなくそのまま強引に引きずられていく。
しばらくそのままの状態で強引に歩かされ着いた先は豪華な扉の部屋の前だった。
私を無理やり連れてきた性悪メイドがその扉をノックする。
「フローラ様をお連れいたしました」
「入ってきなさい」
扉の向こうから女性の声がして性悪メイドが扉を開けるとその向こうにいる人物に失礼のないように丁寧に挨拶をする。挨拶を終えると彼女は自分の後ろにいた私を部屋の中に入れた。
「おはよう。フローラ。相変わらず薄汚い姿だこと。お前を見るたびに虫唾がはしるわ」
豪華なドレスに身を包んだとても綺麗な女性がいた。しかし性格は最悪そうだった。
「今日はこれから王宮で王妃様主催のお茶会が開催されるからお前を連れて行く。王宮には既に王太子妃候補のドリュバード家侯爵令嬢のロレイン様が王妃教育を受けていると噂で聞いたわ。おまえは何とかしてロレイン様に会って仲良くなってきなさい。そうねぇ後はアルバンディス家侯爵令嬢のソフィア様がいらっしゃるそうよ。どうにかしてその二人と縁を作ってくるのよ。せいぜい私の役に立ちなさい」
そう言い終わると彼女は視界を飛び回る不快なハエでも見るように私をみると性悪メイドにしっしと手を払う仕草で私を連れていくように伝えた。
ロレイン?ソフィア? ここが何処で私が誰なのかゆっくり考えている暇もなくあのメイドに無理やり連れられて来たがあの女性の言葉で確信した。まったく信じられない事に今私がいるこの世界は私が作ったあの乙女ゲームの世界のようだった。そんな事が起こりえるのだろうか…。パラレルワールドなど実在している世界から分岐している世界はひょっとしたら存在するのかもしれないが想像上のしかも自分が作り上げた世界。しかもさらに信じれない事にゲームの世界なのだ。頭の中は何故?という疑問で一杯になっていた。
そして私はロレインの取り巻き令嬢フローラ・モーリガン侯爵令嬢だった。
驚きすぎて一人でかたまっている私に後ろに控えていた性悪メイドの冷ややかな声が聞こえる。
「ついてきなさい」
私はだまって渋々彼女についていった。
一度部屋にもどって頭を整理したかったがそんな事は許されなかった。
再び違う部屋に連れて行かれると数人のメイドに服を脱がされて今度は風呂に入れられる。そんなに乱暴にされるくらいならもう自分で洗いたいのだがそうはさせてくれない。
我慢してされるがままに洗われると風呂から出されて今度は髪のセットだ。ふと鏡台の鏡越しに後ろを見ればこれから着るドレスがしわにならないようマネキンのようなものに着せられて部屋の隅に置かれていた。
ゲームのキャラクターが着る衣装も中世の貴族が着ていたドレスを参考にイラストに起こしてみたりした。 乙女ゲームの世界なのでフリルやリボンがついた可愛らしいものが多くなってしまったのだがそこに置かれたドレスも私がデザインした数ある可愛らしいドレスのうちの一つだった。
イラストには描いたが実際に着る機会があるなんて思いもよらなかった。
私がデザインしたドレスを着ると私は感動で胸がいっぱいになった。実際に着たらこんなふうになるなんて!
感動で暫く自分の世界に浸っていると再びあのメイドに呼ばれて再びせわしなく連れて行かれる。屋敷を出るとすぐ目の前に一台の豪華な馬車が止まっていた。馬車に乗り込みしばらく待っていると先ほどのあの女性が乗り込んできた。
もちろんお互い何も話しかけたりしないので到着まで終始無言だった。
フローラの生い立ちは当初私が作成した設定では心優し両親に育てられてとても幸せな生活を送っているというものだったが送られてきたあの書類の中の設定はまったく違う環境に変わっていた。今、一緒に馬車に乗っているこの性格の悪そうな女性はフローラの継母で元々は実父の浮気相手だった。実母が病で亡くなるとすかさず正式に妻の座についたのだ。実母はこの女性の実の姉という設定で私の立場からすると叔母に当たる人だった。ドロドロな昼ドラのような設定に寒気がする。
この女性と血が繋がっていたという事実にかなり落胆していると馬車はようやく目的地に到着した。
門番のチェックを入念に受け馬車は門の中に入っていく。
馬車を降りロビーを通り大広間に着く。早速招待客の中にソフィアを探してみるが見つける事ができなかった。案外人が多い。
やがて主催者である王妃様の挨拶があってお茶会がスタートした。あの継母の言いつけを素直に聞く気はさらさらなかったが私は会場に入った時から重大な事に気が付いた。このお茶会はロレインが悪役令嬢になる切っ掛けのイベントだった。
ロレインは生まれる前から決められた王太子の婚約者という替えが効かない稀有な存在だった。そのため外の世界に強い関心をもっていたが彼女は自宅と王宮以外から出る事は許されなかった。
なりたくもない未来の王妃という立場に嫌気がさしていた彼女は男児のような言葉遣いで粗暴な態度を演じて王太子妃候補から外されるよう抵抗していた。そんな抵抗も空しくそれからすぐに王宮に連れていかれて毎日過酷な王妃教育をうけさせられていた。その過酷さに徐々に心が荒んでいきその結果強烈で冷酷な性格になってしまうのだ。
王宮に連れてこられても婚約者であるアルフォンスに会う事は許されなかった。そのためロレインは自身の婚約者の姿を王妃教育を受けているにも関わらず一度も見たことがなかったのだ。
そんなある日王宮の庭で偶然アルフォンスと出会う。その日から彼に恋をしたロレインは穏やかな心優しい性格を取り戻すのだが学園に入学するとアルフォンスはヒロインのマリアと出会い心変わりをする。
アルフォンスという彼女の唯一の光のような存在の彼を奪われ嫉妬に狂った彼女は悪役令嬢として最後には必ずバッドエンドを迎えるという余りにも哀れで理不尽な運命をだどるのだ。ロレインの生い立ちはそう書き換えられていた。
しかしもう少し書き換えられた企画書をよく読むと有難い事に悪役令嬢になる切っ掛けの出来事が記載されていたのだ。そのことから私はロレインが悪役令嬢にならない為の回避方法を導き出す。その方法は特定の日に特定の人物達との接触を無くすこと。その人物達との接点を潰して私はロレインが悪役令嬢になる事をどうしても阻止したかった。
その人物は今日のお茶会に参加していた同年代の二人の伯爵令嬢だった。私はここに到着してすぐにその人物達を見つけ出した。その伯爵令嬢のうち一人が飲み物を持ってもう一人の令嬢と合流するところを発見して素早く近づくと飲み物をもった令嬢の一瞬のスキをついて素早く足をかけて躓かせ飲み物がドレスに掛かるようにした。
「きゃぁ!ごめんなさい 何かに躓いたようだわ。悪気はなかったのよ。だって私にもかかったのよ」
しばらく彼女達は揉めていたがそのうち二人とも着替える為その会場を後にしたのだ。
これでロレインの運命は変わった。私があの子たちに成り代わってロレインと出会うのだから。
ロレインは王宮の隅に追いやられてひっそりと隠されるように暮らしている。当然今回のような大々的なお茶会には参加させてもらえていないはずなのであの会場にいなくて当然だった。
さて、どこに行けば会えるだろう…、ロレインの幼少期はガキ大将の様な、かなりヤンチャな性格だった。きっと王妃教育なんて余裕で抜け出してどこかでサボっているだろう。
そんな事を考えて王宮内を歩いているとひと気のない通路にでた。その壁際に今にも消え入りそうな姿で微動だにぜず無表情でこちらをみている人の姿があった。私はその姿を見つけると幽霊かと思い声がでそうになるぼど驚く。幽霊など見た事はないが実際に目撃するとこんな風に見えるのかもしれない。
その人物は腰まである美しい真っ白な髪に人形のように美しい容姿の少年だった。
その人物は私が近づくにつれだんだんと目を見開き何かとても信じられない事が起こったかのように驚いた表情をした。我を忘れているのかフラフラとした足取りで私の方に歩いてくる。
私はその人物を知っていた。
「どうしていつもの令嬢達ではないの?どうして…」
彼は目を見開き私を見てそうつぶやく。
「ねぇ、君にどうしてもお願いしたい事があるんだ。ロレインを…あの子の運命を変えてほしい。いや、君がここにきた時点でもう運命は変わったのかもしれない」
「君はたぶん僕達の運命も変えてくれる人なのかもしれない。君からこの世界の人間とは少し違う気配を感じる」
「えぇそうよ、私はこの世界とは違う世界に生きていた記憶があるの、私があなた達やこの世界を作った」
さらっとためらいも無く自分の正体を明かしてしまったが彼にはすんなり信じてもらえる気がしていた。
「やっぱりそうか。ようやく彼女は救われるかもしれない。ロレインは…僕の最愛の人なんだ。僕の魂が彼女をこの世界に呼んだのに…。僕はもう嫌なんだ…。彼女がどんどん闇に落ちていく姿を見るのも永遠の絶望の中で苦しむ姿を見るのも…。もう何度何度も…途方もない時間の中いつも何もできずに助けてあげる事もできないでただずっと苦しむ姿を見せられてきた。そしていつもこの日この時間、この場所に戻ってきていつもいつもあの伯爵令嬢達がここを通っていく姿を見ていたんだ。でも今回は違う事が起きた。代わりに君がここに来た」
そういうと彼は握った拳を私に差し出してきた。その拳をゆっくり開くと真っ白な美しい石が手のひらに収められていた。
「これを君にあげる。万が一ロレインが再び間違った道を歩まない様に。どうか…どうか彼女を助けてあげて」
その白い石はロレインの持ち物である太陽の石だった。
「でも!これがなければあなたが救われないはずよ!」
私の手を取ると彼は太陽の石を私の手の平に収めて握らせる。
「ぼくは彼女の幸せだけを願いたいんだ。彼女が幸せになれればそれ以上なにも望まないんだ。だからお願いだよ…。ロレインとはこの先の庭で会えるよ」
彼が指をさした方角をみて再び視線を元に戻したとき彼の姿はもう何処にもなかった。