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「ロレイン!こられて良かったわ」
そう私が慌てて駆け寄るとロレインの傍らにエルトシャンがいる事に気が付いた。
「エルトシャンも一緒だったのね。いらっしゃい」
彼に微笑むと見慣れない場所にきて少し緊張している様子だった。
「アルヴィスとユリウスはいる?しばらく二人に会っていなかったから会いたくなったんだ」
エルトシャンは二人を探している様子だった。
「それでしたらすぐ隣のお部屋でそちらにいるルルドさんのお子様二人と夕食をとっていますよ」
ロディさんが素早く返答する。
「僕はもう食べてきたけど二人に会いに行きたい。母上行ってきてもいいでしょうか」
「ええ、いいわよ。カインには後で聞きたい事があるからカイン以外の護衛と一緒に行ってらっしゃい」
そういうとロディさんがエルトシャンと護衛達を連れて部屋を出ていく。
「でも、もう陽も落ちている時間なのにエルトシャンを連れ出してどうしたの?」
「あんな危ない場所にこの子を一人で置いて置けないのよ」
「危ない?あの離宮が?」
「そうね、話せば長くなるんだけど…。でも今はフローラに会いたいわ。フローラが見つかったと聞いていてもたってもいられなかったのだけど中々執務が終わらなくて遅くなってしまったわ。意識を失ったって聞いているけど容態はどうなの?」
「ロレイン、こちらはフローラの夫のルルドさんです。話せば長いんだけど今日街で出会ったのよ」
「ルルドさん、こちらが先ほど話していたもう一人彼女をずっと探していて会いたがっていた人物です。彼女は王太子側妃のロレイン妃です」
ルルドは驚きすぎて再び目を見ひらいて固まっている。
「あら、あなた学園にいたわね。あの時はとても優秀な魔力持ちが編入してきたって話題になっていたわよ。聞きたい事はたくさんあるけど今は彼女に会いたいわ。会わせてもらえないかしら」
「あっ、はい! もちろんです。こちらにどうぞ」
そういってルルドは慌ててフローラが寝ているベッドまでロレインを案内する。
「フローラ…」
先ほどから変わらず穏やかな顔で静かに眠っている彼女をしばらく見つめていた。
「体に異常はなく眠ったままの状態です。いつ目覚めるのかまったく分かりませんが生死に関わる事はないので今は様子を見ている状態です」
ロレインは彼女の手を握ると彼女の体温を感じて生きている事を確認できたのか彼女をとても穏やかな顔で見つめていた。
「生きてまた会えて本当に良かった。彼女が辛い境遇にいなくて本当によかった。ルルドさんが彼女と出会った時彼女は瀕死状態だったと聞きました。フローラの命を救ってくれてありがとう。今まで彼女のそばにいてくれて本当にありがとうございます」
ロレインは立ち上がるとルルドをみて心からの礼を言う。
「いえ、瀕死状態の彼女を見つけた時は驚きましたがどうしても命を救いたくて必死でした。どうにか一命をとりとめて日に日に回復していく彼女をみて私は安心しました。自分の名前すら思い出せない彼女に記憶が戻るまで一緒に暮らそうと僕から提案して、それからどんどん彼女に惹かれていきました。彼女も僕の気持ちに応えてくれて、それからささやかですが式を挙げて僕らは夫婦になりました」
一呼吸おいてルルドが再び口を開く。
「彼女の過去に何があったのでしょうか…彼女の過去にどんな生い立ちがあっても僕は彼女を絶対に手放しません。覚悟はできています。教えていただけませんか」
ルルドは何かを決心したように強い意思をもって私達を見た。
ルルドのその様子から彼の覚悟を理解するとロレインは静かに語りだした。
「彼女は侯爵令嬢、フローラ・モーリガンよ。それが正式な名前です。彼女と私達は幼い頃王宮で開かれたお茶会で出会ったわ。それから今まで10年以上にわたり私達は親友だった。お茶会が開かれる度にこっそり会場を抜け出していつも私達は3人で遊んでいたの。しかし彼女がある日ケガをしてしまい手当をするためまくり上げた袖の下の皮膚に痣がいくつもある事が分かってね…。どうやら継母に毎日執拗に折檻を受けていたようだったわ。幼い私達にはどうする事もできないでいたの。そしてある日突然彼女の婚約者が決まったの。宰相の息子オズワルド・レイモンズよ」
「待ってください。折檻ですって!?彼女には婚約者がいたんですか!?」
ルルドがいてもたってもいられないように驚いてロレインにそう訊ねた。
「そうよ。彼女の両親はどうしても強力な権力を持つレイモンズ家との関係を強めて有利な立場を築きたかったの。両親は彼女を都合の良い駒としか扱っていなかった。そこであらゆる手を使ってフローラをオズワルドの婚約者の立場につかせたのよ。用心深くて気難しいオズワルドに嫌われないようにと両親からきつく言われていて、そのために彼の全てを完全に理解して完璧な婚約者を演じていたわ。そのころからようやく継母からの折檻は無くなったようだけど…」
ルルドは悲痛な表情でロレインの話を黙って聞いていた。
「それから時が経ちオズワルドは彼女に完全に心を開いて大切にしているように見えたわ。でもある時からオズワルドの様子がおかしくなっていった。特殊な能力を持つマリアが入学してきてから。しばらくの間はフローラとの関係は良好だったのだけどそれからしばらくしてマリアがオズワルドとも仲睦まじく一緒にいる事が多くなるにつれてフローラに冷たくあたりだしたのよ。それから家での彼女の扱いも昔のように酷くなっていったわ」
「マリアが…」
ルルドはボソリとつぶやく。
「マリアは…マリアはアルフォンス殿下が好きではなかったのですか?」
「結局最後はアルフォンスと結ばれたけどアルフォンスの他にソフィアの婚約者、彼女の夫で私の弟でもあるアランやソフィアの弟のロイドとも同じようによく二人でいるところを見たわ」
「そんな…」
「当時、ソフィアがマリアとアランが恋人同士のように一緒にいる所を見ては毎日泣いている姿を見かねて、ある日フローラがマリアに直接苦言をいれたのよ。婚約者のいる男性に不必要に近づくのははしたない、それによって悲しんでいる相手がいると。至極全うな言い分で口調も言い方も柔らかかったそうよ。でもその時マリアが急に泣きだしてからそれ以上何も言えなくなってその場を後にしたみたいだけど。問題はその後よ」
ルルドは真剣にロレインの話を聞いている。
「学園のメインイベントでもあるダンスパーティが大々的に行われている最中、大勢が見ている前でオズワルドがマリアと並び立ちフローラを断罪をしてきたの。彼らはフローラがあの時マリアに苦言を言った内容を誇張して彼女を攻めたわ。その直後その場で彼女に婚約破棄を言い渡してきたわ。そしてその日が彼女を最後に見た日になってしまったの…」
ルルドはその場に力が抜けたように崩れ落ちると、床に両手をついて項垂れてしまった。
「マリアが原因でフローラはあんな酷く残酷な目にあったのか!?同時に複数の男性とも会っていただなんて…。あなただって殿下の婚約者だったのでしょう!?婚約者を奪われてしかも側妃だなんて…。ソフィアさんだってマリアに想いを残した人と結婚してその後も…きっと辛い思いをしたはずだ…」
「すいません…。小さい頃からマリアと一緒にいた僕が彼女を変えられなったからだ…!僕のせいだ…!」
ルルドは憔悴しきった声でそう叫んだ。
「ちがうわ。ルルド…あなたのせいでは決してない」
その時ベッドから声がするのが聞こえた。見るとおもむろにフローラがベッドから降りてきて床に崩れたようにうなだれているルルドを後ろから静かに抱きしめた。そうしてルルドを抱きしめたまま語り掛けるように静かにはっきりともう一度言う。
「あなたのせいではない」
「フローラ!」
私とロレインは同時にそう叫んでいた。




