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「父さん!」
ユリウスはニヤッと笑うとロイドに抱き着いて離れない。
「だーかーら…。その呼び方はやめろ。もう叔父さんでいいよ。諦める」
ロイドは抱き着いているユリウスの髪の毛をくしゃくしゃにしてやり返す。
はたから見たら親子がじゃれ合っているようにも見えなくはない。
私は銀髪の美青年が攻略対象者の一人のルルドである事に気が付く。それと同時にその隣に立っている緋色の髪の女性がフローラである事にも気が付くと驚きで目を見張った。
「あぁあれはフローラ…!」
どうしてルルドがフローラと一緒にいるのだろう。フローラは少し怯えているように見える。
彼女の前にはルルドと同じ黒いローブで銀髪の男の子がフローラを守るように険しい顔をして立っている。そして彼女の足元には幼い女の子が彼女にしがみ付いていてその子を安心させるようにフローラは女の子の頭を優しく撫でていた。
ロイドとユリウスの姿に唖然としていたルルドだがフローラに何やら短く話すと彼女を後ろで待たせて彼らに近づいていく。
「灰色の髪にヘーゼルの瞳…。あなたが行方不明の奥さんを探しているという方ですね。隣の子はその奥さんの子なんですね…」
気が付くと店の中は私達の噂を聞きつけた人々で一杯になっていた。
店の主人はそんな見物人を店の外にだそうと必死だった。
「見世物じゃないぞ!関係のないやつらは出ていってくれ!」
しかし好奇心が勝る見物人はこの店に集まってくる一方だった。
『すごいわ…。あの赤い髪の女性が例の行方不明の奥さんなのね…なんて綺麗なの!』
『そばにいる子供は誰の子?あの美青年の子供かしら。髪の色がそっくりね。二人共なんて可愛いのかしら!』
『関係者が全員子供も含めて街で人気の役者以上に美しい…まるで完成された演劇をみているようだ』
様子を見守っている彼らからザワザワと声が聞こえる。
「僕はルルドといいます。はじめまして。後ろにいる女性はおそらくあなたが探している女性だと思うのですが今は僕の妻です。実はここから遠い所にある深い森の中で瀕死状態の彼女を見つけました。出会った時から今までずっと彼女には昔の記憶がありません。しかし記憶がないままではいけないとずっと思っていました。そんな時以前僕が偶然この食堂に来たときあなたが必死で行方不明になった奥さんを探しているという噂を聞きました。その女性の特徴は僕の妻に驚くほど一致していた。だから彼女を連れてきたんだ。記憶を取り戻せる可能性を賭けて。そして万が一記憶が戻ったら彼女と共に歩むべきは僕か貴方か…はっきりさせるために…。選ぶのは彼女自身だから」
ロイドは何がなんだかよく分からない様子でもうどこから否定していいのか分からいほど唖然としていた。
『なんてこと!記憶喪失なんて!あんな美しい男性二人が彼女をとりあうの?すごいわ物語のお話みたいだわ!』
ルルドの言葉に彼らを見守っていた人々から興奮と恍惚がいり混じったような声がする。
妻?結婚?記憶がないですって!? 話がとんでもない方向になってきている事に気が付いたが私は割って入るタイミングが分からないでいた。
早く誤解を解かなくてはいけない。フローラが記憶喪失なんて…。今私が馴れ馴れしく駆け寄っても彼女を怯えさせるだけかもしれない。その証拠に私と目が合ってもなんの反応もない。早くルルドと話をしなければ。彼女が記憶喪失で森を彷徨っていた事を考えると彼は彼女の身の危険も危惧しているだろう。ルルドは今かなりの覚悟でここに来ているはずだ。人が多いこの場所はまずいし今フローラの名前を出す事も得策ではない。
カインさんがこちらに静かに駆け寄ってくると周りに聞こえないほどの声で静かに話しかけてくる。
「ここは人が多すぎます。裏に乗ってきた荷馬車を用意しました。場所を移されたほうがよろしいかと思います」
「ありがとうござます。では私の邸宅に移動しますがまずはその前にルルドさんと話をしないといけないようです。それとロレインにも彼女が見つかった事を教えてください」
アランにはロディさんにお願いをして上手く話をしてもらうようにしよう。
「わかりました。他の護衛にすぐ連絡に行かせます。フローラ様は私が警護いたします」
「よろしくお願いします」
そうカインさんに告げると私は意を決してルルドに話しかける。
「ルルドさん初めまして。私はここにいるロイドの姉のソフィアと申します。ちなみにロイドの隣にいる子は私の子供です。あなたの奥様の件でお話があります。しかしここでは人が多すぎるので場所を移動したいのですが私の家まで来ていただけないでしょうか?」
ルルドは私を見ると辛そうな表情で訝しげに言葉は紡ぐ。
「ソフィアさん。申し訳ない。今会ったばかりのあなたを僕はまだ信用できない。彼女が危険な事に巻き込まれるのは絶対に嫌なんだ」
確かにそうだろう。すぐに信用なんてしてくれる訳ではない。ではどうしたらいいのだろう…。私が次の言葉を懸命に考えていると後ろから突然声がした。
「じゃぁ僕があなたの人質になります」
驚いて振り向くとそこにはアルヴィスがいた。
「もし母があなた達に何かしたら僕をどうにでもしていい。だからどうか母を信用してください。お願いします」
彼は強い意思をもってルルドにそう言うと頭を下げてお願いをした。
私は驚きすぎて呆気に取られていた。
そんなアルヴィスの姿をみたルルドは暫く黙っていたがフローラの方をみて彼女がゆっくり頷くと静かに口を開いた。
「分かりました。ソフィアさん。この子に免じてあなたを信用します。幼い子のこんな強い意思のある目を僕は前にも見た事がある。その子は自分の母親を助けるため治療師の僕に必死にお願いをしてきました。その時の子と同じ目をしている」
その言葉に今まで強張った表情だったアルヴィスが緊張が解けたのか安堵した様子だった。
「ありがとうございます!では早速こちらに…」
私は心の中でアルヴィスに感謝していた。同時にあんな大それた事を自分の子供に言わせてしまった事を反省もしていた。
私は急いでルルドとフローラ、二人の子供達を連れ店の裏口まで連れて行くとフローラに目立つ赤い髪を隠すためショールを頭に掛ける。荷馬車に案内して乗せると続けてアルヴィスとユリウスも乗せる。
そうしていると店の中から主人の元気がいい声が聞こえた。
「おい、ロイド!店の事は気にしなくていいからお前も行ってこい!」
そういうと店の主人はロイドの背中をバチンと叩くといい笑顔をして彼を送りだした。
「えっ?僕も!?」
完全に巻き込まれてさきほどから何がなんだかさっぱり分からない様子のロイドだが無言でカインさんに連れて行かれる。巻き込んでしまったので邸宅についたら説明は必要だろう。
私は心の中でロイドに一言『ごめんね』とつぶやく。
「さっきから一体なんなんだよ!もう!僕を連れて行くこの冒険者の格好のこの人は誰なの!?」
ロイドの混乱した声が聞こえて一緒に積み込まれると荷馬車は動き出した。