表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/94

18


 街で私が捕らえられた事件から始まりアルヴィスのカインさんへの弟子入り宣言、義父との面会などここ数週間目まぐるしい毎日だった。そうして今日はユリウスを養子に出す時期を両親と話し合うため私の実家のアルバンディス家に行くことになっていた。

 私がこのドリュバード家に嫁いできてから初めて帰る事になる。


 嫁いだ当時はマリアが結婚するという事実が受け入れられず弟のロイドが精神を病んでしまっていた。そのため両親も貴族達の間で出回っているロイドに対する噂への対応やその件で影響を受けた事業への対応など忙しく必死に動いていた。万が一この家が傾いたとき路頭に迷う人数は領土も含め計り知れないからだ。

 しかし私に双子の男児が生まれてから次男を養子に迎え嫡男としロイドを廃嫡すると決定してから少しずつ事態は落ち着きを取り戻していた。しかしその頃のロイドの様子は相変わらずだった。


 ユリウスを連れてアルバンディス家の屋敷に着くと昔馴染みの使用人達が皆あたたかく出迎えてくれた。 私が小さな頃から父の秘書をしているデニスが吹き抜けのある玄関ホールで出迎えてくれる。訪れた私を見ると昔から変わらない若々しいその顔から笑顔が溢れた。

「お嬢様。お久しぶりでございます。心配しておりました。色々辛い思いをされたようで…」


 そういって私を気遣ってくれる彼から悲痛な表情が浮かぶ。


「デニス。久しぶりね。色々あったけど大丈夫よ。この子は私の次男のユリウスよ」


 今にも泣きそうだった彼にユリウスを紹介するとついに彼は泣き出してしまった。昔から涙もろい性格は変わっていない。


「あの小さかったお嬢様がお子を連れてくる未来が来るなんて…。わたくし、感無量です。はじめましてユリウス様。私はこのお屋敷で貴方様のおじい様と一緒にお仕事のお手伝いをさせていただいているデニスと申します。よろしくお願いいたします。今日はお目にかかれてとても嬉しく思います」


 デニスは立ち膝をしてユリウスに視線を合わせると胸に手を置き丁寧なあいさつをした。


 ユリウスがデニスを見習って同じように丁寧に挨拶を返すとちょうど二階から父と母が下りてくるのが見えた。

 母は私の姿を見つけるとすかさず駆け寄ってきて私を強く抱きしめた。


「ソフィア!会いたかったわ!よく来てくれたわね。あなたばかりを辛い目にあわせてごめんなさい…」


 そういう母もデニス同様に涙もろい。私を抱きしめながら涙声でそういった。


「ソフィア。私からも謝らせてくれ。お前を気にかけてあげられなくてすまなかった…」


 そんな父は少し老けたようにみえた。今までの心労が顔に出ているように思える。それだけで両親の苦労がうかがえた。


「お父様お母様、私ならもう大丈夫です。私を助けてくれる人も沢山いるわ。もう昔みたいに泣いてばかりではないわ。ねぇ、ユリウスがこの状況を見てどうしていいのかわからないようだわ」


 私に抱き着いて泣いている母をなんとかなだめて私から離す。ユリウスは泣いている母を見てオロオロしていた。さきほどから泣く大人が多い事に驚いているようだ。


「ユリウス。こんにちは。私はあなたのおばあ様よ。あんなに小さかったのに…大きくなったわね…」


 母が私から離れてユリウスに話しかけると彼を見てまた泣き出してしまった。

 

「ユリウス。私は君のおじい様だよ。本当にりっぱに大きくなってくれて嬉しいよ。さぁここで話しているのも落ち着かないだろう。場所を移そう」


 そういった父の提案で私達は二階にある居間に向かう。


 屋敷を移動中様々な物が目に入るためユリウスは初めて訪れたこの屋敷に興味津々で早く探検をしたくて仕方がないようだった。


「ユリウス。ここは私が育ったお家よ。近い将来ここがあなたの新しいお家になるわ。だから今はきっと探検したいだろうけどもう少ししたら探検し放題よ。だからもう少し我慢してね」


「うっ…。母様はなんでいつも僕の考えている事が分かるんだよ」


 ユリウスは悪戯がばれた時のようなバツが悪い顔で私をみていた。

 ふと見た視線の先にロイドの部屋が見えた。

 あれから数年経ちロイドも少しずつ落ち着いたと聞いていたので私は安心していた。

 今はどうしているのだろう。


 居間に入ると嫁入りする前とさほど変わっていないインテリアと懐かしい部屋の雰囲気で生まれ育ったこの家に帰ってきたと実感してひどく安心した。昔私が悪戯をして傷をつけた柱の傷を見つけて小さな頃を思い出していた。家のあちこちで昔の思いでの痕跡を見つけると確かに父や母に沢山の愛情をもらって大切に育ててもらった思い出が蘇る。

 馴染みがよく座り心地も良いソファーに座るとユリウスも私の隣に静かに座る。彼はいつもと違う雰囲気に少し落ちつかないようだ。


 そうして母と父も席に着くと話を始める。ユリウスは少し不安そうな表情だったがそのうちいつもの調子を取り戻し私達の会話を黙って聞いていた。


 時期はキリが良い6歳になってからに決まった。詳しい日にちは誕生日が過ぎた2週間後で決定した。今5歳と4か月だから7か月後。きっとあっという間だろう。私はユリウスが分かりやすいようにかみ砕いて優しく説明する。


「分かった」


 一言、真剣な顔で何か吹っ切れたようにユリウスが答えた。


 それから執事のデニスがきてユリウスを屋敷の探検に誘うと彼はうずうずしていた冒険心を開放させて元気に駆けて行った。そうして両親と三人になったので私はアルヴィスの話をした。


 父と母にもアルヴィスが剣の修行と行儀見習いもかねてアランの父の昔馴染みの友人の所に行く事を話した。それにはあの発端になった事件の事も話さないといけなかった。


 静かに私の話を聞いていた父と母はその件でアランの父から手紙をもらっていた事や私が嫁いでいった時の話を始めた。


「ソフィア、本当に今まで辛かったわね。ごめんね。一人で全て抱えさせてしまったわ。許してなんて言えないわね…悲しかったよね。寂しかったよね」


そういうと母は私の隣に座りそっと私を抱きしめてくれていた。


 気が付くと私は母に抱き着いて小さな子供のように思いきり泣いていた。本当はずっと辛かった。辛かったね、悲しかったねと言われて母に慰めてほしかった。私が今まで正気でいられたのはベルカやロディさん周りの人達の支えがあったからだ。

 父も私の隣にきてわんわん泣く私の背中を優しくさすってくれた。両親に挟まれる形で父と母にひとしきり泣いて慰めてもらうと今まで溜まっていた黒いものが全て流れるようにスッキリしていた。


「ねえソフィア。アルヴィスもユリウスも家をでたらお前はもうあの家にいる理由がなくなるんだよ。もう自由にしていいんだよ。だからこの家でまたユリウスと私達と一緒に暮らさないかい?」


 そういう父の提案に私はようやくこれからの自分の生き方を真剣に考えてみる時期がきたと思った。


「そうだソフィア。お前が嫁いでからずっと定期的に手紙を送ってくる男性がいるんだよ」


 そういって手紙の束を渡された。送り主は在学中、クラスメイトだったカルロスだった。


「危険な奴かもしれないと思って中身は確認させてもらっているがよっぽどお前の事を気にしているらしいな。文面からソフィアを慕っている気持ちがとてもよく分かるよ。私の方でも彼について調べたが、もしこれから違う生き方を選ぶなら彼は心配ないだろう。今度は幸せになれる相手だよ」


 父がそう言葉を添える。


 私はその手紙の一部を読みながら彼の事を思い出していた。いつも元気で明るくてクラスメイト達から好かれていていつもクラスの中心にいた彼の姿が目に浮かぶ。彼ならもっといい相手がいるだろうに。私などは彼の相手に相応しくないし足枷にしかならないだろう。帰ったら早速手紙の返信をしよう。


 二人を出産する前に考えていた人生設計。街に出て静かに生きて行きたい。貴族世界は何かと煩わしい。 社交の場に出れば私とアランとの不仲のせいでひそひそと噂をされる。笑顔でやり過ごすのももう疲れてしまった。

 アルヴィスもきっとユリウスと同じ時期に旅立つのだろう。私もこれからどうしたいのか少しゆっくり考えてみよう。

 そうして私はさっきから気になっていたロイドの話をする。


「そういえばロイドはあれからどうしているの?今日は不在なの?」


 父は少し間を置いて話始める。


「マリア様の挙式後が最もひどかったんだ。引きこもって部屋から出てこなかった。もちろん社交シーズンになってもそれは変わらなくてそれからしばらくそんな状態が続いた。でもある日を境に少しずつ変化があったんだ。いつ何を起こしても不思議じゃないくらいひどく精神を病んでいた状態だったのに。ある日少しずつ部屋から出てきてふらりと庭のベンチまで来てはそこで一人で座っているあいつの姿を見るようになったんだ。最近では以前のような明るさを取り戻してすっかり元気になっていったよ。そうして私はそんな彼に話をした。あの子を跡目から外してソフィアの息子を嫡男にすると。でも彼はしばらく黙ってその話を聞いてきて私の目を真っすぐみてうなずいたんだ。そうしてそうか。分かったよ。父上。とだけいった。私はそんなロイドの変化を信じて地方にある領地を彼に任せてみる事にしたんだ。そのためにまず領地の人々の生活を理解させる必要があった。一度一人で街に出して生活をさせてみる事にした。関わる人全員に決して身分は明かさない事を条件に仕事も家も一から生活の基盤を築かせてどこまでやれるかロイドを試してみようと思ったんだ。それがつい2週間前の事だよ。だからロイドは今この邸宅にはいないんだ」


「住む所が無事に決まったらこちらに手紙を送るように言ってあったがわりとすぐに住む所が決まったようだよ」


「そういう事だったのね。姿が見えないと思っていたわ」


 あの幼かったロイドがどんな風に成長しているだろう。近々街に彼を訪ねてみよう。


 ここ数日バタバタしていたのもあって気分転換も兼ねて二人を連れてロイドの様子を見にいく事にした。その事をロレインに話すと前の事件の件もあってひどく心配していた。街に下りてロイドに会いにいく日はカインさんをはじめ数人の護衛を貸してくれる事になった。


 数日後ロイドに会いに行く当日の朝を迎える。この日を境に運命の歯車が大きく動き出す事になるなんてその時は思いもよらなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ