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ルルドの話2


 行方不明の緋色の髪の女性とはカトレアの事だろうか。自分の名前を思い出せない彼女があの日偶然見つけた彼女の髪と同じ色の花。カトレア。その花の名で彼女を呼んでいた。


 もしそうだとしたら…。

 でもここからかなり距離のあるあの森に何故一人で置いていかれたのだろう。

 まるでそのまま死んでくれと言っているようなものだろう。そんなふうに彼女に酷い仕打ちをした人間を許せなかった。

 今でも強い怒りを覚えた。カトレアにどんな過去があろうと僕は彼女を必ず守ると再び誓った。

 しかし、もし生きていると知られたら危険かもしれない。この件は慎重に行動しなければいけないだろう。僕はなるべく平然を装うようにして主人にもう少しその情報を聞き出す。


「そうなんですか。私も知人に聞いてみます。もう少し詳しくその女性の特徴とその女性を探している旦那さんがどういう人なのか聞いてもいいでしょうか」


 そういう僕の返答を聞くとぱっと顔を明るくした主人は話を始めた。


「ありがとう。助かるよ。その女性はウェーブのかかった長い髪に大きな瞳の美人だそうだ。目の色はエメラルドグリーンでとてもきれいな色をしているそうなんだ」


 カトレアの特徴と一致している事に衝撃を受けた。そんな僕の心情をよそに主人は話を続ける。


「それでその旦那の特徴は灰色の髪で背はそれほど高くないが見た目はかなりの美男子で街の女性からは必死で奥さんを探している姿から悲劇の麗しき美青年なんて呼ばれているよ。珍しいヘーゼルの瞳でどこに住んでいて何をしているのかは実はよく分からない。でもこのあたりに住んでいないのか頻繁には姿を見ない。それでも月3回くらいはここに奥さんの目撃情報を聞きに来る。とても人が好い奴でこの街には奴の知り合いも多いはずだ。大通りにある酒場や市場にも奥さんの情報を聞きに足を運んでいるみたいだよ。そうそう、今料理を運んでいるそこの女性は奴に危ない所を助けられた。帰るところが無かったあの子を丁度人手不足だったうちの店に連れてきて今働いてもらっているよ」


 そういうとその女性は客に料理を運び終えるとこちらにきて会話に入る。


「そうなんです。とっても親切な人でした。私はあの人がいなかったら今頃どうなっていたのか分かりません。命の恩人です。だからあの人が探している女性が一日でも早く見つかる事が私の願いです」


 そういうと彼女は僕にこの店の住所が書かれたメモを渡してきた。


「どうか何か分かったらこの住所まで連絡してください!お願いします」


 その言葉から必死な想いがつたわる。彼女は僕に頭を下げた。


「わかりました。何かわかったら連絡します」


 そういうと僕はその店を出てそれから市場にやってきた。そこでその男性の情報をもう少し集める事にした。話を聞いた人々からは彼の好意的な印象を強くうけた。


 同時に好意的な彼の人柄を聞けば聞くほど僕の気持ちは重くなる。そんなにいい奴なら彼女もきっと彼の事を愛していたのかもしれない。そしてある事情から彼から離されてあの森に記憶を消されて捨てられたのかもしれない。カトレアが彼の事を思い出したら、彼女は彼の元に帰るんだろうか…。僕は重い足で歩き出した。

 街を出る前にカトレアと子供達へのお土産を買う事を思いだした。

 帰ったら思い切ってカトレアに話してみよう。決めるのは彼女自身なのだ。


 ララに乗り二日かけてあの森へ帰る。険しい山道を抜けてちょうど太陽が真上に到達した頃ようやく我が家が見えてきた。玄関ドアを開けると二人の子供達が勢いよく飛び出してきた。

4歳になる息子のアンリと年子で3歳になる娘のアリスが思い切り抱き着いてくる。

 アンリは僕とカトレアの両方に似ていてカトレアの要素が強いのか女性的で綺麗な顔をしている。アリスはどちらかというと僕に似ているがとても可愛らしい。二人とも髪の色は僕の色だった。


「父さんお帰りなさい。すごく会いたかった」


 そういうと満面の笑顔で僕を見上げる。一方でアリスは僕の太ももに顔を埋めながらしがみ付いていた。

「僕も会いたかったよ。寂しい思いをさせてごめんね」

僕はしゃがみこんで小さな彼らに目線を合わせると二人を抱きしめる。二人共とてもかわいい。いつも僕の気持ちをあたたかく穏やかにしてくれる。二人を産んでくれたカトレアに感謝してもしきれないほどだ。


「おかえりなさい。ルルド。無事に帰ってきてくれて安心したわ」

 

 カトレアが出迎えてくれる。


 僕は帰りの道中ずっとカトレアを探しているという彼の事を考えていた。同時に彼にカトレアを返したくないという強い嫉妬心を抱いていた。優しく僕に微笑むカトレアを見た瞬間愛しくてたまらなくて彼女を思いっきり抱きしめていた。そのまま彼女にキスをして一晩中抱いていたいという衝動に駆られるが子供達の手前何とか理性をもってその衝動を沈める。


「僕がいない間何か変わりはあった?」


 抱きしめながらカトレアの耳元でそうささやくように尋ねる。

 この森の中で幼い子供達と妻だけを残していくことをとても心配していたのだ。

 この家には地下に隠し部屋がある。万が一の時はそこに逃げ込むように言ってあった。


「大丈夫よ、心配ないわ」


 カトレアは僕から慌てて逃れると顔を真っ赤にしながらそう答えた。


「はやく僕が一人前になって父さんがいなくても母さんとアリスを守れるようになりたい」


 隣にいたアンリは真剣な顔で僕にそう言う。


「ありがとうアンリ。今はその気持ちだけで十分だよ。焦らないでいいからね」


 僕がアンリに向かいあって優しく頭をなでると彼は嬉しそうに僕に抱き着いてきた。


 僕は二人にお土産の包みをそれぞれに手渡す。前に僕と同じ黒いローブが欲しいといっていたので包みを開けた彼は大喜びをしていた。

「父さんと同じ黒いローブだ!かっこいい!ありがとう。早く父さんのようにカッコいいお医者さんになりたいんだ」

 そういうとそのローブを早速着るともう大はしゃぎだ。最近アンリにも魔力がある事が分かってからアンリの将来の夢は僕と同じ治療師になることに決めたようだった。しかしアンリに魔力がある事に内心すごく驚いた。親子で魔力があるのは珍しい。そういうのもこの能力は遺伝しない。もしそんな事があるのであれば僕達治療師はより有能な子孫を残すため家畜や物のように扱われ悲惨な末路をたどる事になるだろう。


 一方でアリスはララが大好きだ。それはもう暇があればララのそばにいるくらい好きだ。しゃべりはじめたばかりでまだよく聞き取れないがいつもなにやらララに話しかけている。そんなララにも子供が出来てもうすっかり大きくなったララの子供と大の仲良しでいつも一緒にいる。


 そんな事からララによく似た動物の縫いぐるみを偶然見つけた僕はその縫いぐるみをアリスのお土産に即決した。アリスにその包み渡すとキラキラした目で包み紙を開けた。彼女がその縫いぐるみを手にした瞬間からいつも持ち歩き毎晩一緒に寝るほど大切にしていた。


 カトレアには何がいいのか内心かなり迷った。彼女の綺麗なエメラルドグリーンの瞳の色と同じ色のガラス細工の髪留めを見つけて自然とそれを選んでいた。本当は宝石など綺麗な装飾品を買えれば良かったのだがそんな大金は持ち合わせていなかった。でもいつか彼女に宝石をプレゼントしたいと思っていた。

 その髪留めを気に入ってくれるかドキドキしながら手渡すと彼女はパッと目を輝かせてそれを見ていた。


「とても綺麗ね。私の瞳の色と同じだわ。ありがとう大切にするわ。でも今度はルルドの瞳の色と同じ色のものも身に着けてみたいわ」


 そういって早速その髪留めを付けてくれた。その日から毎日それは彼女の髪にあった。

 僕は今とても幸せだ。恋とは違う、心の中があたたかさで満たされる感情。こんなにも愛しい存在が出来るなんて彼女と出会うまで思いもしなかった。しかしあの王都での話を彼女に伝えなければいけない。


 僕の幸せなんてどうでもいい…。大事なのは彼女が幸せでいられる未来だけ。


 僕は子供達が寝静まった頃重い口を開いて彼女にその話を始めた。



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