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マリアの話5


フローラから女神の涙を奪う事に成功したあの日、駆け付けた兵士に怖かったと震えながら助けを求めた。泣きながら彼女に手紙をもらいあの場所に呼び出され襲われそうになったと証言する。フローラは再びオズワルドの怒りをかい彼女の両親の元に連れて行かれた。あれからフローラがどのような罰を受けたのか容易に想像がついた。記憶をなくした彼女は弁解さえできないだろう。記憶を無くしている事でさえ誰も信用してはくれない。彼女に対する心配事は無くなった。邪魔をする相手はもういない。これでいつあのイベントが発生しても大丈夫だと安堵した。


 フローラを消したあの日からしばらくしてそれは起きた。いよいよ聖女覚醒のイベントが発生したのだ。

 私はアルフォンスに誘われて街の孤児院に来ていた。しかし私の生まれ育った場所ではない。あの孤児院は私の学園入学を機にこの街に数か所ある他の孤児院に統合されていたのだ。


 この日、年に一度の特別な日である建国記念日をお祝いして孤児院の子供達にプレゼントを持ってきたのだ。長い歴史があるこの世界のこの国は創世の女神の子が地上に降り立ちこの世界の王となりこの国を建国したと言い伝えられている。そして今日がその始まりの日であり毎年国を挙げて盛大にお祝いをしているのだ。

 パレードでは王族達を乗せた豪華な馬車が大通りを移動しながら民衆に手を振る。アルフォンスも王太子としてそのパレードに参加しながら他の馬車で移動しつつ各孤児院を巡り自ら子供達へのプレゼントを配り歩いているのだ。

 

 聖女覚醒イベントはいつどこで発生するのか分からないその時の状況でイベントの内容も規模も変動する。

 私はそのイベントで自分がもっている特殊能力を開放して聖女として降臨するのだ。しかしこの時までは今日そのイベントが発生するとは思ってもいなかった。


 私の特殊能力は瀕死に近い重度のケガをしている人でも複数人を瞬時に完治させることができるのだ。そのうえ人の全臓器をも再生させる能力があるのだ。それをフルパワーで発動すると命の蘇生すらも可能なのだ。しかしその場合代償として自分の命をささげる事になる。

 

 アルフォンスと最後の孤児院で子供達一人一人にプレゼントを手渡し最後の一人に渡し終えた頃ようやく張り付けた笑顔から解放された。私は子供が嫌いだ。鳴き声も笑い声さえも大きくて甲高くて不快だ。だから小さな子供を見てもかわいいなんて思うはずがない。

 なにより出産の苦痛なんて絶対に味わいたくない。なぜそんな苦痛を受けてでも子供がほしいと思うのか理解さえできない。


 夕日で辺りが真っ赤に染まり徐々に太陽が隠れ漆黒の夜が迫って来る頃、私を送るため王宮専用馬車は寮がある学園に向けて移動していた。

 しかし突然街の方で大きな音がする。それと同時になにやら人々が騒がしい。

 兵士の報告では先ほど最後にプレゼントを配ったあの孤児院から突然火の気が発生して建物が勢いよく燃えているとの事だった。

 私はアルフォンスにお願いをして引き返してもらう。これはあのイベントだ。私は確信する。

 急いで孤児院に戻ると建物は巨大な炎に包まれていたが既に消火活動が行われ子供達をはじめ孤児院の関係者達が外に運ばれていた。みな重症だ。体力がない小さな子などは既に意識がない子もいる。

 そんな中次々と中から人が運ばれ消火活動も過酷を極めていた。

 王宮の兵士も必死に救出活動に加わる。辺りはすでに野次馬で一杯になっていた。全員取り残す事なく外にだしたのか確認してもらって私は重体の彼らが横たわっている辺りに立つと例の特殊能力を発動する。


 いよいよだ。この術をかけ終わると私は一度死ぬだろう。しかしこのイベントを見事成功させれば晴れて聖女の道が開けるのだ。私は迷う事なくフルパワー全開で能力を開放させる。目の前が眩しい光に包まれて意識が遠くなっていくのを感じた。次に目覚めてゆっくり立ち上がると民衆の歓声で辺りは沸いていた。そうしてその日私はめでたく聖女になり再びこの世界に戻ってきたのだった。


 そうして見事聖女として蘇った私はロレインを退けてアルフォンスと婚約する事ができた。


 しかし王妃教育という過酷な生活が私をまっていた。あまりの過酷さに私は早々に匙を投げた。こんなにも膨大な量を記憶する事はとてもできない。貴族の名前と爵位から始まり礼儀作法、ダンスと毎日遅くまでレッスンが続いた。それでも一か月は食らいつくように頑張ってみたが出来ないものは出来ない。アルフォンスに泣きつくと彼は暫く考えて彼の父でもあるこの国の王と相談するといった。

 

 数日後アルフォンスから驚きの返答を耳にする。なんと一度は退けたあのロレインが側妃として嫁ぐ事に決定したようだった。何という言う事だろう。私はロレインが苦手だ。それ以上に妖艶な魅力を持つ彼女にアルフォンスが再び好意を持つのではと自分でも意外だが彼女にひどく嫉妬した。私は泣いてアルフォンスに訴えた。返ってきた返答は側妃として嫁ぐがロレインとは何もないしこれからもそうだと。自分の執務を手伝ってもらうだけだといって私をやさしく慰めてくれた。

 

 しかしここでふと気が付く。本来私がやらないといけない仕事をロレインがやってくれるのなら好都合だと思いなおした。

 

 それから数か月後いよいよアルフォンスとの挙式イベントが始まった。この日のために今まであらゆる手を尽くしてきたのだ。達成感で清々しいほどに気分が良い。厳かに神殿での婚姻の儀を終えると宮殿のバルコニーから美しい王太子アルフォンスの隣に王太子妃として立ち、笑顔で手を振るとそこから見える沢山の民衆からどっと沸く喝采を浴びた。なんて気分が良いのだろう。卒業イベントの比ではないくらい沢山の人々の喝采を浴びているこの時間は前世もふくめ今まで生きてきた中で一番優越感に浸った瞬間だった。なんて気持ちがいいのだろう。みな私の事を聖女と崇めひれ伏す。こんなにも興奮する出来事があるだろうか。私はしばらくその熱気に酔いしれながら夢のような時間を過ごしたのだった。


 挙式から2週間後ロレインが予定通り嫁入りすると私はアルフォンスと婚姻休暇の為旅行にでかける事になっていた。

 見送りにきたロレインは私を見ても表情を変えなかった。側妃に成り下がったくせに、いたってどうってことはないという余裕すら感じられる。その態度に私はイラ立ったが出発の時間がせまっていたのでその場を後にした。


 気分を変えようと旅行の事を考える事にした。この国の外に行った事がなかったのでこの国以外の様子がどうなっているのか楽しみだった。さすがファンタジーの世界だ。前世では見た事がないような美しい世界が広がっていた。私の一番のお気に入りはクリスタルの森だった。日が落ちる瞬間の昼と夜とが混ざり合う瞬間から木の根元や小川のほとりなど、そこらじゅうで自生しているクリスタルが淡い光を放ち幻想的にその存在を浮かび上がらせるのだ。これほど美しい光景は今まで見たことが無かった。


 港街では国では見た事もない色をした美しい煌びやかな宝石やアクセサリーが沢山目に入った。この街では世界中からこの場所に集められ貴重なものが売買され取引されているのだ。それらをアルフォンスにねだれば彼は喜んで私にプレゼントしてくれた。私は希少な物や煌びやかで美しいものを身に着ける事がこの上なく好きだった。豪華なドレスやアクセサリーが大好きなのだ。それらを身に着けて人々の注目を浴びる事がなにより気分が良くて大好きだった。


 しかし旅行に出た日から夜になるとアルフォンスが早く子供が欲しいと言い出した。

 はっきりいって私は嫌だった。子供なんてほしくない。そもそも出産の痛みなんて体験したくないし子供が嫌いだった。だから私は正直にアルフォンスにいうと彼は見て分かるくらいに落胆した。裏ルートに入った目的の一つとして美しいモブキャラの攻略があった。最終的な目的は裏ルートにしか出現しない隠れキャラだった。妊娠なんかしたら彼らを攻略できない。絶対に嫌だった。


 しかし私はふと良い考えを思いつく。ロレインにアルフォンス以外の王族の子供を作ってもらえばいいのだと。王族の血があれば跡継ぎの問題はないのではないかと思った。そもそも精霊のいとし子の私に文句は言えないだろう。

 旅行から帰るとアルフォンスはいつもなにやら物思いにふける事が多くなった。

 そしてある日の晩やり残した急ぎの仕事があるといい部屋を出て行った。

 その晩早く帰ってきた彼はすぐにベッドに入り休んでしまった。余程仕事が疲れたのだろうか。

 そうしてその日を境に少しずつ私との会話が減っていったように思った。


 そんな彼の変化を深く考えなかった私はアルフォンスが執務で居ない間を見つけてはモブキャラの攻略に懸命だった。

 素晴らしく見た目の良いモブキャラは多くいた。私はアルフォンスが執務で居ない間を見つけては彼らを攻略した。しかしどんなに見た目が良くてもアルフォンスの目を掻い潜り週に2度ほどの頻度で会っても三か月もすれば最初のドキドキ感は失われすぐに飽きてしまう。それでも王宮には沢山の人の出入りがあったので見た目の良いモブキャラに不自由することはなかった。


 そんな生活をしばらく続けているとある日前世で私が大好きだったあの俳優にそっくりな黒髪の男を見つけた。何故あの俳優にそっくりなキャラがいるのか不思議だったがそんな疑問はどうでもよかった。私は胸が躍った。あの男を傍に置きたい。

 私の好みのど真ん中だった。一緒にいた兵士の男を一人残しあの男を慌てて追いかけた。私が呼び止めると驚いた顔でこちらを見ている。そんな表情もたまらなく好みだった。


「ねぇあなた今まで見た事がないわ。あたらしく雇われた新人?」


 そういう私の問に彼はどう返答していいのか迷っているようだった。


「まぁいいわ。どのみちどうにでもなるし。ねぇあなた、私の従者にならない?」


 そういう私の言葉に明らかに動揺している。ヒロインの私が声をかけてあげているのにと一瞬イラ立った。


 しばらく沈黙が続きさすがにイライラした私が口を開こうとした時彼の後ろからあのロレインが姿を現したのだ。厄介な女が来たと内心舌打ちをした。私は分が悪くなる予感がしていた。

 ロレインは優雅にゆっくりとした歩調でこちらにくると妖艶な笑みを浮かべてこういってきた。


「これはこれは王太子妃様。ご機嫌麗しゅうございます。ところでこちらは私の弟のアランの従者をしている者でございます。今日はたまたま私の使いでこちらに呼んでおりました。何か不手際がございましたか?」

 ゆったりした口調が余裕を感じさせられる。


「そういえばなにやら自分の従者にと聞こえましたが聞き間違えでしたか? そうですよね。マリア様には他にも見目麗しい幾人もの従者がいらっしゃいますものね。」


 そういうと私を見てまるで悪気がない口調でそう言い放ったのだ。

 気が付くと私はくやしくてその場を無言で去っていった。さっきまで一緒にいた兵士が、戻ってきた私に駆け寄り私のこわばった顔に気が付くと優しくなぐさめてくれた。


 それからも時々あの黒髪の男が何度かソフィアと一緒にアランによく似た子供といるのを見かけた。子供は3人いた。もう一人はソフィアによく似ているがアランと同じ髪の色だ。もう一人は人形の様にとても綺麗な顔をした子供がいた。


そうしてもう一人見かけない兵士がソフィアと子供達と楽しそうに戯れている。その場にいた全員に笑顔が溢れていた。

 私は驚いた。あのアランと結婚したとは聞いていたがまさか子供を作っていたとは。私には触れてもこなかったくせにアランがあのソフィアとは子供を作る行為をしていた事に酷く屈辱を覚えた。そうしてなによりあの黒髪の男ともう一人同じく美しく優しげな男性2人に囲まれて幸せそうに子供達と戯れるソフィアに嫉妬した。何故あの女だけあんなに幸せそうなのだ。許せない。ただの当て馬のくせに! 幸せそうで許せない。許せない…。許せない…。許せない!

 私はソフィアに今まで以上に憎しみを覚えた。あの女が消えればあの男達も傍におけるだろうか。

 ソフィアが邪魔だ。消えてほしい。そうだ、再びアランを奪ってやろう。そうして別の方法でソフィアを消してやろう。そういえばソフィアにも当て馬にもかかわらずバッドエンドがあったのを思い出した。

 今からでもあのバッドエンドに送ってやれないだろうか。私は考えを巡らせた。

 そうして私はアランを自分の近衛に戻す事をその日のうちに即決した。


 しかしソフィアを標的にしたことが私の破滅を招く事を私はまだ知らなかった。

太陽の石はもう美しい真っ白な色を保ってはいなかった。黒に近い灰色に変わっていたのだった。

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