マリアの話4
フローラが何故あの時わずかに笑みを浮かべたのか結局私には分からなかった。
分からないが故に予想外のあの笑みが不気味にさえ思えて仕方なかった。
オズワルドから全生徒が見ている前で大々的に断罪された彼女はあの日以来姿を見せなくなった。彼にフローラがどうしているのか聞いても歯切れが悪い返答しか返って来なかった。私は彼女の動向が気になって仕方なかったがそのうちオズワルドにマリアが気に病む必要はないとその件は一蹴されてしまった。
しかしまだフローラから女神の涙を奪えていない。聖女になってロレインを退けてアルフォンスの婚約者に収まり彼と結ばれなければ裏ルートへの道は開けない。それまであと数か月の猶予しかないのだ。さてどうしたものだろう。
聖女になる為に重要なあのイベントが発生する前に何としてでもあの石を手に入れたい。
彼女の事をよく思い出して弱点を探ればそれを餌にどこかに誘い出せるだろうか。あるいはそれと引き換えにあのアイテムを差し出すだろうか。私は暫く考えを巡らせる。
そもそもゲームと若干設定がずれているのはどうしてだろう。ロレインは悪役令嬢にはならなかった。ソフィアはただの幼馴染の当て馬から婚約者になりその上しっかりアランの愛情も得ていた。そのズレはどうして起きたのか。
そこであの二人と仲がいいフローラの存在だ。そもそも彼女はゲーム上ロレインの取り巻き令嬢なので親友という設定ではない。
様々なズレの原因は彼女が何かしたせいかもしれない。そして様々な観点から彼女は間違いなく転生者だと確信した。
やはりあの二人を餌に誘い出せばどうにかなるかもしれない。
私はオズワルドに泣きついて学園に来なくなったフローラが今どんな生活をしているのか私がどんなに心配をしているのかを毎回泣いて訴えた。最初は優しく慰めてくれたり気にしなくていいなどと言って教えてはくれなかったがそのうち遂にフローラの今の状況を聞き出す事に成功した。
どうやらあのダンスパーティーの前から自身の父に掛け合い婚約解消の準備を整えていたオズワルドは正式にフローラと婚約解消を成し遂げたようで、特殊な能力がある私を婚約者に据える方がいかに得になるかという事をうまく説得をしていたようだ。力関係ではオズワルドの家の爵位がフローラの家よりも高いのでフローラ側の以前の些細な失態を責めるだけで容易に婚約解消を勝ち取る事ができたようだ。
しかしフローラの家ではどうしてもオズワルドの家と繋がりを保とうと必死で僅かな望みをかけてオズワルドが再度フローラに向くのを期待しているようだった。フローラを婚約解消された汚点という傷口をこれ以上広げないために彼女を速やかに学園から除籍させ自宅に軟禁していた。しかし軟禁なのである程度の自由がある生活を送っているようだ。
私はオズワルドに頼み込んで私のせいで彼女が辛い生活を送っていることに憂いている事や一言どうしても彼女に謝りたいと必死に何度も涙目の演技を見せながら訴え続けたがやはり軽くあしらわれてしまう。
オズワルド経由でフローラに手紙を渡すのは無理なようだった。そこで新たに方法を考えてみる。
数日後私はよく中身を考えて手紙を書いた。そこには一番重要な内容は万が一他誰かに見られても中身が分からないようにこの世界では使われていない日本語で書いた。これで彼女が反応して指定した日時と場所に来たのなら間違いなく転生者だという確信が得られる。
そうして彼女の邸宅の前までいくと何日もかけて門番に魅了をかけやっとの思いで取り入る事に成功する。門番程度のモブキャラは手駒に出来るほど魅了の力が絶大に働く。そうしてその門番に手紙を渡し、手紙に書いたフローラを誘い出す日時と時間を教えると彼女がその日その時間に向けて動き出したなら彼女に偶然遭遇した事を装い味方だと言ってその場所まで連れてくる事をお願いした。
ついにその時がきた。
その場所は学園から少しだけ離れた所にあるちいさな廃墟だった。
私は学園の寮で生活をしているので時間になると学園の門は締まってしまい普通であれば外へ出られないが私は外へ出る事が出来る小さな抜け道がある事をゲームの知識の一部で知っていたので簡単に目的地までたどり着くことが出来た。
薄暗くなった頃例の門番が彼女と共にその約束の場所にきた。
到着すると同時に後ろから歩いてきた門番に彼女を捉える指示を出す。
「やっぱり罠だったのね。マリア。ロレインとソフィアに関わる重大な事で話があるっていうから来たのに。今まで散々やってくれたわね。私は貴方を許さないわ。正式な手順で攻略するのならまだ許せるけど何か違う手段を使っているわね。聖女になんかさせない。あなたのような人間にヒロインでいる資格はない。これ以上この世界を、大切な人達を傷つけさせない」
そういって私を睨みつける。
「やっぱり…。転生者ね。でもね、どう足掻こうともあなたはもう終わりだわ。この場所に来たことでもうすでに詰んでいるんだから」
そう私がいうと門番が乱暴に彼女の両手を後ろ手で縛り上げる。
「ちょっとなにするのよ、離してよ!」
彼女は精一杯ジタバタするが屈強な門番の男はびくともしない。
「…無様ね…私に勝てると思ったの?」
私は嘲笑うように彼女を見る。悔しそうに私を見ている彼女を見ていると楽しくて仕方ない。
「ところで貴方、本当はだれ?何者なの?」
ただの転生者ではなのかもしれない。だから彼女がこのまま近くにいるのが悔しいが怖かったし何より邪魔だった。
「そんな事どうでもいいでしょう…くっ…、私をどうするつもり?」
「まぁ 殺しはしないわ… 殺したら寝覚めが悪いもの、あなたは今からすべてを失うの。地位も家族も友人もその名前も全て」
「どういうことよ!」
「フフッ… まぁ焦らないで。すぐわかるから」
そういうと私は門番の男に瓶に入った透明な薬を渡す。
あの魅了の力をくれた人物に密かに貰っていたアイテムだ。
「今からこれを飲んでもらうわ」
そういうと門番に無理やり口をこじ開けられ彼女は瓶の液体を口の中に注がれる
しばらくすると薬を飲まされた彼女は意識を失い倒れた。
私は倒れた彼女の首に掛けられたその石を見つけると自分の首に掛けなおす。
いつも大切そうに首から下げていたのを私は偶然見ていて知っていたのだ。
そうして門番の男にまた指示をだす。
「いい?今日あなたは彼女が彼女の家から出ていくのを偶然みつけて後をつけてきた。そうしてここに私を呼び出していた彼女が私を襲おうとしたところを間一髪で止めたがその拍子に彼女が倒れたと証言するの。そうしてそのうち彼女が彼女の一族の怒りをかって家から出される時に再びこの薬を飲ませてちょうだい。お願いよ」
そういうと私は辺りに響きわたるくらい大きな声で周囲に助けを求めるように叫び声をあげた。