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双子の子供達ももうすぐ5歳になる。二人がお互いの道を歩み始める時期までもう少しだ。
貴族の嫡男になる子供の教育は早い。領土を収めている家が大半なので人の上に立つという事の自覚とそれにともなう知識を幼い頃から叩き込むのだ。貴族同士の付き合いも重要になるため社交の場でのマナーや礼儀、ダンスなども必須になる。これらが完璧に出来てやっと社交の場に立てるといっても過言ではない。
特にユリウスは私の実家に養子として出すので一緒にいられる時間はもうあと少ししかない。ユリウスにも前からはっきり話をしている。最初に話した時はとても寂しそうにしていたが幼いながらに彼の中でどうにか折り合いをつけたようだった。
養子に出す時期を両親と話し合うため一度ユリウスを連れて近々アルバンディス家を訪れる予定だ。
いつものようにお世話係としてこの離宮に来ているが最近よくロディさんが空いた時間を見つけては訪ねてきて子供達と遊んでくれる。子供達が生まれた時からずっと二人を可愛がってくれている彼もユリウスと過ごせる時間を意識しているのだろうか。ロディさんが来ると子供達はいつも以上に楽しそうだ。体力がない私よりカインさんも巻き込んで大人の男性二人に思いきり遊んでもらうのが3人にとって一番楽しいようだった。
しかし護衛が本来の仕事であるカインさんに子供達と遊んでもらっている事は彼の仕事の邪魔をしているようでいつも気が引けていた。彼は危険から私達を守るためにここにいるのである。そう何度も子供達に説得したが彼の人気は絶大だった。彼より子供達の人気を得ようと懸命に追いかけっこをしたことがあるが5歳児の体力と素早さをなめてはいけない。かなりすばしっこくて中々捕まらない。しかも3人も相手だともうこちら体力の限界だ。カインさんは自分も楽しんでいるので気にしなくていいし仕事はしっかりやっているから大丈夫だと言っていた。
一度アルヴィスの頭上に落下物が落ちてきたことがあったが彼は素早い身のこなしでアルヴィスを危険から見事守ってくれたのだ。
子供達と遊んではいても隙がない警備をしてもらっていることに気が付いて彼の護衛としての腕に感服してしまった。
その出来事以来そんなカインさんを尊敬の眼差しでみるアルヴィスがいた。
以降カインさんに暇を見つけては剣の指導をしてもらう彼の姿が目に入るのだった。
一方でユリウスはロディさんが大好きだ。
「ロディが父様になってよ」
ユリウスが驚く事を言い出した。
ロディさんがユリウスの言葉に喜んではいるが複雑な表情をしている。
「父様?」
私は思わず聞き返す。
「うん。だって庭師のトムのところのジムが言っていたよ。子供達や母様を近くで守ってくれて母様が大好きで優しくて家族みんなが大好きな人が父様だって。だからジムの父様はトムなんでしょ?僕とメイドのアンナのところのシーラは父上って人がよく分からないから納得しちゃったよ。ロディはいつも母様を見ている時、僕達を見る時とはちょっとだけ違う顔で見ているよね。ロディは母様の事大好きでしょ」
ロディさんは親切で私達の事を気にかけてくれているだけで私の事を好きなわけではないと思う。隣のロディさんを見ると顔を真っ赤にしてオロオロしている。どうしたんだろう。でもユリウスの言う通り彼が私の夫で子供達の父親であったならアランの妻でいる今の自分よりきっと毎日幸せだっただろう。そんな幸せなありもしない妄想をしているとなんだか空しくなってきた。
ちなみに屋敷ではいわゆるシングルマザーやシングルファーザーの使用人が沢山いて幼い子供を預けて働けない彼らのような境遇の人達を私は積極的に受け入れて働いてもらっている。実際男装して街に出てみると伴侶やパートナーがいない子持ちの親は子供を預けられず生活に困っている人が多いと知った。
地域の繋がりが密な場所などは近所同士子供達を交代で見るという環境が整っているようだがそういうコミュニティーに入れない人も多い。
だからこの屋敷でもそういうコミュニティーに倣っていわゆる保育士を交代で行っているのだ。私も仕事がない日などは公平に当番が回って来るようにしているので双子の二人も使用人の様々な年代の子供達とよく遊んだりしている。最近では小さい子のお世話もお手のものになってきていた。
ユリウスがとんでもない事を言ってくれたおかげでなった気まずい空気の中、エルトシャンはカインさんと虫取りに一生懸命だ。一方でアルヴィスは何やら考える様子でユリウスを見ていた。
彼は自分によく似ているアランが父だと気が付いているようだった。
そうして今日も遠くのある一点を険しい顔で黙って見ている。視線の先にはマリアの姿があった。
何故か最近ロディさんやカインさんが子供達と遊んでいる時など時々遠くにマリアの姿を目にする事が多くなった。
マリアの後ろには彼女の近衛にもどったアランもいた。アルヴィスは遠くに見える彼らをいつも黙って見返していた。なにか嫌な予感がする。
騎士の家に生まれた以上アルヴィスもドリュバード家の騎士団に入団して剣の指導を受ける時期がくる。 しかし、そんな当然のように将来進む道を彼があっさり覆してしまう出来事がおこる。
ある日お世話係がお休みの日ドリュバード家の護衛を付けて三人で街に出かけた事があった。
何故かアルヴィスは遠くで何かを見つけて一人で走り出してしまい私はすぐさま彼を追いかけた。かれは立ち止まってある一点を黙ってみていたのだ。その視線の先にはなんとマリアとアランがいたのだ。マリアがお忍びで街に下りてきていたのだ。
ちょうどその時近くで殺傷事件が起きていて争いごとを起こした男が半狂乱でナイフを握ったままこちらに走ってきたのだ。運悪くその男の目線の先にいた私はすぐにその男に後ろから首を絞められて囚われてしまった。
護衛の兵士達も男が興奮していることから容易に近づけないでいる。
アルヴィスが咄嗟に私を捉えている男に向かっていったが幼い体はあっさりと蹴り飛ばされてしまう。彼は地面に叩きつけられながら視線の先に見つけたアランに向けて呼んだ。
「父様!母様を助けて!」
その声を受けアランがこちらに走ろうとしたその時マリアが彼になにやら叫び呼び止めたのだ。アランがマリアの呼び止めに反応して止まった一瞬のうちに事態は悪化してしまう。
興奮した男が握っていたナイフを私目掛けて振りかざしてきた。
私は血の気が引いた。
「母様!!!!」アルヴィスの悲痛な声が響く。
しかしその瞬間男の手からナイフが空に向けて吹き飛んだ。何が起きたかよく分からない。男も茫然としている。そうしているうちに颯爽と走ってきた男性に男は一瞬のうちに組み敷かれて取り押さえられていた。私はすぐさまアルヴィスのもとに駆け寄り彼を思い切り抱きしめる。アルヴィスもそうとう怖かったのか震えていた。
街の警備の兵士に男を引き渡したその茶色の髪の男性はなんとカインさんだった。すぐさまカインさんにお礼をいうとアルヴィスはカインさんに抱き着いて震える声で一言ありがとうといって泣いていた。
カインさんはマリアに後ろから抱き着かれているアランをいつも穏やかな表情の彼とは違いひどく怖い顔をして睨みつけていた。
その日はそのままカインさんに送ってもらい屋敷に戻った。ロディさんとベルカが慌てて出迎えてくれたが事情を説明するとベルカは泣きながら抱き着いてきた。
「無事で良かった。無事で良かった」
そういって涙ぐみながら暫く私を離してくれなかった。
翌日大事をとってお世話係を休むようにロレインに言われたがアルヴィスはカインさんにお願いしたい事があると言い出して彼と共に離宮の彼のもとに急いだ。
いつもと変わらず穏やかな表情のカインさんに近づき彼の顔をしっかり見てこういった。
「昨日は母様を助けてくれて本当にありがとう」
礼儀正しくお礼を言うと私も彼に改めて心からの感謝の言葉を口にした。
それからアルヴィスは一呼吸おいてゆっくりはっきりとした口調で話し始めた。
「カインに剣を教えてほしい。お願いします。僕の師匠になってください。守りたい人も守れない父の剣などいらない。僕は大事な人を守れるように強くなりたい」
そういう彼の目は真剣だった。