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今日はお世話係がお休みの日なので子供達をベルカに預け再びフローラの目撃情報を探りに街へ出かける。
男装姿に着替えると鏡の前で不自然な所はないかしっかりチェックする。ふと、こうして男装した自分の姿は誰かに似ている気がするなと思ったがそれ以上深くその事について考えなかった。
屋敷の使用人などに遭遇しないよういつも秘密の出入り口で男装に変装して出掛ける。
私が小さな頃この屋敷に母と遊びにきていた当初、屋敷の中で迷子になり必死に使用人や母達を探して歩き回っていた時偶然見つけた出入口だった。人目に付きにくい古びた扉を開けると地下に続く階段が現れる。
階段を降りると小さな空間があって再び扉がありその先に延びる暗い細い道を抜けると屋敷の門の外に出るのだ。もちろんそちら側も普通に見ると何処に出入り口があるのか分からないが私はしっかり鍵を取り付け行き来をしている。
そうして今までベルカ以外誰にもこっそり街に降りている事を知られた事はない。
街に出るといつもの食堂に向かう。
素朴で暖かい雰囲気のこの店は訪れるたびに客で賑わっている。私は密かにここのスペシャルランチがお気に入りでいつも注文するくらい好きだった。
「よお!久しぶりだな。例の情報だな。すまない。いつもの通りだよ」
「そんなに暗い顔するなって。嫁さんきっと見つかるよ」
私が店に入るとすかさず話かけてきた店の主人はすまなそうな顔をして私を慰めるが私の聞き間違いだろうか探しているフローラが溺愛している恋人からお嫁さんに代わっている。
「嫁さんじゃないよ!」
お嫁さんという間違った認識を解こうと否定に走るがこの人はまったく人の話を聞かない。
「あぁ分かってるよ!そんなに否定するなよ。きっと訳ありなんだろう?」
確かに行方不明者を探しているあたりですでに訳ありなのだがフローラが恋人から妻になっている事はまったく理解できなかった。私は思わず苦笑いをしてしまう。
「おまえの駆け落ちしてまで結ばれた行方不明の嫁さんはきっとどこかで無事だからな!」
いや、だからいつどこでそんなストーリーが追加されたのだろう…。もう否定するのも疲れてしまった。
「ロイド、お前この街の若い娘たちの間で結構噂になってるんだぞ。行方不明の嫁さんを一途に想い続けて探してる悲劇の見目麗しい美青年だと」
あぁなんという事だろう…完全にいろいろ間違っている。そう言えば私がロイドと名乗っていることを今思い出した。
ある時名前を聞かれて咄嗟に男性の名前が思い浮かばずに弟の名前を出してしまったのだ。
ロイドなんてよくある名前だし問題ないと思ったが後にこの間違った噂とロイドという名前でフローラ発見の大きな足掛かりになるとはこの時知る由も無かった。
「そういえばこの店は来るたびに賑わっているね。繁盛しているんだね」
私は前から思っていたことを話した。
「あぁ有難いことに忙しい毎日を送らせてもらってるよ。近々宿屋も併設する予定だから人手が足りなくて困っているんだよ。どこかに気立ての良い看板娘になる女性で働き者はいないか?」
「そうだね、いたら紹介するよ」
次にこの食堂に来る時は私の噂がどんな方向にいっているのか少々不安ではあったがそう何気ない会話をして食堂を後にすると次の情報の仕入れ場の酒場が開店する時間まで市場に行く事にした。
ここの市場もよく訪れる場所なので知り合いは多い。
「よう、ロイド。久しぶりだな。嫁さん見つかったかい?」
果物屋のジョージが話かけてくるがここでも間違った噂が流れている。どうしてだ。
「いや、嫁さんではないよ。まだ見つからないんだよ」
「そうかまだ見つからないんだな。まぁそう気を落とすなよ。これやるから」
そういってジョージは紙袋に林檎を数個入れて私に渡してきた。珍しい種類の林檎で甘い匂いが漂ってくる。
「ありがとう」
そういって林檎の入った袋を受け取るとその市場で他の知り合いに会って少し世間話をする。そうしているうちにもうすぐ酒場の開店の時間になるので店がある大通に向かった。
大通に出るとふと小道に入る通路の入り口で小さなカバン一つを膝の上に置き座り込んでいる女性が目に入った。質のよい上等な服を着ている若くて可愛らしい女性だった。どうしたものかとしばらく様子をみていると辺りをきょろきょろしだしたり様子がおかしかった。その内どう見ても柄が悪そうな男が二人彼女に話しかけてどこかに連れていこうとしていた。私は咄嗟にその場に割って入る。
「ねぇ君たち僕の連れに何か用?」
私は二人を睨みつけると彼女の前に立ちふさがる。
「なんだよお前。この女の知り合いか?ちっ、上玉だったのに…」
そういうと男達は去っていった。
少し怯えているその子に私は優しく話しかける
「大丈夫?あの男達にどこへ連れていかれるところだったの?」
「はい、あそこの通りの隅で私を探している人がいるから一緒に行こうと言われました」
「そうだったの。あいつらはきっと人攫いだよ。ついて行っていたら危険な目に合うところだったよ。気を付けないとダメだよ」
私は何度も街に降りて様々な人と話すうちにそういう人種がこの街にもいる事を知った。若い綺麗な子が一人でいると狙いをつけて適当に誘い文句を言って連れ去るらしいと聞いたことがあった。一度ロレインにこういった輩の取り締まりの強化をお願いしないといけない。ふと、フローラもそういう輩に連れて行かれたのではと嫌や想像をしてしまい表情が険しくなる。
「あなたは一人でここにいるの?それとも誰かを待っているの?」
「いえ、どこから話せばいいのかしら。私は家を出されてここに置き去りにされました」
彼女は今にも泣きそうな顔をする。
「とりあえず詳しい話を聞きたいからどこか店に入ろう」
そういって自分も先ほどの人攫いと似たような文句て彼女を連れて行こうとしていることに気が付きはっとするが彼女はだまってついてきた。
「あの…自分でいうのもなんだけどあまり知らない人についていかない方がいいと思いますよ…」
今まさに彼女を連れ出している私がこんな事を偉そうに言えた義理ではないがいつかまた騙されないように彼女に助言する。
「はい、あなたは信用できると思ったので」
とにっこりした笑顔で言われてしまった。
近くの軽食屋に入る。
「僕のおごりだから遠慮しないで何でも注文してね」
そういうと彼女はお腹がすいていたのかサンドイッチを注文した。
注文を終えると彼女は少しずつ置き去りにされた経緯を話始めた。
彼女は王宮でメイドとして働いており元々伯爵家の令嬢だったようだ。同じく王宮で兵士として働いている婚約者がいたようだったが王太子妃のマリアと婚約者が人気のない場所で逢引をしている場面を偶然見てしまい動揺してその場で問い詰めると二人の逆鱗に触れてしまった。数日の間に婚約破棄を言い渡されおまけにありもしない噂を流されこうして市井に出されてしまったようだ。
突然街に放りだされ何処へいったらいいのか分からず途方に暮れていた所がさきほどの事だったらしい。
これから街で職を見つけて一人で生きて行かなければならない事が不安で仕方なかったようだ。
マリアか…私は重いため息をついた。アルフォンスと仲睦まじいと思っていたが他の男性と逢引とはどういう事だろうか…。
そんな事を考えていると突然私はある事を思い出した。メイドさんをしていたのなら仕事経験はあるし接客なんて慣れているだろう。そもそも彼女を一人でこの街に置き去りにできない。
「ねぇ僕を信用してくれたら君に紹介できる場所があるよ」
「…はい。あなたを信じてみるわ」
彼女は少し考えると意を決したように返事をする。
そうして私はいつもの食堂に向かうと主人に彼女を紹介した。
「さっき人手不足だから気立ての良い可愛らしく看板娘になる女性を探してるっていってたでしょ?」
そういうとさきほどの彼女を紹介した。可愛らしい笑顔はきっと店の看板娘になるだろう。
店の主人は大いに喜んで即決で彼女を雇う事を決めた。しかも住み込みで。
「これお祝い。よかったら食べてね」
私は就職祝いに先ほどジョージにもらった珍しい香りの良い林檎の入った袋を彼女に渡す。
私は彼女の受け入れ先が決まって一安心して屋敷に戻っていった。