マリアの話
私が5歳の時だった。
孤児院の施設のいじめっ子達にいつもの納屋に連れていかれると部屋の隅に追われいくつも石をぶつけられていた。
いつもは小さい石をいくつも投げられるだけだったがこの日は大きな石が頭を直撃した。
石が当たった激痛とともに頭の中からグルグルと記憶の破片が渦をまき、ぐちゃぐちゃにかき乱す。何が起きているのか分からなくて、だたひたすら怖かった。そうして恐怖で頭をかかえて蹲っていると私を心配して施設中を探し回っていた友達のルルドが私を発見してくれた。いつも私を気にかけてくれるやさしい友達だった。
すぐに私は施設の世話係に手当をされその後いじめっ子たちは厳しい処罰を受け違う施設に移っていった。
そうして頭の傷も癒えた頃私が今の私として生きてきた世界とは違う別の世界で生きていた記憶を持っていることに気が付いた。その記憶からどうやら今いるこの世界が前世で私が大好きだったあの乙女ゲームの世界である事を知ったのだった。
その日から私は前のようにいじめられて怯えるだけの弱い存在ではなくなった。私に石をぶつけたいじめっ子達はいなくなったが私をいじめる奴らは他にもまだいた。
まだ私が何をしても泣いているだけの弱い存在だと思っていたのだろう。泣いているふりをして不意に反撃をしてみると彼らは驚いた顔をした。それからいじめは過激になり大勢で囲まれるようになったが私は復讐を誓い彼らに数倍の反撃をすると辺りが彼らの血で一杯になった。
発見したルルドが咄嗟に治療魔法を開花させ一気に発動してしまい、いじめっ子達のケガを一瞬で治してしまった。その後ルルドが魔力持ちである事は施設側で秘密にするように隠された。国に見つかると魔力持ちは徹底して調べられその周囲の環境にも調べが及ぶらしく当時やましい事でもあったのか施設側は執拗にルルドの魔力を隠し続けたのだった。
その日から私は施設内で強い権力を手に入れた。少しでも私に逆らう子がいると周りの子供達を脅してその子をみんなで虐めさせた。そのうちみんなが私を恐れるようになった。
私の事を心配したルルドが毎日私に説教をしてくるようになった。他人の悲しい気持ちを理解した方がいいとよく言っていた。しかし私は前世で生まれてから今までずっと何故か人の気持ちを想像する事が出来なかったし分からなかった。
そもそも自分の利益のためなら方法は選ばないしその結果他人が不幸になって泣いたとしてもどうでもよかったし興味が無かった。
ルルドはそんな風に変わってしまった私を毎日心配した。このまま大人になってしまったら私が困ると、ある時泣いて心配してくれたがそれでも私は変わらなかった。
月日が流れ私はこの乙女ゲームの世界で自分がヒロインだということにようやく気が付いた。あんなに大好きだったゲームの主人公に転生できた事に心底喜んだ。
私はこのゲームを何度もやり込んでいてファンサイトではかなり有名な人物になっていたくらいだった。前世の自分も美人であったためゲームの中だけではなく現実の世界でも男はとっかえひっかえだった。
でもどこか満たされなくて数か月もするとどんなにいい男でもすぐに飽きてしまう。
私は飽きずに愛し続けられる運命の男性がこの世のどこかにいるのだと信じていた。大好きだったこのゲームの世界に転生できて攻略者たちが実際この世界にいるんだと思うとそれでもう私はやる気になっていた。
裏ルートに入れば乙女ゲームファンの夢であるモブキャラまで攻略できるんだから男なんていくらでもいる。飽きたらまた取り換えればいい。そして裏ルートに行く最大の目的はそこにいる隠しキャラだ。この人物こそ私の運命の相手だと確信していた。その隠しキャラを攻略できれば私はきっと満たされるはずだ。
私は記憶が戻って数か月後から裏ルート攻略に向けて着々と準備を始めた。
入念な記憶の確認をして特殊な力が覚醒する15歳を待ちに待っていた。シナリオ通り私は能力が覚醒してルルドと一緒に無事に学園に入学するが、どういうわけかイベントを起こしてもメインヒーローのアルフォンスがなびかない。それどころか悪役令嬢のロレインと仲睦まじい姿を目にして私は激しい嫉妬をした。
そのうえ私の次にお気に入りの騎士のアランにいたっては当て馬のただの幼馴染のソフィアと婚約までしていてこちらも仲が良い。三人目の攻略対象者のオズワルドも悪役令嬢のロレインの取り巻き役だったフローラと婚約していた。すでに私が入り込む余地がなかった。攻略の可能性がまだあるのは幼馴染のルルドかまだ登場していないソフィアの弟のロイドだった。
ルルドは美形で私の好みの顔であったのだが昔からまるで心配症の親のような存在ですでに飽き飽きしていた。この感情からどうして燃えるような恋愛がルルドとできるだろうか…。残るはロイドだ。やはり攻略対象者なだけあって容姿は抜群に良いがあのアランをものにした憎きソフィアの弟だ。その弟も憎くなってしまいそうだった。全員を好感度マックスにしない限り裏ルートにいく道は開けない。私はどうしたらいいのだろうと途方にくれていた。
そんなある日私はイベントも起こせないでいてじりじり焦っているとなんと突然声が聞こえたような気がした。その声がする方に歩いていくとだんだん人気のない薄暗い空間にたどり着いた。そこには目に付くように小さな箱がぽつんと一つ床に置いてあって一瞬開けるのを躊躇ったが思い切って開けてみると一瞬で辺りが真っ暗になった。
「お前に私の能力の一部を貸してあげるよ。その代わりその能力で私を存分に楽しませて」
そういって私はその日から魅了の魔法を使えるようになった。
あんな演出があっただろうか…。でも私は深く考える事なくこれで遅れていた好感度を上げる作業ができる事に安心していた。
そうして何日が経ったある日ついにアルフォンスの好感度とアランの好感度が上がり始めている事に気が付いて私は嬉しくて仕方がなかった。
運が味方につくとトントン拍子でいい事が起こるものだ。それから数日して私はあの幻のお助けキャラクターのピーター君に出会う事ができた。
ファンサイトではたまに噂に出ていたが実際出会った人が少なく目撃情報もあまりなかったが少ない情報の彼の姿は実際のピーター君の姿と合致していた。なによりピーター君の特徴として10歳くらいの男の子であり作業着のようなオーバーオールを着ていて手にはサイトの目撃情報にあったとおりのものをしっかりもっていたのだ。
被っていたツバの広い帽子が大きすぎるのか顔は隠れていて表情は分からない。しかし幻のキャラクターというだけあってどこか謎めいている雰囲気がより信憑性を感じさせる。
「これ君にあげる」
なんの抑揚もない声で差し出した手の平には真っ白でキラキラ輝いている丸い石があった。
なんということだろう、これは裏ルートの舞台で要のアイテムだ。
太陽と月の石。
その片割れの太陽の石だった。