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屋敷に戻ってから、ロレインに頼まれた王宮での仕事の依頼を前ドリュバード家当主であるアランの父に許可をもらうため、義父が住む邸宅にさっそく出向いた。ロレインから事前に話を聞いていたようで、即了解をもらえて一安心をしたが期限を決められた。
双子の出産前に私が意識を失う原因を作ったアランの処罰の件で、アルバンディス家がドリュバード家に請求する賠償として、私の了解を得たうえで次男のユリウスを養子に出すという取り決めがあった。私の父は、嫡男だった弟のロイドにいよいよ見切りをつけて代わりにユリウスを養子に迎え跡継ぎに据えたい考えだった。
もちろん私はその取り決めを了解した。ロイドがあの状態ではアルバンディス家に未来はない。ユリウスも貴族の世界に生まれたからには継げる爵位があった方が良いと思った。時期は私に委ねるとのことだったが、教育を始める時期を考えるとそう長い時間はない。その時期がくるまで了解するとの期限付きだった。
その後アランの執務室を訪ねると、部屋に入ってきた私を見て彼はとても驚いた顔をした。
「ソ…ソフィアか…!要件はなんだ」
いつものようにつっけんどんな言い方だが以前の様な威圧的な言い方ではなくなっている事に気が付いた。何かあったのだろうか。
そうしてアランの前に行くと今度はどこか落ち着きのない様子になった。
どこか具合でも悪いのかしら…。思わずどうでもいい心配をしてしまうくらいだった。
「私と子供達三人で王宮にお世話係として勤めに行く許可をとりにきました」
私は淡々と説明するとその後アランの返答を待った。
「王宮に?誰の依頼だ」
訝しがるようにアランが言う。
「ロレインよ」
私は何でもないように普通に答えたが何かアランの様子がおかしい。
「ロレ…あっ姉上にか!」
何か一瞬顔が青ざめたような気がした。
「あっ姉上の依頼なら仕方ないな。許可する」
必死に平然を装おうようにアランが答えた。
ロレインの名前に確実に動揺した様子だった。そういえば小さい頃弟をよく泣かしていたとロレインが話をしていた事を思い出した。あのガキ大将みたいな性格だった彼女に小さい頃のアランは一体なにをされたのかしら…。
あの反応では意外と姉は怖いらしい。今度何かあったらロレインの名前を盾に使ってみると効果があるかもしれない。
私はひそかに良からぬ事を考えていた。
それからほどなくしてお世話係としての仕事が始まった。
私はアルヴィスとユリウスを連れて王宮へ向かうと、通された部屋でロレインを待った。その部屋はシンプルで洗練されており趣味の良い調度品が置かれていた。
ほどなくしてやってきたロレインはエルトシャンの手を引き満面の笑みでこちらに歩いてきた。
「ソフィア、お世話係引き受けてくれてありがとう。本当に嬉しいわ。アルヴィスとユリウスもよく来てくれたわね。ありがとう。エルトシャンをどうかお願いね」
そういうとロレインの横にいたエルトシャンも少し硬い感じで挨拶をした。
「ソフィアさん、アルにユーリ。今日からどうぞよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします。親子共々全力で引き受けさせてもらうわね」
私は笑顔で二人に答えた。
王族の子供のお世話が本当に務まるのかまだ不安だったがそう二人に言ったその言葉に嘘はなかった。
「エル、また一緒に遊べるね。僕会えてすごくうれしいよ。」
ユリウスがまたのんびりした口調で言う。
「また会えて僕もうれしいよ。よろしくね」
今度はアルヴィスが言う。
初夏の暖かな日差しが入るその部屋に穏やかな空気が流れる。
「それでは今日からよろしくね。しばらく一緒にいたいけどこの後すぐ処理をしなければいけない案件があるのよ…。ごめんなさい。そこにいるカインを護衛に付けさせるわね」
そういうとロレインは呼びにきた従者と共に慌ただしく部屋を出て行った。
ロレインが出て行ってすぐに部屋の隅に控えていたカインが私に近づいてきた。
「ソフィア様今日からどうかよろしくお願いします。私の事はカインとお呼びください」
そういうと彼は礼儀正しく挨拶をした。整った顔がにこやかにほほ笑むと私はまたあの不思議な感覚を思い出した。近くにいると何とも言えない安心感があり居心地が良い。私は以前この人に会った事があったのかしら…。やはりよく分からない。
エルトシャンは天使のように綺麗な顔をしているが意外とわんぱくだった。そのためケガをしないかとても心配だった。しかしロレインいわく元気に遊ぶ子供にケガはつきものなので大きなケガをしない限り気にしない様に言われた。逆にケガをしないように沢山の事に制限を掛ければ強く育たないとも言った。
王族の子供の教育方針を決めてしまえるほど今の彼女の働きはかなり重要性をもっているようだ。
結局今まで私が疑問に思っているようなエルトシャンの出生は聞く事はなかったが王家の子供である事はかわらない。エルトシャンが大きなケガをしないように気を付けなければと強く気を張る。
王宮に行く事について私は懸念していた事があった。
いつかマリアと鉢合わせをするのではないかという事であった。
王宮はとても広い。その中で王や王妃、王太子や王太子妃が住む言わば本宅は、側室や寵姫が住む離宮とは違う建物にあるようだ。王宮の王族が住む本宅に行く事はないのでマリアと会う事はないし、今の王や王太子に側室や籠姫などいわば愛人のような存在はいないのでここには側妃のロレインしか住んでいない。したがってロレイン以外ここには来ないのだ。
アランの想い人であり私にいじめられたと言ったマリアにロレインやフローラの事、弟のロイドの事、一言ではとても言い切れないほどとても複雑な思いを抱えていたのだ。会いたくない。この一言で言いきれる存在だった。
こうしてこの日からお世話係としての仕事が始まった。
王宮の外には出れないが、広すぎる庭や芝生の広い土地などが近くにあり、体を動かしていたい子供達が退屈をしないで済む場所がいくつもあった。ロレインが許可を取り自由にしていいとの事だったので、晴れた日はたいてい外で遊んでいた。
外に行く日はカインの他に護衛が二人増えた。
外に出るとアルヴィスとユリウスは虫に興味があるようで、同じ虫を捕まえては観察したり比べたりしていた。最初は虫に興味が無かったエルトシャンも、あまりに二人が楽しそうに虫を見ているので彼も輪に加わり、同じ種類の虫を捕まえてはこっちがかっこいいだとかこっちの方が大きくて強いだとか、私にはあまり理解できない男の子同士の感性で互いに捕まえてきた虫を自慢し合っていた。
その内カインも巻き込んで4人で議論が始まって私はなんだか可笑しくて笑ってしまった。
一通り議論し終わると捕まえてきた虫を野に返し今度はアリの巣の観察を始めた。
この世界にもアリがいてやはり地面の小さな穴や木の中から頻繁に出たり入ったりしていて驚いた。
似ている所があったりまったく違う所があったり本当に不思議な世界だとつくづく思っていた。