2
「ごきげんようソフィア。久しぶりね。アランのあの様子・・弟がごめんなさい・・・」
そう声をかけてきたのは妖艶でどこか儚げな印象の美女でアランの一つ年上の姉であり私の義姉になるロレイン ドリュバードだった。
王太子であるアルフォンスの元婚約者だ。彼女は王家との取り決めで生まれる前からアルフォンスの婚約者だった。
その為早々に王妃教育が始まり、5歳から王宮での教育を受けていた。
彼女は王宮入りしてから毎日勉強付けの日々だった。マナーや作法、ダンスなど王族は当たり前のように完璧を求められるのだ。彼女の勉強の内容はそれらの習得に加え将来、王と共に国を支える存在として他国と渡り合うべく、語学の会得、世界情勢、領地管理、経営の勉強など恐ろしいほど多岐にわたるのだ。その為、ほとんど休みがなく学園に通う15歳まで王宮の中だけでの生活を余儀なくされていた。
ロレインと初めて出会ったのは王宮主催のお茶会だった。私が5歳の時だった。
母を探して城内で迷子になっていた時、すでに王妃教育を受ける為王宮にいたロレインが偶然助けてくれたのが始まりだった。
妖精の様に美しい容姿でやさしく声をかけてくれた様子から幼かった私はしばらくの間本当に妖精だと思っていた。後でロレインにその話をした時、彼女はお腹を抱えて笑い転げていた。その様子がおかしくて私も笑った。
そしてお互いお腹が痛くなるほど笑いあったあの日から今までずっと仲の良い友人関係は続いている。
聞けば将来王妃になるため王宮でずっとレッスンを受けているがたまにストレスが溜まるとこっそり抜け出して秘密の隠れ家にいくのだそうだ。その途中で私と出会ったらしい。
未来の王妃様という事にも驚いたが、妖精の様に美しい容姿をしているのに男の子みたいに元気に走りまわったり従者や護衛にいたずらをする姿に私は一番驚いたものだった。
よく弟にいたずらをして両親に叱られていたのだと言っていたがそれからすぐにそのロレインの弟と会う事になるとは思ってもいなかったが・・。
当時は悪戯好きで男の子のような性格だった彼女は時がたち妖艶な美女に成長した。アランと同じ美しい濃紺の髪に完璧なボディラインを持っていた。今日のような控えめで清楚な装いでもいつもどおり見とれてしまうほどに美しい。
王太子のアルフォンスも彼女同様過酷な王太子教育を受けており政略結婚の婚約者であるが同じ環境に身を置くロレインと幼少より励まし合い支えあって生きてきた。そんな彼らの間には割って入る隙がないほどの信頼関係がありお互いを特別な存在として大切にしていたように思う。
それが私とアランの関係同様ヒロインのマリアが編入して次第にアルフォンスがマリアに惹かれ始めてから彼女達の関係も変わっていった。
ゲームのシナリオで彼女は婚約者のアルフォンスとマリアの仲に嫉妬してマリアを苛め抜く悪役令嬢という設定だった。
私とロレイン二人の友人であり攻略対象者の一人、宰相の息子オズワルド・レイモンドの婚約者、フローラ・モーリガンが取り巻き役という設定だったのだ。
しかしロレインは学園での授業が終わると立て込んだ王妃教育のスケジュールをこなすため早々王宮に戻っていた。
そのためマリアと全く関わっていなかったしフローラはロレインの取り巻きではなく、互いに幼い頃から積み重ねてきた信頼関係のある良好な間柄だった。そんな理由でロレインは悪役令嬢にはならなかった。
そもそも悪意で人をいじめるような性格ではない。
フローラとは、ロレインと出会ったあのお茶会から数日後ある事件をきっかけに知り合い私とロレインは彼女とも良い友人になった。
「あれからフローラの行方は分かったの?」
「未だに所在が分からなのよ。どうしているのか心配で・・」
「まだ居場所が分からないのね・・どうしてこんな事になったのかしらね・・」消え入りそうな声でロレインがつぶやく。
フローラは昔から曲がった事が嫌いで勝気な性格だった事。そんな性格の彼女はマリアが自分の婚約者のオズワルドやアラン、アルフォンスとも近しい関係になっていることをよく思っておらず、ある日マリアに意を決して注意したのだった。
その出来事をマリアがオズワルドにどう伝えたのか分からないがオズワルドはフローラがマリアをいじめていると学園のダンスパーティで大勢が見ている面前で断罪をし一方的に婚約破棄をしたのだった。
本来ロレインがされる断罪のイベントをフローラが受けてしまったのだ。そしてその後すぐ彼女の姿を学園で見ることがなくなった。
前世で妹がプレイしている画面やかいつまんでのストーリーを見聞きはしていたが私自身乙女ゲームに興味がなかったので前世では考えてもみなかった事だが、実際この世界に生を受けて生きていると実感した事がある。
この世界の女性の社会的地位は低く、女性一人では自立して生きていくのは難しい。
まして貴族社会では女性が働く事をはしたない事という昔からの風習がある。みな必死で少しでも良い相手を見つけて結婚し、夫となった男性を頼って生きなければならないのだ。
無事に婚約者を見つけても万が一相手から嫌われて婚約破棄や離婚などされようものなら家名に傷がつく。そうなった場合は一族からすぐさま切り離され市井にだされたり修道院にいれられたりするのだ。
特に突然市井にだされた貴族の女性は哀れで、幼い頃から自分の事は入浴から身支度まですべてメイドがおこなう習慣があり、料理や洗濯などの生活に必要な家事の知識がないのだ。
そんな状態で若い女性がポンと道端に放り出されたら行く末は想像できるだろう。
最悪餓死するか生きていても騙されて売られてしまう。
だからこそ、この世界の女性は自分の意思ではない政略結婚の婚約者でもとても大事にするし尽くしたりする。結婚は女性にとって死活問題なのだ。そして女性は家の所有物であり、子を産むためや家同士をつなげて繁栄させるための駒なのだ。
そんな理由からあまり良い噂の聞かない彼女の両親が駒として使えなくなった彼女を本当はどうしたのか私は不安で仕方なかった。
彼女の両親はフローラを遠い場所の領地で療養中であると表向きは触れ回っていた。しかし私とロレインは嘘だと確信していた。今も様々な伝手で彼女の行方を探っているが一行に行方が分からなかった。
「私は二週間後にアルフォンスの側妃になるの。だからその権限を存分に使ってフローラの行方を探ってみるわ」
「ロレイン、側妃って・・」私は絶句した。
フローラの事で暗い影を落とした心にまた一つ鉛の様に重くて暗い気持ちが広がる。
マリアが正式に王太子妃になってから彼女は違う婚約者を探すものと思っていた。
社交界の華と謳われた彼女の美貌と教養があればいくらでも良い相手を探す事ができるだろう。だからこそ側妃という立場でアルフォンスに嫁ぐ事に私は驚いた。
「急な要請だったから私もまだ混乱しているのだけど・・・結局マリアは婚約期間中に王妃教育をやりきれなかったのよ。私は今まで受けてきた王妃教育を生かして側妃になるように王宮から要請がきたわ。王太子妃の代わりに王太子の代行や執務の補助をしなくてはいけないのよ」そういったあとロレインはわずかに寂しそうな顔をした。
フローラの行方についての捜索に明るい兆しだが愛していた人が違う相手と愛し合う姿を近くで見ながら側妃として嫁ぎマリアの代わりに王太子妃の執務もこなさなければいけないロレインの心情を想うと心がズンと重くなる痛みを感じる。
きっと私よりも遥かに辛い立場になるだろう。
そして今目の前でアルフォンスとマリアの幸せそうな光景を目にしている彼女の心境は計り知れない。5歳から自分の人生を全てアルフォンスと王宮に捧げてきたのだ。
普通の令嬢なら精神を壊してもおかしくないのだが彼女は気丈にもしっかり前を見据えこれからの自分の役割を受け入れる覚悟が出来ているようだった。
私もロレインのように凛としていられるだろうか。
他の女性に心を奪われているアランとの婚姻に覚悟は出来ているのだろうか。
これから先の生活はきっと辛いものになるだろう。
アランは侯爵家の長男で嫡男、例外なく世継ぎが必要な存在であり私は単に彼の子供を産む役割として彼と結婚するのだ。そう彼女と同じく愛されていなくても・・・。