12
ロレインが連れてきたその子を見て私は驚きを隠せないでいた。
アルフォンスがあれほどマリアを溺愛しているのに、はたしてロレインと子供を作るだろうか。マリアと子供をつくる方が自然な流れなのに。
それとも何か他に理由があったのだろうか。いやその前にこの子は本当にアルフォンスの子供なんだろうか。もっと根本的に考えてあの子はロレインの子供なんだろうか。様々な疑問で思考が埋め尽くされる。
私がそんな事を必死で考えているとロレインはその子を私と双子達の前に連れてきていた。
「エルトシャンよ。ソフィア。私の子よ。そしてあなた達二人の従弟になるのよ。よろしくね」
「こんにちはエルトシャン。よろしくね」
笑顔でそう言うとその子はフワッとした笑顔を私に見せた。その笑顔のあまりの可愛さに思わず抱きしめたくなる。
しかし双子と向かい合わせに立っているエルトシャンはまだ少し緊張しているように見える。
アルヴィスとユリウスはその子をしばらく珍しそうに見ていた。
ドリュバード家の使用人の子供達ともよく遊ぶので自分達と同じ年の子を珍しがっている訳ではないだろう。少し不思議な感じがするその子に、もしかしたら子供達も何か感じているのだろうか。
しばらくしてユリウスがその子に話しかけた。
「僕はユリウスだよ。ユーリって呼んでね。こっちは僕の兄のアルヴィス。アルって呼んでね。エルトシャン、よろしくね」
のんびりした口調でにっこりしながらユリウスがエルトシャンに話しかけると緊張した面持ちだったその子の表情がパッと明るくなって和らいだ。
「よろしく。アル。ユーリ。僕の事はエルって呼んで。ねぇ良かったらお城を一緒に見て回らない?母上良いでしょうか」
エルトシャンは少し心配そうにロレインに問いかける。
「えぇ。いいわよ」
「良いの!?うれしい!」
ロレインの許しを得た彼はとても嬉しそうだった。
そういうと三人は早速部屋を駆け出していった。後ろから護衛の騎士達が慌てて後を追う。
子供というものはすごい。なんの打算も柵もなく純粋な心のままに笑顔で向き合うと子供同士誰とでもすぐに友達になれるのだ。
いつから大人はそんな純粋な心を忘れていくのだろう。
彼らを見送っていた私にロレインが声をかけてきた。
「あとは護衛達に任せましょう。彼らは信頼できる騎士達よ」
あっという間に静かになった日の差し込む穏やかな部屋でロレインと私は向かいあって静かにお茶を飲む。
「その依頼したい仕事の件なんだけどソフィアにエルトシャンのお世話係をお願いしたいのよ。双子達も一緒に来てもらって遊び相手になってほしいの」
意外な依頼で私は驚く。しかし私などが王族の子供のお世話係になってもいいのだろうか。
「ロレイン、喜んで引き受けたいけど私なんかに頼んでも良いの?もっと優秀で有能な人材がいると思うわ」
私は至極自然に湧き上がる疑問をロレインになげかけた。
「ソフィア、あなただからお願いしたいのよ。愛情深く子供達を育てている。あの子達を見ていたら分かるわ。愛情をたくさん与えられて育ってるって。何より私はあなたを一番信頼しているもの。それにね、今の私はここで重要な役割をしているから、かなり発言の自由があるのよ。今私にいなくなられたら王宮は困るらしいわ。だから自分の子を誰に託そうが誰にも文句を言わせない」
そういうとロレインは悪戯っぽく笑う。
「そういうことならドリュバード家と相談して一応アランの許可も取って全てに許可が出たら喜んで受けさせてもらうわ」
「引き受けてくれてありがとうソフィア。私も父に口添えをしておくから」
「それからロレイン、フローラの情報は何か入った?私も色々な所で彼女の情報を探しているけど今までまったく行方がつかめないのよ…」
「そうなの…。私も側妃になってからあらゆる権限を使って調べているけどまったく情報がないのよ…。どうしてかしらね…」
二人で重いため息をついた。
突然ドアのノックがして従者がロレインを呼び戻しに来た。
「あぁソフィア。嫌な人間が来たわ…。久しぶりの再会なのにまた執務に追われるなんて…」
ロレインはため息交じりにそうつぶやく。
「ソフィア、子供達が戻って来るまで行きたい所はあるかしら。庭にはちょうど見ごろの花が綺麗に咲いているわよ」
「ありがとうロレイン。私はここの図書館に行ってみたいわ。前から探していてどうしても見つからない本があるの」
「分かったわ。許可は取っておくわね。好きに見て回ってね」
そういうと彼女はまた大量の執務をこなすべく従者に連れられて部屋を後にした。
王宮内部は広い。案内係に案内されながらしばらく歩いてやっと図書室のある大きな扉の前まで来た。さすが王宮である。侯爵家の書庫とは比べ物にならないくらい立派な扉に驚く。
いったい部屋の中はどれくらいの広さがあるのだろうと期待が高まる。
重い扉を開くと前世のテレビで見たような、みるからに歴史がある古い異国の図書館のようにどこまでも広がる空間とその空間に無数に並べられている棚や壁一面天井まである棚にびっしりと本が詰まっている光景に圧倒される。
子供の頃とても大好きだった童話を子供に読み聞かせたくてその本を今までずっと探していた。
しかしその本は街の本屋や図書館に行っても何故か見つからない。もちろん実家にもなく特徴的な外装を説明して母に尋ねてもそんな絵本は見たことがないという返答だった。
それならこの、あらゆる蔵書が集められた王宮の図書館にならあるのかもしれない。そういう理由で一度来てみたいと常々思っていたのだ。
その本はとても美しい真っ白な表紙によく見ないと分からないくらい巧妙に鱗の隅々まで精工に浮彫にされた龍が描かれていた。背表紙と表紙に太陽と月のマークがその二つを分かつようなデザインで描かれた印象的で美しい模様が施されている。
背表紙にも描かれている印象的な太陽と月の模様を自分の記憶だけをたよりに探す。
巨大なこの空間にポツンと一人でいるとこんなに膨大な本の中から本当に探し出せるのか不安になる。
それでも何とか童話のカテゴリーの棚を見つけた。そうして本を探しているうちに少し似ている背表紙を見つけた。梯子を使わないと取れない高さにあって近くにあった梯子を持ってきて何とか登ってみる。
ところがもう少しで手が届きそうなところでバランスを崩した。
落下は避けられない。次に来る衝撃を待っているとフワッと誰かに受け止められた。
「大丈夫ですか!?」
心配そうな顔をした青年が横抱きにされている私の顔を見ていた。
ブラウンの髪色で整った顔をした青年がいた。彼からはとても穏やかな雰囲気が感じられる。
「ありがとうございます 私以外誰もいないと思っていたので助かりました」
そういって抱き留められていた事に気が付き私は慌てて体をはなした。
離れる瞬間よく知っているような、なにか懐かしいような心地よい匂いがした気がした。
昔からよく知っているようなそんな不思議な感覚だった
「ロレイン様にソフィア様の護衛としてついていくように言われて後を追ってきました。間に合わず危険な目にあわせてしまい申し訳ありません。申し遅れましたが私はロレイン様の護衛の一人でカインと申します」
そういうと右膝を床に着けてもう一方で立ち膝をし胸に手を当てて騎士の挨拶をした。
「カイン様ありがとうございました。カイン様に助けていただいていなかったらきっと私は大ケガをしていました。感謝します」
あの感覚がなんだったのか気になって近くにいる彼をちらちら見てしまう。そのうち本を探すことに集中できなくなっていた。バランスを崩した時見つけた、それらしい本はどの辺りにあったのか見当がつかなくなって結局その日、あの本は見つからなかった。