ロレインの話2
アルフォンスが婚姻旅行に出かけてから早朝から深夜まで忙殺されるような毎日だった。
忙しさでもう何日もあまり寝ていない。彼が出かけてから運が悪い事に急を要する案件が何件も舞い込んだ。次から次へと舞い込む問題に毎日頭を悩ませていた。睡眠不足と疲れで朦朧とした意識の中、ふと今自分は何をしているのだろうという疑問が生まれる。
この煌びやかではあるが寂しい檻から一生出る事も叶わなく、かつて将来を誓い愛した男とその妻の仲睦まじい姿をすぐ傍で見せられ、大量の執務だけを毎日こなし一生を終えていくのだろうかと。
今頃アルフォンスは何をしているだろう。マリアと愛をささやき合い愛し合っているのだろうか。
ふと悲しくて空しくて涙が出る。気が付くと声を出して泣いていた。
側妃としての威厳を保つためいつも凛とした振る舞いを余技なくされていた。そのため感情を表に出す事は無かったが今はもう感情の抑制が効かなくなっていた。
『レイン…可愛そうに…もう泣かないで…』
感情が溢れてぐちゃぐちゃの思考の中ふと声が聞こえた。
「…だれ?」
私は恐る恐る問いかける。
『僕だよ、レイン。君の秘密の友達だよ』
アルフォンスと運命を共にすると決意したあの日、とても悲しかったけどさよならした私の秘密の友達。
そうだ、あの子の声だ。前より少し低く聞こえる。
王宮に連れて来られた頃、何もかもが嫌で私は全てから逃げていた。しかしある日何かに導かれるように、人気のない寂しい場所で真っ白なドアを見つけた。誘われるかのように私はそのドアを開けた。そこには人形のように美しい顔の、当時の私より少し年上の男の子がいた。美しく腰まである長い髪は真っ白だった。
誰もその子の存在をしらない様子でそのドアがある付近では誰にも会ったことがなかった。ひっそりとしたその部屋に私は毎日通った。そうして大人にひどく叱られた日はその子に抱きしめてもらってたくさん慰めてもらった。
「レイン、泣かないで。いつでも僕はここにいるから。君は一人じゃないよ。僕は君の味方だよ。」
そういっていつも抱きしめてくれた。私は寂しさや悲しさ辛さを全て彼にぶつけた。それでもいつもやさしく受け止めてくれたので心地よくていつまでもここにいたいと思っていた。
しかしあの雨の日私はアルフォンスと出会い、苦しいのは自分だけではないと知った。
お互いの苦しみを二人で背負うと随分楽になった。
それから私は自分の運命を受け入れてアルフォンスと共に生きていく事を決意した。
「僕、自分だけが辛いと思っていた。他に頑張ってる子がいたのに…。あの子が頑張ってるのにもう自分だけ逃げない。運命を受け入れてあの子と背負っていく事にした」
「レイン。あの子と生きていく事を決めたんだね。それじゃあ僕は君を見守ってるよ。それとね、あの子と生きていく事を決めたならもうここに来てはいけないよ。今日で僕らはさよならだ。でもね、いつかどうしようもなく寂しくなったら僕を思い出して。僕はいつでもレインの幸せを望んでいるから」
そういうと彼は優しく笑った。
私はさよならは嫌だとひどく泣いたが彼の返答は変わらなかった。
「わかった。さよならだね」
そう言って私達は会う事はなくなった。
あの日から随分歳月が流れた。彼はあれからどうしていたのだろう。
声をだして大泣きしたあの日から私が辛いときや寂しい時は彼の姿は見えなくても私に寄り添うように近くに存在を感じていた。
彼を近くに感じる時は寂しい気持ちも悲しい気持ちも次第に安らいでいった。
『ねぇ、レイン…君が何故産まれる前から王子の婚約者だったのか本当の理由をしっている?』
いつものたわいもない、声だけが聞こえる会話だった。
「いえ、知らないわ昔からどうしてなのか不思議だったの」
『そう…知らないの…』
たわいもない会話だと思っていた。
そんな毎日が過ぎたある日の事だった。
いつものように彼と声だけの会話をしていた。
『ねぇレイン。今からいう事をよく聞いて。これから少しの間君と話をする事ができないんだ。だからね君が寂しくないように僕は一つ君に贈り物をしたいんだ。これからいう事をよく聞いて。納得してくれたらその贈り物を受け取ってほしい。きっとそれは君を笑顔にしてくれるはずだから』
私は彼の話を静かに聞いた。そして納得してその贈り物を受け取る事にした。