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 王子の結婚の祝いに今日だけ特別に一般解放された城門から新しい王太子妃を見ようと沢山の人々が訪れている。


 二人がいるバルコニーがよく見えるこの場所は貴族席で私は今そこにいる。


 バルコニーから王太子と王太子妃が再び手を振ると集まった民衆から大きな喝采があがる。

 同時にフラワーシャワーが舞い前方にある噴水の水飛沫が光に反射してキラキラと揺らめく。


 目の前に広がる美しいその光景をどこかで見たような気がした。

 思い出す事に集中しようと静かに目をつぶる。記憶をめぐらせていると突然頭の中でパチンとなにかが弾けるような音が響く。

 その瞬間今世では体験していない様々な記憶のスチルがものすごい勢いでグルグルと頭の中を駆け巡った。


 あぁ そうだ……思い出した。

 前世の私の事を。私は日本という国に生まれて明るい両親とかわいい妹が一人いた。22歳で結婚して子供にも恵まれた。夫になった人は穏やかで優しい人だった。私はとても幸せな人生を歩んでいたが25歳のある日、突然事故死してしまったのだ。


信じられないが今私が生きているこの現実は前世で妹が熱心にプレイしていた乙女ゲームの世界だ。

そして今この瞬間、この場面は乙女ゲームのハッピーエンドスチルと酷似している。

 私は静かに目を開けた。


 前世の私は乙女ゲームにはまったく興味がなかったが毎日妹がこのゲームの話を楽しそうに話すものだから聞いているうちに登場人物や関係性などの知らぬ間に覚えてしまっていた。



 今幸せそうに見つめあっている男女の一人はサラサラのブロンドヘアーにアイスブルーの瞳の美男子。 この国の王太子でメインヒーローのアルフォンス・リフォルドだ。

 その横で幸せそうな笑みを浮かべている少女はゲームのヒロイン、マリアだ。

 チェリーブラウンの髪が特徴的で小動物に似た庇護欲を掻き立てられる可愛らしい顔立ちをしている。


 そしてその後ろで苦々しい表情ではあるがマリアに深い恋慕の情を向けている濃紺の髪の男性は、侯爵である騎士団長の息子で、私の婚約者で攻略対象者のアラン・ドリュバードだ。


 そして私はアランルートで登場する当て馬役であったソフィア・アルバンディスだった。

ゲーム上ではアランに想いを寄せているただの幼馴染というよくある関係設定だ。


 ゲームの攻略対象者は全員で5人、メインヒーローの王太子アルフォンス・リフォルド、私の婚約者で騎士団長の息子アラン・ドリュバード、宰相の息子オズワルド・レイモンズ、マリアの幼馴染で魔導士のルルド、最後の五人目は私の弟の侯爵嫡男ロイド・アルバンディスだ。かわいいワンコ系年下キャラという位置づけだ。


 ゲームのシナリオはこうだ。平民のヒロインマリアは幼少の頃不慮の事故で両親を亡くしてしまう。

そのため彼女は幼少期から孤児院で育てられ15歳になったある日、偶然にも珍しい特殊能力がある事が判明する。そのため急遽国の命によりゲームの舞台である王立学園に入学することになるのだ。




 乙女ゲームの世界だが私はソフィアとしてこの世界に生まれてソフィアとして経験をし、体験をして今の私がいる。

 ゲームではない、リアルな世界がそこにあって現実に人が生きている。

前世の記憶でのバーチャルなこの世界と今目の前に広がっている現実とが頭の中でゴチャゴチャになっていた。

 そして記憶を取り戻す前の自分と今の自分、まるで人格が二つあるような不思議な感覚だった。記憶を取り戻した今人生経験値は17歳プラス25歳なのだ。突然経験値が上がってしまった私という人格が新たに生まれたような感覚だった。



自分が今平静を装ってこの場に立てているのか不安になる。

それでも深呼吸をして目を瞑ると前世の自分の経験と性格が今までのソフィアの人格が融合して少しずつ冷静に頭が回るようになってきた。

冷静な思考になった今、それまで苦しくて悲しくて向き合わなかったアランとの将来を考えてみる。




アランの両親と私の両親は古くからの友人で仲が良かった。

邸も近かった事もあり母に連れられ2つ年下の弟と幼い頃からよくアランの邸宅に遊びに行っていた。

初めて会ったのは6歳の時、濃紺のサラサラとした髪に均等のとれた目鼻立ちの少年に私の心は一瞬で奪われてしまった。

なんてきれいな男の子だろうと幼いながらに見惚れてしまった。


不愛想な様子に最初は戸惑いを覚えたが会うたびに少しずつ増えていく会話でお互いの事を理解していった。そのうち少しずつ笑顔を見せてくれるようになった。弟ともよく遊んでくれた。

初めて会った時はあんなに不愛想だったのが嘘のように打ち解けてからは怒ったり笑ったり色々な表情を見せてくれるようになって私はそんなアランと一緒にいる事が楽しくてしかたなかった。




 ある日二人で街にお忍びで遊びに行ったとき終始アランは何らやソワソワして落ち着かない様子だった。そうしてそのまま考え込む様子でズンズン先に歩いて行ってしまった。そのうち人混みに紛れてアランを見失ってしまう。必死で探し歩いていると見知らぬ通りまで来てしまった。




 「無事で良かった。心配したんだ。恥ずかしがって手を繋ぐのを躊躇しなければはぐれなかったんだ……。ごめん、もうこんな怖い思いはさせない。俺がずっと守るから」と顔を真っ赤にして言ってくれたのは今でも記憶に焼き付いている。


 そのあとすぐアランから婚約の申し出を受けて私達は婚約したのだった。お互い10歳の時だった。


 両家の両親は私達が生まれた時から婚姻を決めていたようだがお互いの意思を確認してから婚約されるつもりだったようだ。そんな理由でアランからの婚約申し出に私達の両親はとても喜んでいた。



 優しくて強くてかっこいいアランが大好きで同時に私の憧れだった。アランがやさしく笑いかけてくれる笑顔が大好きだった。

 当時、アランと婚約できた事をそれはもう泣いてしまうほど嬉しくてしかたなかった。この人のそばにいられる幸福を手に入れた事が奇跡だとも思っていた。

 しかし、その幸せは私が学園に入る15歳までだった。


 アランと私が学園に入ってしばらくしてヒロインのマリアが編入してきた。そしてその頃から私達の関係は歪みはじめてしまった。

 警戒心が強く中々他の人間と打ち解ける事が少ない性格のアランがいつしかマリアにも前は私に向けられていた優しい笑顔を向けるようになっていった。


 マリアは平民としては珍しく強い癒しの力をもっていたため特例として入学してきた。天真爛漫でいつも自由だった。そんな彼女にアランは次第に惹かれていったようだった。

学園でよく二人で仲睦まじく楽しそうに話をしている場面を見たことがある。


初めてあった日からずっと恋焦がれていた唯一の人が自分以外の女性に優しく笑いかけ次第に彼女に惹かれていく様をただ遠くから見ている事しか出来なかった。

……お願い、彼を奪わないで……何度心でさけんだだろう

そんな彼らを見ながら私は毎日悲しくて苦しくてしかたなかった。


 そうしてマリアとの仲が深まるにつれ次第に本気でマリアと婚約したいと思ったアランは私との婚約破棄を望みアランの父に直訴していた。

アランの父はアランの熱意を聞き入れる代わりに交換条件を出した。マリアと思いが通じあった場合は私との婚約破棄をさせマリアとの婚姻を許すが、もしマリアが他の誰かを選んだ場合は私とすぐさま結婚して跡継ぎをつくるように交換条件をつけたのだ。


 一方で私の父はアランがマリアに熱心になり私を蔑ろにしている事に激怒しこちらから婚約破棄を申し付けたようだった。私を滑り止めのような保険の様な扱いをするアランの父にも激怒していた。

しかしアランの父はマリアとの事は一時の気の迷いでマリアが他の男性を選んで結婚すればそのうち想いも冷めるだろうと考えていた。


 万が一アランがマリアと結ばれて婚約解消することになっても必ず申し分ない誠実な婚約者を探す事、その後の私の生活は必ず保障する事、結婚後数年たってもアランの態度が変わらない場合も同様の約束をつけて私の父に必死に頭を下げ続けた。

アランの父の熱意に負けて私の父はそのうち婚約破棄を取り下げてしまった。婚姻の条件をしぶしぶ承諾し婚約が破棄される事はなくなった。


そして時がたち、今、王子の護衛として二人の後ろに少し離れて立っていたアランは新婦のヒロインに熱を帯びた寂しげな暗い目を向けている。私の婚約者は目の前の幸せそうな新婦のヒロインに今でも熱い想いをよせているのだ。


 そう、彼はヒロインに選ばれなかったのだ。


 そのためアランは彼の意思に反して自身の父との取り決めた約束を守り一か月後という早さで私と結婚することになる。


乙女ゲームの世界とはいえこの世界で貴族として転生してしまったからには政略結婚は仕方ないという心構えは物心つく頃からあった。しかし彼と出会ってからずっと彼の事を愛していた。

これから先マリアが他の男性を選んだという事実を受け止めて彼女の事を諦めてくれればいいのに……


 後どれくらい苦しい思いをしなければいけないのか、もう苦しいのは嫌だ。

いっそアランとの記憶が綺麗に消えてしまったらどれだけ救われるだろう。


 そんな思いの中、誰かが私を呼ぶ声に気が付いた。

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